第33話 本選準決勝⑨
武舞台上。眼前には、白いセンスを纏う黒服の女性。
拳を構え、目つきを一段と鋭くしたラウラ・ルチアーノがいた。
(センスが濃い。感覚系か。この短期間で芽が出たようだ……)
マランツァーノは、洗練されつつある彼女の光を見つめる。
抜きん出たセンスは濃さ、鋭さ、量の多さ。このいずれに該当する。
それぞれ特性があり、濃い場合は感覚系。感覚器官が強化される傾向がある。
(強化された感覚に戸惑うか、それとも使いこなせるか、見物ですね……)
感覚が鋭くなることで、得られる恩恵は大きい。
動きの先読み、感情の読み取り、五感の強化などがある。
ただし、デメリットも存在する。それは心の負担が大きすぎること。
最初は、強くなり過ぎた感性に振り回され、使いこなすまでには時間がかかる。
「……まだ手を抜くつもりか? このままじゃ、お前、負けるぜ」
奢りか、高ぶりか、はたまた、根拠ある自信か。ただ、どちらにしても。
「面白い。その強気な発言。口だけか本物か、じっくり見定めさせてもらいます」
◇◇◇
目の前の武舞台上には、受けの姿勢に入ったマランツァーノ。
構えはなく、ただ突っ立てるだけで、こちらの出方をうかがっている。
名前:【ラウラ・ルチアーノ】
体力:【800/1000】
意思:【2043】
名前:【ジェノ・マランツァーノ】
体力:【800/1000】
意思:【2043】
横目で、数字を再度確認する。
状況は五分。センスもこちらに合わせてる。
お前の限界到達点なんて、たかが知れてるって言わんばかりだ。
「舐めやがって……。後悔するなよ」
両拳をぐっと握り込み、思考するのはラウラ。
理由はよく分からねぇが、体の調子がすこぶるいい。
負ける気がしねぇんだ。今なら、ぜってぇ不覚は取らせねぇ。
「来るなら、いつでもどうぞ」
すると、相手はお辞儀をして、誘い込んできやがった。
罠か、見下してんのか、こっちの底を見抜いたつもりなのか。
正直、なんでもいい。あいつにやってやりたいことは、たった一つだ。
「じゃあ遠慮なく、そのすました顔面ぶっ飛ばしてやらぁ!」
ラウラは一歩、二歩と、踏み込み、懐に迫る。
距離は一気に密着。相手はそこで、ようやく身構える。
恐らく、今までと同様、後手で合わせてやろうって魂胆だろう。
「――くたばれっ!」
それでも、先手を仕掛けたのはラウラ。
繊細さなんて微塵もない、野蛮な右拳を放つ。
狙いは顔面。種類はストレート。愚直なまでの一撃。
「お手並み、拝見っ!」
対するは、マランツァーノが放つ右拳。
上から叩きつけるような形で、迎撃してくる。
このままいけば、同じことの繰り返しなのは明らかだ。
(……同じ手は食らってやらねぇよ)
ラウラは拳をかざしながら、相手を観る。
瞳孔の動き、体の運び、呼吸の仕方、センスの流れ。
一挙手一投足を見逃すまいと、コマ送りのカメラのように注視する。
(……ここだな)
観た情報を総合的に判断し、肌感覚がある場所を指定する。
拳が交差する接点。そのほんの数ミリずれた場所。何もない空間。
ただ、感覚がここに打て。と頭に語りかけてくる。だったら、従うまでだ。
「「――」」
拳と拳はかち合い、白と黒の光がせめぎ合う。
ここまでは今までと同じ。なんの変化もない攻防。
だが、異変は訪れた。反発するはずの拳が、突き抜ける。
突き抜けた拳は交差し、勢い止まらず、互いの体へと迫っていく。
「「――っ!!」」
スパンと小気味のいい音が鳴り、拳は止まる。
相手の拳は肩。こっちの拳は敵の頬に当たっていた。
狙い通りで、感覚通りで、予想通りで、手応えありってやつだ。
「ぶっ飛べっ!!!!」
地平線まで殴り飛ばす勢いで、ラウラは叫ぶ。
ラウラの些細な拳の調整。それが噛み合った結果の出来事。
拳はズレを生み、交差し、思い描いた通り、相手の顔面をぶっ飛ばした。
『ヒットとクリティカルヒットを確認。マスターに50、敵に200のダメージ』
そこに聞こえてくるのは、アイの声。
名前:【ラウラ・ルチアーノ】
体力:【750/1000】
意思:【2128】
名前:【ジェノ・マランツァーノ】
体力:【600/1000】
意思:【1948】
表示されるのは、明確な差。違う数字。
ラウラ・ルチアーノが一歩リードした瞬間だった。
「……お見事」
ただ、相手もただものじゃねぇ。
拳の衝撃を、センスで緩和し、受け身。
足で地面を滑りながら、舞台際で止まっている。
まぁ、今ので決まるほどの雑魚じゃねぇのは分かってた。
――だからこそ、言ってやりてぇことがある。
「もう一度言う。このままじゃ、お前、負けるぜ」




