第31話 本選準決勝⑦
コロッセオ。舞台袖。
会場は未だブーイングに満ちている。
時は、中堅戦があっけない幕切れを果たした後のこと。
(……嫌な予感が当たってしまいましたか)
その光景を舞台袖で見ていたのは、マランツァーノ。
正面にはセレーナ。武舞台から背を向け、歩いてきている。
その顔は俯いていて、気まずそうにこちらから目を逸らしていた。
(皮肉なものですね。あの素っ気ない態度が、元々はこちらに向いていたとは)
思い出すのは、対戦前のジェノに示していた反応。
それがなんの因果か、そっくりそのまま返ってきている形。
切られる覚悟をある程度していたとはいえ、さすがに堪えるものがあった。
「……」
すると、気付けば、セレーナは舞台から降り、隣に立っている。
顔は合わせず、ただ、誰もいなくなった武舞台を静かに見つめていた。
(口も利けませんか。困りましたね……)
セレーナは、中堅戦を自らの意思で降参した。
この先、どういう立ち振る舞いをするか分からない。
準決勝を勝ち進んだとしても、決勝で降参されては正直困る。
「悪いけど、あたしは『あっち』につくから」
どう声をかけようか迷っていると、セレーナは自ら話を切り出した。
その声色は暗く、冷たい。今まで接していた彼女とは、別人のように感じる。
(やはりこうなりますか……。勝ち進んでも、徒労で終わるかもしれませんね)
決勝で待ち構えているチームは、強敵だ。
一敗が確定した状態で勝てるほど、甘い相手ではない。
セレーナが使えないなら、何か別の策を講じておく必要がありそうだ。
「残念です。あなたは最後まで味方でいてくれると思っていましたが」
事実を受け止め、マランツァーノは淡々と語る。
『こっち』の世界で目的を分かってくれる人はいない。
他人に期待するだけ損。結局は一人でやり切るしかなかった。
アレを体験していない人間が、同じ道を選べるはずがないのだから。
「安心して。セバスを見限ったわけじゃない。今回は勝ちを譲っただけ」
そう気持ちに踏ん切りをつけた時、セレーナは話を付け加えた。
嬉しいような、嬉しくないような、複雑な感情が心の中で膨れ上がる。
(この言葉、信じていいのでしょうか……)
不安、迷い、心細さ。その全てをさらけ出してしまいたい。
ただ、今は見せられない。一度でも感情をさらせば、覚悟が揺らいでしまう。
(いえ、気にすべきは、人として信じるかどうか、ではないですね)
マランツァーノは頭を振って、余計な雑念を振り払い、覚悟を決める。
(――駒として、使えるかどうか。それを見定めるための単純な作業)
傷つくのが怖いから。断られたら辛いから。裏切られるのは嫌だから。
だから、感情を包み隠して、それっぽい理由で自分を納得させて、口を開く。
「つまり、次の試合、私が勝てば、決勝は本気で動いてくれると?」
尋ねるのは、先を見越した未来のこと。
予防線は張ってある。駒なら断られても問題ない。
ただ、使えなかった。そう割り切っておけば傷つかなくて済む。
「当然でしょ。あたしを守るナイト様は、一人でも多い方が楽ちん、だからね」
しかし、セレーナは、どこまでも人だった。
先ほどの暗い声音が、嘘のように明るくなっている。
「はぁ……」
心の底からため息が漏れる。
それが、どういう感情かは分からない。
安堵か、呆れか、はたまた、憧れからくるものなのか。
「なにその反応……。あたしのこと超馬鹿にしてない?」
感情の整理がつかないまま、セレーナは不服そうに尋ねてくる。
ともかく、これで不安材料はなくなった。言うべきことは一つのみ。
「信用していますよ。これで、心置きなく優勝をもぎ取ることができそうです」




