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ストリートキング  作者: 木山碧人
第四章 イタリア

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第30話 本選準決勝⑥

挿絵(By みてみん)




 武舞台上。試合は終盤。


 ジェノは苦戦を強いてられていた。


「このっ、このっ、このっ」


 拳を振るう、蹴りを放つ。


 型のないがむしゃらな喧嘩殺法。


「……そんなもの、ですか?」


 それをセレーナは易々と避け、余裕の表情で語っている。


 生殺しの感覚だった。だって、相手はいつでも倒せるはずなんだ。

 

 こんな大振りで無駄の多い攻撃の隙を、彼女が突けないわけがないんだから。


「どうして、本気でやってくれないんですか!!」

  

 やりきれない怒りが、心から込み上げ、拳と言葉を振りかざす。


 負けるなら、全力が良かった。勝つにしても、本気の相手がよかった。


 それなのにどうして。そんな不満が募り、爆発し、拳を交えて、回答を待つ。

 

「あなた様をここで壊すのは惜しい。それだけのことです」


 セレーナは顔を横に逸らし、迫る拳を避け、言い放つ。


 そんなことが聞きたいんじゃない。聞きたいのは、もっと先。


「全力を出して、負けるのが怖い。そう思ってるんじゃないですか」


 言葉と拳を止めることなく、ジェノは続ける。


 今は当たらなくても、いつかは当たってくれるはずだ。


 当たるのはどっちでもいい。ただ、こっちが諦めなければいいんだ。


「適性試験で負け、役職を失って、これ以上何を失うものがあると?」


 しかし、セレーナは一切動じない。


 過去のエピソードと足運びで、ひらりとかわす。


 確かに、一理あった。負けた瞬間をその場で見ていたからだ。


(役職……。セレーナ商会っていう武器屋の責任者、だったよな……)


 手を緩めることなく、ジェノは思考を回し続ける。

 

 探るのは、とっかかり。実力差を埋めるための、突破口。


 正攻法で勝てないのは分かってる。だったら、他の方法で補うしかない。


(俺と同じ組織『ブラックスワン』に所属してるはずだけど……変だな)


 現在、知っている組織の役職は四つ。


 諜報担当の代理者エージェント。排除担当の殲滅者エリミネーター


 監視担当の監視者ウォッチャー。事業担当の事業者ワーカーがある。


 そこに分類するための試験があり、彼女は試験官だった。


(俺は代理者エージェントになったけど、セレーナさんは事業者ワーカーじゃなくなった……)


 代理者エージェントのことは分かっても、他の役職はよく分からない。


 ただ、セレーナ商会という武器屋を裏で展開していたのは確か。


 恐らく、事業者ワーカーだったのは間違いないと思う。試験官は、その延長線。


 だけど、それは過去の話。試験の時、ある賭けに負けて彼女は支配人を辞めた。


(辞めた今は、何をしているんだろう……)


 戦いながら思考を巡らせ、浮かぶのは、一つの疑問。


 もしかしたら、これが『とっかかり』になるかもしれない。

 

「キレが悪いようですね。もう息切れでしょうか?」


 そう考えながらも拳を打ち続けていた。


 だけど、頭に意識を割いた分、動きが鈍い。


 その些細な変化を、セレーナは見逃さなかった。


 避けた拳から腕。腕から体を目でなぞり、指摘する。


(考えてる余裕はないか……? いや、違う……)


 放った拳を引っ込め、その刹那に思考を回す。


 どれだけ、この生殺しの時間が続くか、分からない。


 少なくとも、今の中途半端な戦い方のままじゃ、絶対負ける。


(両方やろうとするから駄目なんだ。どっちかに絞った方がいいな……)


 戦いの中で割ける思考には、限界がある。


 同格か、格下相手では気付きようがなかった。


 相手が格上だからこそ気付けた。そんな気がする。


「……かもしれません。少し、休憩です」


 ジェノはあえて後退し、セレーナから間合いを取る。

 

(物理的な距離は遠い……。だけど、心の距離は詰められる)

 

 選んだのは、拳ではなく言葉。割ける思考のリソースを全て捧げた。


「一発は殴らせるつもりでしたが、底が見えましたね。次で決着をつけましょう」


 すると、セレーナはガッカリした様子で、右足を構える。


 これでサービスタイムは終了。攻めても守っても次で終わる。


 彼女の技。変幻自在の蹴りに対応できないのは、もう分かってる。


(悠長に考えられる時間はない、か……。だったら、一発で決めてやる)


 全部、承知の上で、知識を使う、知恵を絞る、見識を深める。


 相手から引き出せた情報は少ない。だけど、何もないわけじゃない。


 おかげで考えは固まった。後は試してみるだけ。失敗すれば、最悪、死ぬ。


「……望むところです。元々、そのつもりでしたから」


 でも、死ぬのなんて、今さら怖くない。


 それよりも、手加減されて負ける方が怖い。


 だから、もう覚悟は決めた。やるしかないんだ。


「準備はよろしいようですね。では、参ります――」


 セレーナの、軽い息遣いが聞こえる。


 息を吐いた頃には、恐らく、蹴りが当たってる。


 間合いは二歩分。開幕でやられた時と、同じぐらいの距離だ。


(来るなら、来い。失敗したら死んでやる)


 体力は残り200。決着をつけるならノックアウトかクリティカルの二択。


 傾向からして、彼女はクリティカルを狙わない。狙いは顎。体をくじく一撃。


「――疾ッ!!!」


 その読み通り、セレーナは右足を勢いよく、こちらの顎に向け、放つ。


 今まで打ってきた中でも、最速。ちゃんと防御しないとただじゃ済まない。


 だけど、受ける気なんてサラサラない。当たり所が悪かったら殺されるだろう。


 ――それでも。


「組織に追われている」


 蹴りにひるまず、ジェノが放つのは、言葉の弾丸。


 これまでの情報を踏まえ、ひねり出した、心を穿つ一撃。


 戦わないといけない原因。リーチェを殺さなくてはいけない理由。


 ジェノ・マランツァーノに後ろ盾をしてもらわないといけなくなった由縁。


『わたくしがこちら側についた意味。それをよくお考えください。ジェノ様』


 思い出すのは、武舞台裏ですれ違った時の台詞。

 

 きっと、気付いてもらうための救難信号だったんだ。


「……っ」


 交差するのは、蹴りと言葉。


 ぴくりと、セレーナの体は反応する。


 蹴りが届くよりも先に、言葉が相手の耳に届いた証。


(手応えあった……っ! でも、間に合うか……)


 それでも迫ってくる蹴りに肝が冷える。


 だけど、今さら避けようとしても間に合わない。


 ここまで来たら、彼女の身体能力を信じるしかなかった。


「……くっ!?」


 直後、すさまじい突風が顔を吹き抜け、目が急に痛くなる。


 蹴りによる風のせいだ。とてもじゃないけど、目を開けたままでいられない。


(間に合わ、なかったのか……っ)


 閉じゆく視界の中、見えたのは黒いブーツの靴先。


 このままいけば、無防備な顎を的確に打ち抜かれるだろう。


 だけど、仕方ない。やれることはやったんだ。無理だったら諦めよう。


「……」


 そう覚悟を決めて、ジェノは瞳を閉じた。


 巻き起こされた風が、両頬を横切る感触があった。


 だけど、それだけ。痛みはないし、視界が揺らぐ感じもない。


 聞こえるのは、音。会場全体が総出で、ブーイングを出しているような声。


(あれ……。どうなって……)


 ジェノは恐る恐る、目を開く。


「……」 


 そこに立っていたのは、弱々しいセレーナの姿。


 先ほどまでの、強気で余裕ぶるような気配はまるでない。


 迫っていた足は、顔の前。顎に触れる寸前のところで止まっていた。


(止まっ、た……。だったら、俺にやれることは一つだ)


 起きた事実を受け止め、ジェノは目の前の右足に触れ、優しく下ろす。


 今の表情と行動だけで十分に伝わった。何に困っていて、どうして欲しいのか。


「俺が神父に借りを作ります。それで、組織に追われる心配はなくなるはずです」


 彼女の思考と行動を縛る原因の、根本的排除。


 それだけで事足りる。それだけで悩みは消えるはずだ。


(無理なら別の手を考えないといけないけど、さて、どうなる)


 ジェノは、確かな手応えを感じながらも油断しない。


 相手に響かないことも想定しつつ、彼女からの言葉を待った。


「……お見事でした。降参させていただきます」


 勝ったのは、暴力ではなく、言葉。


 大会のコンセプトを、まるっきり無視した決着。


 会場はブーイングが響く中、ジェノは中堅戦に勝ち星をつけた。

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