第28話 本選準決勝④
コロッセオ。武舞台上。
先鋒戦が終わり、舞台に立つのは二人。
帝国軍服めいた青い制服を着る黒髪の少年ジェノ。
対するは、メイド服を着る赤髪ツインテールの女性セレーナ。
『激闘の先鋒戦をものにし、勝利に王手をかけたのは、匿名希望チーム! 一方で、チームラウラは、もう後がない! さぁ、ここが運命の分かれ道! 吉と出るか凶と出るか。準決勝、第一試合、中堅戦。試合開始ィィィィっ!!!!』
そこに、熱い実況が流れ、戦う舞台はここに整った。
もう、後には戻れない。引き返すことなんかできるわけがない。
「……勝たせてもらいますよ、セレーナさん」
白いグローブ越しの拳を突き出すのは、ジェノ。
多くを語る必要なんてなかった。ただ、目の前の敵に勝つ。
今はそれだけを考えればいい。今はそれ以外に考える必要なんてない。
「ここまでの成長、見届けさせてもらいます。リーチェ様の代わりとして」
セレーナは、真正面から思いを受け止め、白い拳を突き出す。
初めて会った時、師匠と一瞬だけ打ち合う姿を見たことがあった。
次元が違った。勝てる気がしなかった。上には上がいるんだと思った。
でも、あの時とは違う。あれから、山場も修羅場も何度も乗り越えてきた。
――だから。
『準決勝。第一試合。中堅戦。チームラウラ対匿名希望の試合を始めます』
思考の狭間に拳は触れ合い、アイの声が響く。
何度目か分からない、負けられない戦いが始まる。
ここから先は言葉じゃない。行動で示してやるだけだ。
◇◇◇
武舞台上。試合が始まって間もない頃。
二歩先には拳を構える黒髪の少年。ジェノの姿。
体からは銀色のセンスがあふれ出し、気を伺っている。
そんな中、セレーナは、ゴーグルに表示された文字列を見ていた。
名前:【セレーナ・シーゲル】
体力:【1000/1000】
勝率:【0勝0敗0%】
階級:【銅】
実力:【1500】
意思:【未測定】
名前:【ジェノ・アンダーソン】
体力:【1000/1000】
勝率:【3勝0敗100%】
階級:【銀】
実力:【1698】
意思:【893】
それは、予選から本選までの戦績と、意思の力の限界値。
これまでの対戦相手の活躍ぶりを、一目で分かってしまう仕組み。
(意思は下の中。まだまだ、発展途上。超青二才)
数値だけ見るなら、想像以上に浅い。
意思の力は、使えば使い込むほど洗練される。
脳の回路が最適化され、体外放出量が徐々に増えてくる。
潜在能力から考えれば、今は数百分の一か、数千分の一のスケール。
エンジンが一流でも、操縦者が三流なら、良くて、二流。悪くて、三流止まり。
(でも、その割に、戦績は申し分ない。苦戦を制してきた証)
この数字なら、同格か、自分より強い相手としか当たってないはず。
それなのに、一度も負けていない。実力で負けていても、心で勝っている。
(それに、この顔……)
ちらりと視線を移し、次はジェノの表情を見つめる。
初めて出会った頃とは、想像もできないほどの凛々しい顔つき。
成功体験からくる、数字以上に裏打ちされた自信が、よく顔に表れている。
(超侮れない。さすがは、リーチェ様の直属の弟子ってところか)
そこまで思考し、セレーナはようやく構える。
「……っ」
その構えに、ジェノは目に見えてうろたえていた。
なぜなら、構えたのは両拳。ではなく、膝を曲げた右足。
足は機動力の源。それを自ら削ぐ形。明らかに隙だらけの構え。
腹を空かせた獣が獲物の隙を探っていたら、急に懐を見せられた感じ。
――その隙を、狩る。
「疾ッ!」
対応を見誤った敵を襲ったのは、突くような右蹴り。
本来なら、ギリギリ届かない距離。だからこそ、油断した。
――だけど。
「くっ!?」
瞬く間に蹴りは敵の懐に迫り、下腹部をえぐるように命中。
本来なら、致命の一撃。しかし、ジェノは辛うじてセンスで防御。
蹴られた反動で身をよろけさせながらも、なんとか、受け身をとっていた。
『ヒットを確認。敵に50のダメージ。敵残り体力950』
そこにアイのアナウンスは響き、ダウンもないため、戦闘は続行。
(……格上に勝てても、絡め手には、弱い)
今の一撃には、センスを微塵も込めていない。
関節を外し、足のリーチを伸ばした、ただの戦闘技術。
並みの使い手なら、気付く。気付いた上で、突っ込むのが正解。
つまるところ、場数と駆け引き不足。それが、今の攻防で顕著に表れていた。
「諦めるなら、お早めに」
再度、セレーナは、右足を構え、言い放つ。
この言葉には、なんの意味もないように思えた。
ただ、念のため、断りを入れておかないと後味が悪い。
「諦めませんよ、死ぬまでは……っ!」
こうなると踏まえた上で、心置きなくボコすための宣言なのだから。




