第27話 本選準決勝③
コロッセオ。武舞台上。
タッタッタッと素足で走る音が響きます。
迫ってくるのは、一人の白い髪に黄金色の瞳を持つ少女。
「ミーザっ!!!」
ミザリーは、『せーの』と言わんばかりに頭突きを放ちました。
避けるのは簡単です。でも、避けるわけにはいかないです。なぜなら。
「……っ」
そう考えていたところに、ガシンと重たい衝撃が、お腹に走ります。
それは、ミザリーの頭が食い込んだ音でした。ものすごい痛かったです。
『ヒットを確認。マスターに50のダメージ』
頭突きを体で受け止め、踏ん張っていると、無機質な声が耳に響いてきます。
名前:【ミザリー】
体力:【100/1000】
意思:【未測定】
名前:【ジルダ・マランツァーノ】
体力:【0/1000】
意思:【0】
視界の端には、簡略化されたステータスが浮かびます。
『――マスターは敗北しました』
そして、アイの声が響き、勝負の決着はつきました。
立ち合いは強めで後は流れで。八百長を起こした力士の台詞です。
それに勝るとも劣らない名勝負でした。これなら文句は言われないはずです。
「……」
二人なら、頑張ったねと褒めてくれるはずです。
後ろを振り向けば、きっと、その言葉が待ってるはずです。
それなのに動けません。心にぽっかり穴が開いてしまったみたいでした。
(……お二人に向ける顔がない、です)
笑えばいいのか、泣けばいいのか、落ち込めばいいのか。
どんな顔をして、後ろを振り向けばいいのか分かりません。
足は鉄の棒のように硬くなって、びくともしなくなりました。
こんな感覚、初めてです。今まで一度も感じたことありません。
「……ミザ?」
すると、頭突きをしていたミザリーがこちらを向き、首を傾げてました。
まるで、『痛かった?』と言わんばかりの表情で、申し訳なさそうでした。
痛いのは、確かに痛かったです。でも、痛いのは、体じゃありませんでした。
(心が、痛いです……)
ぎゅっと掴んだ胸はズキンと痛み、動悸がしました。
体は膝から崩れ、全身の力が抜けていくのを感じます。
とても立っていられず、そのまま地面に倒れていきました。
「……ミザっ」
攻撃だと思ったのか、ミザリーは後退していきます。
崩れゆく体を受け止めてくれる人は、武舞台にはいません。
(罰が当たったかも、ですね……)
因果応報。自業自得。身から出た錆。
その全てに当てはまってしまう現象でした。
言い訳の余地なんかなく、全部、自分の責任です。
受け入れるしかありません。このまま顔を地面にぶつけて。
それで。――それで。
「………………え」
そこまで覚悟した時、体は突然、ふわっと浮きました。
まるで、雲の上に乗っかっているような、心地いい感覚でした。
すぐに辛うじて動く首を振り、視線を動かします。そこに立っていたのは。
「よく頑張ったな。後は僕たちに任せとけ」
励ましてくれる仲間。ラウラでした。
腰と足を抱えて、お姫様だっこしてくれてました。
そのおかげか、痛みが少しだけマシになったような気がしました。
「このままじゃ、ボク、駄目ですね……」
そこでふと溢れ出てきたのは、心からの本音でした。
実際、チームに迷惑をかけてばかりで何も貢献できてません。
ゴミクズ以下の存在でした。生きている価値なんかないのかもしれません。
「ばーか、駄目でもいいんだよ。それを支えるのがチームなんだからよ」
そんな弱気な心を支えてくれたのは、ラウラの心強い一言でした。
すると突然、ぐぅっと目頭が熱くなって、目の前がぼやけてきました。
その感情を、その言葉が持つ本当の意味を、今やっと理解できた気がします。
「負けるのって、こんなにも悔しいことなんですね……」




