6.揉め事
「まずは、土を耕すのね」
魔導書に従って魔法を起動させるだけで、一瞬で終わる。
「次は、畝を作る、と」
これは場所の選択が必要だったので、まっすぐトコトコ歩いて線を引く。
「えい」
もこりと土が盛り上がって、畝が出来た。
「あら、こんなことも魔法で出来るのね」
破壊ではなく創造。
それを自分が出来るのはやっぱり嬉しい。
「そして、種をまく。種って、どこにあるのかしら?」
土地の操作は魔法で出来ても、ゼロから何かを生み出すことは出来ない。
農家になりたいとは言ってあったので、倉庫を探せば《組織》の人間が用意してくれているのでは、と思ったけど、無かった。
「やっぱり、《組織》を抜ける人に、そこまではしてくれないのね」
まあここまでの準備も本当に助かったし、それ以上を求めるのは我儘かもしれない。
自分は『我儘姫』と呼ばれることもあったのだから、それはこれから治して行かないと。
「買うならギルドへ、って言ってたわね。じゃあまたギルドへ行きましょうか」
ここは村の外れで、ギルドは中心部。
多少距離はあるけれど、のんびり散歩するのも悪くない。
小鳥が飛び交うのをなんとなく眺めながら歩く。
「普通だわ、平和って良いわね……!」
これまでの人生は戦いばかりで平和とは程遠かった。
人殺しは心躍るし、戦場の喧騒を懐かしく思うこともある。けれど、人生には平和も必要だと、そう思うんだ。
「ごめんくださーい」
「うお、ホントだったんだ!」
「めっちゃかわいいじゃーん!」
「名前、なんて言うの?」
扉を開けると同時にむさ苦しい男たちに囲まれた。
こんな危険な所へ来るのは命知らずの冒険者たちばかりで、若い女の子なんていない。
それなのに、こんなに可愛い子がいるんだから、皆が先を争って話しかける。
「ティーファというの。よろしくね」
戦場では、《焔ノ天使》の二つ名を持つ美しい笑みに、男たちは一気に魅了された。
「おう! 俺たちのパーティーに入らないか?」
「一緒に冒険に行こうぜ!」
「戦えなくても大丈夫だからさ! 怖いこともないぜ!」
「嫌よ。私は、種を買いに来たんだから」
すげなく断る。
ティーファは集団行動が苦手だ。
《組織》でも、他の人と足並みを揃えるのは苦痛だった。コードネームを貰った特別な人間として、嫌なことは免除されていたから支障はなかったが。
「ちょっとだけでもいいからさ!」
尚も食い下がる相手にイラついて。
もういいや、と処理してしまおうとした。
その直前。師匠の言葉が蘇る。
「いいかい、殺戮人形。外では、人を殺してはいけないよ。怪我をさせても、ダメだ。それは、『普通』じゃないからね。
最初は、嫌だ、って言葉で言って、それでもやめなければ逃げなさい。
追いかけてくるようなら、他の誰かに助けを求めること。自分だけで対応しないように」
そう、殺しちゃいけないんだ。
相手の首を切り裂こうとしたナイフを、ぴたりと止めた。
幸いにも、当たる直前で止められたようで、ティーファは心の底からほっとした。
男たちには、ほっとしている余裕など欠片も無かったが。