30.氷結狼
「あら、ありがとう」
「そんな呑気なこと言ってる場合かっ!?
水狼の群れに囲まれてるんだぞ!? 近くにはボスの氷結狼も居る!」
「じゃあどうするの? 逃げる?」
そう言われても脅威度を知らないティーファにしたら『狼だったのね』程度の話だ。
最初に声を掛けてきた男とその仲間の様子を見るに、まあまあ切羽詰まっているのかな、とは思うけれど。
「奴らは逃げたら村まで追ってくる。連れて行ってしまう訳には行かないっ」
なんだか悲壮感溢れているけど大丈夫だろうか。
「巻き込んで悪いとは思うが、恐らく俺たちが氷結狼の気を引いてしまったのも原因だろう。
ここまで囲まれたら、一匹でも敵を減らして、逃げれる奴だけでも逃がさないとっ!」
「あら、そうなの。じゃあいくつか仕留めてくるわね」
相性の悪い水使いならば、近接物理で応戦するだけだ。
ティーファは何気ない様子で薮の方へ近づき、
「ていっ!」
気の抜けた掛け声と共に突っ込んで行った。
ただ、その動きは合流した男たちが驚く程素早い。
そもそも、ティーファたちがここまで戦闘態勢の水狼に囲まれたのも、氷結狼に男達のパーティーがちょっかいを出したものの対応しきれず逃げて来たせい。
声を掛けたのも、自分達のせいで死にそうになっているから、というのももちろんあったが、少しは支援してくれないかという思いもあった。
その相手が最近話題の天使ちゃんだと気づいて動揺もしたが、あまりに呑気なのでイラついていた。
そんな天使ちゃんはただの農家だと聞いていたのに、本職の冒険者である自分達を軽々と超えるような動きを見せつけられてとても驚いていたのだ。
「よいしょっと」
適当な相手を見つけてナイフを振る。ティーファにしたらそれだけのことだが、狼からしたら恐ろしいこと。
全く感知出来ないほどの動きで迫って来られるのだから。
「ギャオゥンッ!」
「よしっ、次!」
それでも牙を剥く狼を、炎を纏わせた刃で切り裂いてさっさと次へ向かい、仲間の悲鳴を聞いて身構える狼達を、次々と仕留めていく。
もちろん、冒険者の男達もそれをただ眺めていた訳ではない。
水狼だけなら相手に出来るのだから、慣れた動きと良いコンビネーションを最大限活かして仕留めていく。
「てえぃっ!」
ティーファの方も狼の動きに慣れてきて、後で肉を食べることも考慮出来るようになってきた。
獣は人間と違って首を跳ねづらいけれど、次の急所であるお腹を狙うと色んなものが飛び散って臭い。
一度お腹を破って中身を浴びてしまってからは、やっぱり首を狙うことにした。
「これだけあれば、ダンもお腹いっぱい食べれそうね!」
「……ん。」
ちなみに彼はティーファの隣で水を打ち消す係をしていた。
だから、他の敵からの援護射撃を気にせずに目の前の相手だけを切り裂くことができる。
何気なくやっていることだが、水狼からすれば詰みにも等しい状況だ。
彼らは一人の獲物を囲んで食うスタイルの狩りが得意なので、囲みを破られた時点でかなり動揺していた。
その上援護も無効化されて、確実に数を減らしている。
そんな折に、ようやく姿を現したのが氷結狼だ。
「やべぇ、終わった……」
この魔境で長く活動してきた一流冒険者パーティーが絶望するような相手、それが氷結狼。
《ヌシ》と呼ばれ、この魔境で数匹確認されている超脅威のひとつだった。
だが。
「あら、大きいわね。お肉沢山食べれるじゃないの」
自分の倍ほどもある狼に威嚇されても、ティーファはあくまでも気楽そうだった。
 




