18.何者だ?
「あなたの仕事は、この畑のもの全部拾うことよ。始めなさい」
「……ん。」
少年には自我という物が無いのだろうか。
命令されたらその通りにするだけで、まるで傀儡師に操られているかのよう。
ただ、ティーファにとってはその方が都合が良かった。
これが、何か話しかけてくるような人間だったら、鬱陶しくなって焼いてしまっていたかも。
特にやる事もないから眺めていたが、少年の仕事ぶりはなかなかのものだった。
とにかく、速い。
人間とは思えないスピードで動き、さくさくと作物を集めていく。
ものの数分で回収が終わり。
「……ん。」
「速かったわね! いい事よ。そのままさっきのギルドへ行って、買い取りして貰ってきて」
「……ん?」
明らかに疑問のイントネーションでの返事。
これしか会話できないのか、とツッコミそうだが、無駄口を叩かれるよりはマシ。
「手紙でも書くわ。ちょっと待って」
あくまでも、自分は行きたくない面倒くさがりなティーファである。
端紙に『買取希望』とだけ書いて持って行かせる。
「ふぅ。これはラクになるわね!」
少年の面倒を見るのに多少の手間はかかるが、それを補って余りあるほどのラクさだ。
昨日と今日だけでも、作物の回収作業に大分嫌気が差していたから。
「この時間で、何しようかしら?」
ティーファは、『ふつう』に見合った趣味も見つけたいと思っている。
でも。
「まずは、ちゃんと訓練しておかないとね」
昨日は、収穫に疲れて稽古をせずに寝てしまった。
師匠に知られたら大目玉を食らうだろう。
一日サボれば取り返すのに三日かかる、その分他人は強くなる、と言われ続けているのだから。
庭に出て、ルーティーン通りの稽古を始める。
まずは、魔力操作。
ティーファはぶちかますのは得意だが、繊細な操作は苦手。それを克服するためにも、毎日練習するのは大切なのだ。
次は、暗殺部門の稽古。
手に馴染んだダガーナイフを、教えられた型通りに振り回す。素振りは地味で楽しくないが、これをサボると動きが格段に悪くなる。
接近された時の応戦手段がないティーファにとって、欠かせない訓練だ。
師匠が組んでくれたメニューは、稽古嫌いなティーファのために、必要最低限に絞ってある。
それが分かっているからそれなりに真剣に取り組んでいるし。
「……ん」
「おい、どうなってんだ!!!!」
まだこの短い稽古も終わっていないのに、もう帰って来たようだ。
ただ、面倒なものも持って帰ってきたようだが。
「あら、ドルク。どうしたの?」
「どうしたの、じゃねえよ! コイツどういう脳みそしてやがんだ!!」
ブチ切れているドルクによると、ギルドでの売り買いには戸籍かギルド登録が必要で、それがない少年には不可能。
だから、ティーファ本人を連れて来いと言ったら。
「荷台に放り投げられて連れて来られたんだぞ!? 意味わかんねぇ!」
「あらあら、大変ね」
ティーファは呑気だが、ドルクとしては気になることがひとつ。
「アイツ、何者だ?」
ドルクは引退気味とはいえ、ここいらでは相当腕の立つ方だ。
冒険者の集まる魔境近くでトップクラス、ということは帝国全体で見ても相当な腕前。
なのに、その自分の抵抗を意にも介さず軽々と持ち上げて来るとは、体術の上手さがえげつない。
「うーん、何者でもいいんじゃない?」
先程の荷台も、ティーファは気軽に乗っていたが、ドルクの顔が恐怖で引き攣る程度には速かった。
人間が走る速さとは思えないほど。
「まあ、お前が気にならねぇなら俺は知らんが、とにかく俺が言いたいのは、買い取りにはお前自身が来い、それだけだ」
「うん、分かったわ。じゃあ、一緒に行きましょうか」
ティーファは可愛らしい笑顔だが、またあの暴走台車に乗せられるのか、とドルクの頬はかなり引き攣っていた。
 




