表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

魔王様の失踪

魔界に事件が発生しました。

「ねーねーバーブたそぉ」

 私は仕事中ですからね。暇なら外で遊んできてください。

「塩対応つらぴ。最近まおーたそいないんだけどぉ」

 塩……?いや、それはあなたが魔法のカードを使って通販しまくったおかげで、魔法陣が足りなくなったので責任を取って強制労働――いえ、職人たちの手助けをしてもらっているのですよ。

「まおーたそがくれたおもちゃも壊れちゃったし」

 またインキュバスを喰い尽くしたんですか、あなた。何匹目ですか。

「とりあえずさ、魔界にも飽きたしそろそろ帰りたいんだけど」

 やっとまともに子作りをしてくれる気になりましたか。

 みりあむ殿が召喚されて早6か月。

 魔王様の命や私の貞操を狙うわ、インキュバスは喰い尽くすわとんでもない人間だと思いましたが、いいんです。お子さえなしてくだされば。

「ってかさ、うちはいいんだけどさ、まおーたそが妙にうちのこと避けてるんだよね」

「――それはみりあむ殿が魔王殺しの剣で魔王様のお命を狙ったからではないのですか」

「なにそれ」

 みりあむ殿はぽかんとした顔で私を見つめている。――あの剣が魔王殺しの剣って知らなかったのか。

「みりあむ殿が魔王様の寝所に忍び込んだ際にお持ちになっていた剣ですよ。魔王様は魔界で一番強いお方ですが、魔王殺しの剣だけが魔王様を傷つける事ができるただ一つの武器です――ったく、どこで見つけてきたのやら」

「えっとね、へびたそが教えてくれたの」

 へびたそ――?


 みりあむ殿のお話をまとめるとこうだ。

 みりあむ殿が城内を散歩していると、白い蛇が話しかけてきた。

 蛇は「自分の兄弟が閉じ込められている。助けてほしい」と訴え、みりあむ殿を城の地下深くに連れて行き、魔王殺しの剣の封印を解かせたのだという。


「なんかよくわかんないんだけどぉ、その剣持ったらなんかたぎってきて、まおーたそと戦いたくなったんだよね」


 みりあむ殿はへらへらと笑っているけど、そりゃそうだ。

 魔王殺しの剣は兄弟という意味をもつ天使――サンダルフォンが姿を変えたものだ。

 おそらくその蛇はサンダルフォンの双子の兄であるメタトロンに違いない。

 ――なんてことだ。

「魔王様!魔王様!」

 私は咄嗟に魔王様を呼んだ。いつもなら私が呼べばすぐに来てくれるのだが――私の目の前に現れたのは一枚の羊皮紙だった。


『探さないでください』


 あの魔王様(あほたれ)――逃げやがった。

「アスモス!」

 私は四天王の一人の名を呼んだ。頭に羊の角を生やした美しい女性の体を持った魔族がすぐに姿を現した。

「どうしたバーブ。そんなに慌てて――!!」

 私が無言で差し出した魔王様の置手紙を見て、アスモスは息を呑んだ。

「すぐに魔界全域に捜索隊を――天使が魔界に侵入している」

 アスモスに命じると、アスモスは黙って頷くと再び姿を消した。

「天使――って来ちゃダメなの?」

 私の特注の執務用の椅子に腰かけていたみりあむ殿が口を開いた。――まだいたんですね。

「天使と魔族は相容れぬ存在です。おそらく魔王様がまだお世継ぎを作られていない事を見てチャンスと思ったのでしょう」

 よりにもよってこんな時に姿を消すなんて――魔王様(あのあほ)は何をお考えになっていらっしゃるのか。


 魔界全土を隈なく捜索したにもかかわらず、魔王様は見つからなかった。

 魔王様がお姿を消して7日が経ったが、未だに魔王様は気配すら感じない。

 しかし、私を含め四天王もまだ魔王様の魔力を使えるという事は、魔王様はまだ魔界にいて存命だという事だ。

 それに――

「まおーたそがいなくなったらどうなるの?」

 みりあむ殿もまだ魔界にいらっしゃるから、魔王様は絶対にお亡くなりになってはいない。契約は遂行されねばどちらの命が落とされた瞬間に破棄されるのだ。

「魔王様に万が一の事があれば、次の魔王様が現れるまでの間、魔界は魔力が安定せず――最悪の場合は消滅します」

「まおーたその子供がいなかったらって事?」

「お子様の存在と魔王様の存在はまた違うのですよ――魔族というのは魔力溜まりから発生します。魔王様もその魔力溜まりからお生まれになりました」

「え――?意味わかめなんだけど――じゃあなんでまおーたその子供が必要なわけよ」

 みりあむ殿が混乱するのも仕方ない。


 魔族は魔力でできている。だから魔族の親子なんてものは存在しない。

 ただ例外は魔王だけが子を成すことができる。

 だからと言って、それは魔王を継承する者とは限らない。

 魔王の存在というのは、魔界の魔力そのものなのだ。魔界の魔力が飽和し密度が強大になった時に、凄まじい魔力溜まりができ()()()()()()が生まれる。

 魔王は溢れる魔界の魔力を吸収し、魔界を安定させる。

 そうして吸収した魔力はやがて魔王を浸食するため、それを防ぐために召喚した人間に魔力を注いで、新たな魔力溜まりを人間の中に作って”子供”を発生させるのだ。

 私もそうして生まれる”はず”だった――。


「じゃあ、まおーたそは前のまおーの子供じゃないってこと?」

「もちろんです。魔王様はお生まれになった瞬間から誰よりも強く強大な魔力をお持ちで、前魔王を廃されて魔王となられましたから」

 魔王はそうやって代替わりをしていく。目の前で魔王様に討ち破れた”父”の姿を思い出す。

 自分をいとも容易く屠る魔王様を見て、満足のいく微笑みを浮かべて消えていった前魔王。ただの魔力に還れる安堵だったのか、後継を頼もしく思っていたのかは、今となってはわからない。

 ”父”が消えた瞬間、”母”の契約も解けて消えてしまった。

 魔王と妃の庇護を一度に亡くした私は、魔界で生きていくには弱すぎた。――しかし、弱すぎたからこそ、存在を知られることもなく生き永らえる事ができたのだろう。少しでも魔力があったのなら、すぐに捕食されていたに違いない。

 そして、魔王様が就任された直後に行われたじゃんけん大会に勝ち残って今ここにいる。

 ああ――途中までシリアスだったのに、じゃんけん大会って――魔王様(あのぼけ)のせいで恰好がつかない。

「――バーブたそってば」

 おっと、思い出に浸りすぎてみりあむ殿を忘れていました。

「なんでまおーたそいなくなっちゃったんだろね」

 私の特注の執務用の椅子が気に入られたのか、みりあむ殿は今日も座ってらっしゃる。

 おかげで私は、粗末な硬い椅子に座って魔王様の代わりに仕事をしているのですがね。ああ、お尻が痛い。――魔族に痛覚なんてないけど。

「うちのせいかなぁ……」

 魔界に来て初めて、みりあむ殿が意気消沈した姿を見たような気がします。

「うちがなんたらって剣振り回したから、まおーたそ、うちの事嫌いになったのかな」

 それだけじゃないと思いますが。

「魔王様はみりあむ殿を嫌ってはおりませんよ。ただ、怖がってはいらっしゃいましたが」

 ええ。怖いんですよ、あなた。

 欲望に忠実な魔族よりも欲望に忠実で、魔族を我が物顔で顎で使うわ、魔王様の命を狙おうとするわ、魔法陣をバンバン使って職人を過労死させる寸前だわ、インキュバスを何匹も使い物にならなくなるまで使い潰すわ――本当に人間なんですか。

 これなら天使の方がまだ――そうか。

「アスモス!バアル!」

 四天王の二人を呼びつける。

 すかさず頭に羊の角を付けたアスモスと、背中に黒い羽根を付けたバアルが姿を現した。

「白い蛇を見つけ出して連れてこい」


 四天王は有能だ。さすがじゃんけんで最後まで勝っただけはある。

 彼らにじゃんけんで負けたのに、敗者復活戦で勝ち残った私が側近だなんて――いや、そもそもじゃんけんって。

 命じてからわずか2時間でバアルが白い蛇を連れて戻ってきた。

「メタトロン――」

 私が名を呼ぶと、蛇は瞬く間に白い肌に36枚の翼を持つ美しい男性とも女性ともわからない、しかし美しい天使の姿へと変貌した。背中……そんなに羽根生やして重くないんですかね。

「よく私だとわかったな。バーブ」

「隠す気もないくせによく言う」

 私が言うと、メタトロンは悔しさのかけらも感じさせない笑顔で微笑んでいる。

「さぁ、見つけたからには覚悟を決めていただきますよ。このまま黙って天界に帰るか、サンダルフォン同様城の奥深くに封じられるか――選ばせて差し上げましょう」

「おお……サド系バーブたそがかっこいい……」

 ここはシリアスなシーンですから、みりあむ殿は少し黙っててくださいね。

「すぐに帰るさ。目的さえ果たせばな――聖女はどこだ」

 聖女?

「しらばっくれるな。魔王の嫁だ。召喚したのだろう」

 あー――はいはい。そう言えばそうでしたよね。

「え――?うちのこと?」

 みりあむ殿が目を輝かせてメタトロンを見つめてますね。


「――お、お前が聖女だと?」

「聖女かどうかは知りませんけど、魔王様の召喚で魔界に来られた魔王様の妃となられる御方でしたらこの方ですね」

「ふざけるな!そいつはあれだろ?――魔王の新しい幹部かなんかだろ、色欲系のっ!」

 ですよねー。私も時々お妃じゃなくてサキュバスの女王かなーなんて思う時ありますもん。ほら、傍に控えてるアスモスとバアルも口に出してこそいませんがめちゃくちゃ頷いているじゃないですか。

「とりあえずですね。みりあむ殿がお妃として召喚した方だと言うのはバレましたし、そろそろお姿を現して下さってもいいんじゃないですか?魔王様。」

「――なんで俺がいると分かった。バーブ」

 私が虚空に語り掛けると、いたずらがバレた子供のような顔で魔王様がようやく姿を現しました。

「天使が来る用件なんて一つでしょうが。――まあ、私もすっかり忘れておりましたが」

「なに?どゆことよ。ってか、この天使マジむかつくんですけど」

 いや、あなたを見て聖女とか誰も思わんでしょうが。


 天使というのは純粋で穢れの無い人間に善行を重ねさせて、その魂を天界に持ち帰るのです。我々魔族が人間の欲望を叶え魂を奪うのと同じです。要は元の人間がいい人間か堕落した人間かという違いです。

天使(われわれ)はお前たちのように魂を奪う事などしない。皆望んで天界に来るのだ」

 そりゃ天国良いとこ一度はおいでとか言っちゃってるわけですし、魔界よりイメージいいし、行きたいと思う人も多いでしょうよ。

 話は戻りますが、魔王様の妃となられる方は、()()()()()()()()()をお持ちの方が召喚されるのです。

 そう言う魂をお持ちの方を、天使(このクズ)どもは”聖女”と呼んでいて、聖女の魂が魔王との契りで怪我される前に救い出して天界に掻っ攫って行こうと言うのがこいつらの目的で、妃召喚を行う度に繰り返される恒例行事のようなものなのです。


「つまり、うちを奪いにきたってこと?」

 平たく言えばそうですね。

 みりあむ殿は私の説明を聞いて目を輝かせている。どうも退屈ではなくなられたようです。

「じゃあ、なんでまおーたそは隠れてたのよ!うちが攫われてもいいっての?」

 みりあむ殿に睨まれて魔王様は大きなお体を小さく丸めて、口をすぼめて「だって――」などもごもご言っておられる。

「嘘をつくな」

 メタトロンが我慢がならないと言った感じで声を荒げます。

「何回も言うが、そいつが聖女のわけがないだろう!私は何か月も見ていたんだぞ。その女が堕落しきった生活を送っているところを!誤魔化しても無駄だ!早く本物の聖女を出せ」

 ですよねー。

「ほら、こう言われるだろ?」

 あんたもしかして、みりあむ殿が嫁ってバレるのが恥ずかしくて天使から逃げてたんかよ。――いや、気持ちはわかりますけども。

「ちょっとあんたうちの事ストーカーしてたわけ?」

 みりあむ殿がメタトロンに詰め寄ります。

「ちょっと顔がいいからって何しても許されるとか人生なめプしてんじゃないわよ」

「――な、なめ……?」

「うちが堕落してるとかふざけんなっての!」

 そうですよ。だってこの方魔王殺しの剣持てましたしね。――何で持てたんだ。

「そ、そうだ。この女はなんでサンダルフォンを扱えたんだ……。封印を解いてさえくればいいと思ったのに――サンダルフォンは勇者か聖女にしか扱えな――」

 メタトロンが息を飲みます。私もなんかわかってしまいました。

「聖女は()()()()()()()()()――」

 ええ。茫然自失になってしまったあなたには申し訳ありませんが、そうなんですよ。

 みりあむ殿はとても()()()()()()()のです――()()()()()に対して。

「聖女の要件に処女ってのはないのか」

 魔王様も気付かれたようです。残念ながら聖女の要件は「純粋で穢れのない魂」ですから、肉体も当然穢れがないと思いますよね。私もこの瞬間まで思ってましたよ。

「嘘だ!こんな穢れた聖女がいるわけがない!」

「でも、一応聖女の要件は満たしてたってことでいいんだよな?バーブ」

「そうですね。天使(このあほ)が認めようが認めまいが、みりあむ殿は本当の意味でとても純粋で無邪気な方です。それに聖女を選定する魔法陣が認めているわけですしねぇ」

「そ――そうか。じゃあ俺が失敗したわけじゃないんだな」

 人選は失敗してますがね。ホッとなさってますけどギリセーフなだけですからね。

 しかし――。

 みりあむ殿が魔王殺しの剣を持って魔王様を襲撃したのはメタトロン(このクソ天使)のせいだったわけですね。

 一歩間違えば魔界が消滅――ひいては世界が消滅するところだったわけですから、そこは容認するわけには行きません。

「魔王様。少しばかり魔力を失礼いたします」

 私は魔王様にお断りを入れると、魔王様の魔力をごっそりお借りして、みりあむ殿に詰め寄られているメタトロンに与えた。

「みりあむ殿。こやつは天使の中でも最上級の天使でございます。インキュバスとは比べ物にならない程の魔力を持っておりますので、簡単には壊れませんよ」

 隣で魔王様が青い顔をして私とメタトロンを交互にめっちゃ見ていますが、魔力をいただきすぎたのでしょうかね。

「うは――マジで」

 魔王様の魔力でたっぷりしっかりとコーティングさせていただきましたので、みりあむ殿が飽きるまで解ける事はないでしょう。存分にご堪能いただけますよ。

「おい――待て。何をする。私は神の代理人たる最高位の天使だぞ――服を脱がすな――やめ――やめて――」

 魔王様はお二人を見ないように指を鳴らすと、メタトロンとみりあむ殿がこの場から消え去りました。みりあむ殿の寝所に転移されたのでしょうね。

「バーブ――お前、本当にえぐいな」

 愛欲を柱とするアスモスがドン引きするほどに、みりあむ殿はえげつないという事でしょうか。


「バーブ――もう許してくれ……。二度と逃げないって約束するから……」

「魔王様。こんなもので許したらお仕置になりませんよ」

 魔王城の地下深くに魔王様の懇願する声が響きます。ええ。こんなものでは許しませんよ。何を言っているのですか。

「そんな事言わないでくれ――これ以上はもう……」

「何を言っているのです。まだ耐えていただきますよ――大丈夫。魔王様の大事なお体を傷つけるつもりはありませんから」

 メタトロンがみりあむ殿に蹂躙されている間、魔王様にはお仕置を受けてもらっています。

 再びメタトロン(あのクソ天使)がみりあむ殿を唆して魔王殺しの剣(サンダルフォン)を振り回しても大丈夫なように、魔王様には魔王殺しの剣を限界まで存分に振り回していただき、その魔力でサンダルフォンの魔力を相殺していただきます。

 めちゃくちゃしんどいと思いますけど、魔王様の魔力なら負ける事もないでしょう。

 もしもの時の為に、アスモス以下四天王を予備の魔力タンクとして控えさせておりますし、最悪の場合はこいつらの魔力を喰ってでも頑張ってください。

 アスモス達は魔王様に見つからないように、こっそりと誰が先に喰われるかじゃんけんしてますけど、たぶん大丈夫でしょう。

 命までは取られませんよ。

 私は執務室から持ってきたお気に入りの特注の執務用の椅子に腰かけると、魔王様がサンダルフォンを削るのを楽しく眺めさせていただく。

 まだまだ元気そうだし、お仕置はもう少し続けるとしましょうね。

そろそろみりあむたそを人間界に戻したいのですが、中々戻ってくれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ