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名ゼリフから読み解く 大東亜・太平洋戦争  作者: 佐久間五十六


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神重徳

 「無茶じゃないさ。作戦通り行ったじゃないか。勿論、それには空襲の無かった事が天祐だった。全く天祐だった。敵は大艦隊を頼んで眠っていた事が、いけなかったのだ。」

 神重徳日本海軍大佐

 筋違いにも関わらず、しばしば指揮権を行使した参謀を海軍から選ぶのなら、神重徳大佐その人である。あるいは海軍ではこの人だけかもしれない。

 終始一貫して「殴り込み戦法」を主唱し続けた。明治33年(1900年)鹿児島生まれ。海軍大学校は首席で卒業している。ドイツびいきのアドルフ・ヒトラー心酔者にして、軍令部にいた頃は上司である、井上成美軍務局長に論破され、少々おとなしくしていたものの、結局神重徳大佐が日独伊三国同盟論を引っ込める事は無かった。

 神重徳大佐の軍歴の中で、信条となる「殴り込み戦法」が初めて大戦果を上げたのが、ガダルカナル島攻防を巡って生起した、「第一次ソロモン海戦」である。この戦いに参加した第8艦隊を指揮していたのは、三川軍一中将と、大西新蔵少将で、神重徳大佐は先任参謀として、旗艦「鳥海」に座乗している。ガダルカナル島攻防戦は、昭和17年(1942年)8月7日から始まり、米軍のガダルカナル島上陸を阻止すべく、翌8月8日深夜に第11艦隊が出撃して、敢然として奇襲したのである。

 数に劣る日本海軍が米国の大艦隊の中に単縦陣で、一気に突入し米国艦隊の大部分を撃沈(重巡洋艦4隻撃沈、1隻大破)味方に損傷はない完勝であった。しかも戦っていたのは僅か33分。記録的な急襲であった。この戦いを神重徳大佐はこのセリフの様に振り返っている。

 型破りの「殴り込み」の奇策を用いないで、戦争の勝利はない。常に積極作戦を取る事で、天祐を呼び込む。この戦いの成功体験が神重徳大佐にこうした戦術思想を与えたのである。その背景には神重徳大佐が信仰するアドルフ・ヒトラーの電撃作戦があったものかと、思われる。

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