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名ゼリフから読み解く 大東亜・太平洋戦争  作者: 佐久間五十六


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昭和天皇大元帥

 「空襲は激化しており、これ以上国民を塗炭の苦しみに陥れ、文化を破壊し、世界人類の不幸を招くのは、私の欲しないところである。私の任務は祖先から受け継いだ日本と言う国を子孫に伝える事である。…昨日まで忠勤を励んでくれた者を戦争犯罪人として処罰するのは、情において忍び難いものがある。しかし、今日は忍び難きを忍ばねばならぬと思う。」 昭和天皇陛下

 事態は、もう一刻の猶予も許さないところまできていた。そしてここで、「2・26事件」以来決して意思表示をしてこなかった大元帥の昭和天皇が、遂にその禁を破る時が来る。昭和天皇陛下はまず、外相の東郷に、「このような武器(原子爆弾)が使われる様になっては、もうこれ以上継戦は不可能である。なるべく速やかに戦争を終結する様に努力せよ。この事を木戸、鈴木にも伝えよ。」と、命じている。

 1945年8月9日「最高戦争指導会議」が、皇居で開かれた。「ポツダム宣言」を受諾するか否かと言うところで、その議論は平衡線を辿った。折しも会議の途中には、長崎への原子爆弾の投下の報も伝えられている。最高戦争指導会議は、午前10時半に始まり、午後1時まで行われた。

 その後閣議も行われたが、二つの会議とも結論を出せずにいた。引き続き御前会議が午後11時50分から、皇居地下にある防空壕で開かれ、日付を跨ぎ午前2時を過ぎた頃の事であった。

 頃合いを見計らい鈴木貫太郎首相が決を取ろうと、切り出したのである。決を取ると鈴木貫太郎首相を除く6人の出席者が丁度3:3の半分に分かれてしまった。その為、鈴木貫太郎首相は、昭和天皇陛下の前に進み出て奏上した。

 「御覧の様に、臣下は3:3の同数です。陛下のお気持ちをお聞かせ下さい。」それに対する昭和天皇陛下のセリフが上のセリフである。この時、昭和天皇陛下は、陸軍は本土決戦やむ無しと主張するが、昭和天皇陛下自ら御調になられたところでは、到底その準備は出来ていない。日本には最早継戦の力はない。と言う"確信"をお持ちであったと言う。

 こうして、聖断が下され、日本の「ポツダム宣言」受諾が決まった。国内では機密だった「御前会議」の結果は混乱を避けるため、日本の海外向け放送でのみ流された。

 

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