寺内寿一
「驕敵撃滅の神機到来せり。」 寺内寿一
「台湾沖航空戦」で米国海軍太平洋艦隊は、壊滅状態にあるはずだからと、南方軍総司令官の寺内寿一は、この様なセリフのようなそれほどの危機感は、無かった。米国海軍空母17隻を擁する米国海軍航空隊と、日本海軍航空隊(鹿屋・台湾・フィリピン)合わせて約650機があいまみえたこの戦いの戦果を大本営はとんでもない嘘をついていた。
大本営は、戦果を「米国空母11隻撃沈、8隻を撃破し、多数の戦艦・巡洋艦を撃沈・撃破」等と発表した。この嘘は軍令部の報告をそのままの発表したものであった。だが、実際は米国海軍の空母は1隻たりとも沈んでおらず、せいぜいが巡洋艦2隻に軽傷を与えた位であった。
偽りの戦果発表は、全て前線から帰ってきた搭乗員の、不正確な自己申告を鵜呑みにし、軍令部が数をかさまししたと考えられる。爆撃したにせよ、敵艦に当たらず海面に火柱が上がっただけで、パイロットは「敵艦轟沈」と、都合良く判断していた。
また、陸軍と海軍の意地の張り合いで、あまりにも良すぎる戦果を堂々疑問に思いながらも、「大本営発表」としてしまったのである。日本国民には、久し振りの大戦果と報告され、祝勝の提灯行列までが出来、昭和天皇陛下からは、「嘉賞の勅語」も発せられている。
ちなみに米国海軍は戦果を確実に確かめる為に、必ず戦闘機とは別に、「確認部隊」が、わざわざ前線に向かう事になっている。そこで時には、写真や映像を取り、記録として事実に近い戦果を司令部に報告する。そういうシステムが確立されていた。まさに日本とは、対照的であった。
しかし、この日本軍の偽りの大戦果にただ一人だけ疑問を持つ者がいた。前述の堀栄三情報参謀である。彼は早速この戦果の不正確さを、大本営作戦部に報告をした。だが、陸軍のある作戦参謀に握り潰され、一情報将校の言う事は聞き入れて貰えなかった。この誤報が大変な事態を起こす事になるのは、歴史の示す通りである。




