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名ゼリフから読み解く 大東亜・太平洋戦争  作者: 佐久間五十六


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山本五十六③

 「海軍大学校を卒業したエリートと言うのは、どこを切っても同じ、金太郎飴のような者だが黒島だけは、優秀な軍人である。」

 連合艦隊司令長官 山本五十六

 山本五十六が作戦を計画する際、知恵袋とした参謀の黒島亀人を評価した山本五十六のセリフである。山本五十六としては、黒島を己の右腕として、随分信頼していた。

 この黒島と言う男がまた非常にユニークであった。貧しい家柄ながら、苦労して海軍兵学校と海軍大学校を卒業した。己の才能一つで連合艦隊参謀の座を手にした男であった。黒島は、人が思い付かない様な、奇想天外な作戦を思い付く一方で、普段の生活はまるで奇矯であった。日がな一日も真っ暗な部屋の中に裸一貫で、閉じ籠り瞑想して作戦を考えている。誰とも口を聴かず風呂にも入らないと言う、そんな偏屈な男であった。

 黒島は明治26年(1893年)広島県生まれで海軍兵学校第44期、卒業成績は95人中34番目ながら、猛勉強をして海軍大学校を卒業した。眼窖がくぼみ痩せていたため、「ガンジー」とあだ名され、「仙人参謀」、「変人参謀」等とも呼ばれた。素っ裸で艦内を歩き回ったり、お香を焚いた私室に昼夜籠り続けて、作戦を考えていた。

 しかしながら、山本五十六は、その発想力と独創性を高く買っていた。一時は昭和版秋山真之とも言われたが、その好評価は長くは続かなかった。ただ、秋山真之との明確な違いは、海軍内では全く知られておらず、軽蔑されていたと言う事である。

 山本五十六と言う男は、大の博打好きで知られていた。作戦遂行中の戦艦の中でも、常時ポーカーやブリッジに興じていたと言う。山本五十六にしてみれば、「真珠湾攻撃」も彼の博打であった。山本五十六ー黒島亀人のラインによる作戦計画は、確かに常人では思いも及ばない閃きがあった。しかし、所詮それは一つの戦術に過ぎないだろう。戦争全体を見極めて、どう行動するかと言う"戦略家"とは成り得なかった。

 大局に立つ"戦略"があってこそ成り立たせる為の一つ一つの"戦術"が生きてくるはずなのである。ニミッツが図らずとも「山本五十六の他に優れた指導者はいるか?」と問うたと言うが、不幸な事に、日本には騎乗の駒を動かすだけの、無為無策な指導者は、山の様にいても、山本五十六の様な「優れた指導者」はいなかったのである。

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