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名ゼリフから読み解く 大東亜・太平洋戦争  作者: 佐久間五十六


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山本五十六

 「それは、是非やれと言われれば、初めの半年や、一年の間は随分暴れて御覧に入れる。しかしながら、二年、三年となれば、全く確信は持てぬ」

 山本五十六元帥

 開戦前の米国海軍の予想では、日本が最初に攻撃を仕掛けて来るのは、フィリピンだと読んでいた。日本軍の標的はアジアの南方にあるはず。何よりも、比島はアジアにおける最大の米軍基地があったからである。

 だから日本軍がいきなりハワイの太平洋艦隊に先制攻撃を仕掛けて来たと知った時米国の指導者は本当に驚いた。まんまと、奇襲作戦を成功させたのは、"賭博師"とも言われた山本五十六の天才的な作戦であった。

 空母に艦載機を乗せた空母機動部隊がハワイ沖300~400㎞の地点で待機し、そこから爆撃機を飛ばす。爆撃機は低空で目標地点に入って急降下爆撃を加える。第一次、第二次と二度の波状攻撃を仕掛けて、停泊中の米国海軍戦艦「アリゾナ」始め米国海軍の戦艦4隻を沈めた。その他に湾周辺の飛行場も破壊し、3000人近い米兵を殺害した。数的には完勝の奇襲作戦で、米国海軍太平洋艦隊は壊滅した。

 山本五十六が「真珠湾攻撃」作戦を発案したのは、昭和15年5月頃の事だったと言われている。米国への留学経験もある山本五十六は、始めから日米決戦が無謀な挑戦である事を、充分承知していた。しかし、昭和16年7月の日本軍の南部仏印への進駐を受けて、米国が発動した「在米日本資産の凍結」及び「対日石油禁輸」を見て、最早戦争は不可避である事を悟ったと言う。

 連合艦隊司令長官であった山本五十六は、当時の首相近衛文麿に、開戦となった時の見通しを聞かれて、答えた時のセリフである。日本と米国の国力の差を痛いほど知っている山本五十六にとっては、「パール・ハーバー」は全身全力による作戦攻撃だった。やるからには最善を尽くすのが、ブーゲンビル島で戦死するまでの、変わることの無い信念であった。

 だが、本当に全力を尽くすならば空母機動部隊に随行し、山本五十六自ら陣頭指揮を取るべきであった。そうすれば、狙いの米国海軍空母を撃沈させる事が出来たかも知れない。

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