第七十三話「覚醒②」
トパーズは、白とオレンジで構成された分厚いスタジャンを脱ぎ、黒の長袖インナー姿へと変貌した。
「……いつでもどうぞ」
久藤は、両手で刀を持ち、自身の頬の近くで構えて、そう言ってのけた。
「……舐めやがって」
負けじとトパーズも〈黄盾〉を取り出した。
トパーズは、黄盾を《縄盾》に変化させ、小手調べを始めた。
「盾で作り出したロープだ!! 耐久性はピカイチッ!!!」
トパーズは、縄盾を振り回した。考え無しに。というわけではなしに。
久藤は、刀を器用に使い、次々と迫り来る攻撃を退けた。
「これだけじゃねぇぞ。《縄盾》の進化形……」
───《鞭盾》ッ!!
トパーズは、鞭をしならせ、縄よりも速く、鋭い攻撃を繰り出す。その予測不能な攻撃を、久藤は冷静に捌いた。
鞭が、久藤の太ももを掠った。
「掠ったなッ!!」
「……少しね」
「まだまだァ!! エマルカ(ここ)に来てから着想を得た技ァ!!」
───《鎖盾》ッ!!!
鞭を鎖の形に変え、威力や飛距離を自分のさじ加減で変えられるようになった。トパーズは、思い鎖を振り回した。
トパーズの鎖盾は久藤の刀と何度もぶつかっている。それなのに、刀に傷1つ付かない事に疑問を抱いた。
久藤が刀を握り直した事を瞬時に察知し、トパーズはすぐさま黄盾をしまい、すかさず蹴りを繰り出す。久藤はそれを鍔でガードする。
再び盾を取り出し、空中に貼り付けた。
「《弾む盾》ッ!!」
盾の弾みを利用し、久藤に急接近した。突進の最中、盾を手元に再召喚し、黄盾のままで弾き潰そうと試みた。
だが、その試みは失敗に終わった。トパーズの突進は、刀で簡単にいなされてしまった。
「……はぁ……はぁ……ふぅ〜」
着地に成功したトパーズは、深呼吸をして荒んだ呼吸を整えた。
「やるな、お前……」
「当然。私は、半生の殆どを刀と共に過ごしてきた」
「へぇ、そうかよ……!」
そう吠えたトパーズは、現在進行形で頭を回転させていた。
─── 《貫盾》は最後の手段だ……何か他の手はねぇのか!?
《貫盾》は、捨て身覚悟で編み出した技。黄盾を、光線状にして発射する。どんな物質であろうと関係なしに貫く。しかし、一度使用すると、暫く盾そのものを使えなくなる。という欠点も存在する。安易に使用出来る技では無いことを、トパーズは十分理解していた。
「……お前の欠点が1つ見えたぜ。まぁ、言わねぇけどなァ!!!」
トパーズはそう叫ぶと、《弾む盾》を使った奇襲を実行した。まずはさっきと同じように、久藤に近づく為、《弾む盾》を空に設置し、蹴りつけた反動で突進する。
───いくらこいつでも、目に止まらねぇ早さの奇襲にはついてこれねぇハズ……そこを突くッ!!
久藤の周囲に《弾む盾》の設置、それを蹴っての高速移動。それを繰り返し、久藤を囲むように高速移動し、久藤の周りに円形を作り出した。
久藤も、最初こそ目で追おうとしたものの、直ぐに諦め、刀を構え直す。
───テメェの武器の弱点……刃の形状故、攻撃範囲は刃の一直線上に限定される!そこが弱点であり、抜け穴だ!!
トパーズの計画は、こうだ。いつ来るか分からない攻撃を仕掛ける。仮に久藤が攻撃に対応してこようものなら、それをも凌駕し、躱して攻撃を叩き込む。刃がどの向きを向いているか。それを瞬時に見極める事が、計画の要となる。
「その髪型……気に入らねぇぜ」
トパーズは、円香と同じ髪型をした久藤が気に食わなかった。
ある程度久藤を翻弄した後、軌道を変え、一直線に久藤に突っ込む。一切の声も出さないまま、息を殺し、確実に仕留めようと黄盾を手元に再召喚した。そして……
「《断ち切る盾》」
確実に攻撃の当たる間合いまで近ずき、能力を発動した。《断ち切る盾》の欠点である射程距離の短さも、それで補うことができる。
トパーズは、勝利を確信した。
……しかし。
久藤は、トパーズの計画を逆手にとり、一気に距離を詰め、トパーズの股の間からすり抜けた。
《断ち切る盾》は、ただ空を切るだけであった。
「……うそ……だろ……完璧な計画だったはずだ……対応出来るハズがねぇ……」
「さっきの攻撃、斬撃のようなものが現れる時、硬直の時間があった。それは、私に思考と回避の時間を与えた」
トパーズは、完璧だと思っていた計画が、一つの過ちで水の泡と化した。
《断ち切る盾》、もう一つ欠点、初速が遅さ。
螺旋状の斬撃が現れるまでに、少しの時間がかかる。それがコンマ何秒であろうが、相手に行動の時間を与える。
───もう……《(ペネテクトシールド)》を使うしかねぇのか……それで倒せなかった……?
終わりだ。
「……全て出し尽くした?」
「あ……あ……」
トパーズの返答を待たずして、左肩から、斜め下へと刀を下ろし、切り捨てた。
───そうだ、オレが攻撃をしている間……こいつは一切反撃してこなかった……
トパーズは、完全敗北に、メンタルブレイクを起こした。
「最期に何か、言っておく?」
「……使える手は全部使った……なのに……何で勝てねぇんだ!! オレ王族だぞッ!? 能力にも恵まれたッ!! なのに、何で!!!」
トパーズは、その場で跪き、残った手を地面に叩きつけ、子供のように喚き散らした。
「オレはずっと負けっぱなしだ……どうなってんだよおい……こんな醜態晒して、復讐だ? 笑わせんな……」
久藤は、トパーズに哀れみの目を向けた。
「君の頑張りは認めよう。これ以上の醜態を晒さぬよう、直ぐに終わらせて───」
久藤の声は、徐々に聞こえなくなっていき、視界も狭まり、トパーズの意識は、暗闇に堕ちていく。
…
トパーズは、暗闇の中1人、考えていた。
どうすればあの女に勝てたのかと。
「オレの全てをぶつけた……」
そう呟くトパーズ。
「……どうすれば勝てた」
縄は通用しなかった。鞭も、鎖さえも。
斬撃も、弾みも。盾本来の力でさえ、あの女には通じなかった。
「オレに……何が残されてる……何を創り出せば、アイツに勝てる……?」
必死に頭を巡らせる。過去の記憶を、経験を、蘇らせてゆく。
───知ってる。その答えを。
……そうだ。オレは知っている。オレが知る限り……一番強ぇ武器! 一番強ぇ奴!! 一番強ぇ能力ッ!!!
その時、眩い光に、暗闇から現実世界へと引き戻された。
…
「……大人しく首を差し出しておけば、楽に済ませてあげられたのに」
立ち上がったトパーズの盾は、自然に"剣"の形を生成していた。
能力覚醒による鼻血が垂れている事にすら気付かず、片腕を失いながらも、剣に集中し、離さぬよう強く握っていた。
トパーズは、自分でも何をしているのか理解していないまま、それが至極当然の事かの様に、剣を振り上げた。
その剣は、久藤が振り下げた刀を、弾き返し、一瞬にして砕き上げた。剣はそのまま、久藤の体を、斜めに切断した。そして、トパーズが振り上げた一撃は、久藤の背後のビルを、三個切り揃えた。
「《黄剣》。それが、この力……オレの力の名前だ」
そう口にした瞬間、耐え難い激痛と痺れが体中に走った。それに加え、目眩と疲労が一気に押し寄せてくる。それらは、立っていられない程強く、トパーズはそのまま地面に倒れた。
久藤の上半身は、ゆっくりと体勢を変え、空を見上げていた。言葉を口にする気力は、残っていなかった。久藤は、日が落ち、青黒くなってゆく空を見て、思い出に耽っていた。
…
父と母は、私が幼い時に目の前で処刑された。罪状は"窃盗"だった。
畑から食べ物を盗んでいる所を、運悪く農夫に見つかってしまったのだ。
二人は最期まで、子どもは居ない。と言っていた。私を巻き込まないように。
二人は、自分の食べる分を極限まで減らして、私に食べ物をくれた。当時は有難みすら感じていなかったが、今になって痛感する。父と母の苦しみが。
そこから私は、一人で生きてゆく事を強いられた。最初は、物乞いから始めた。無惨に首を切り落とされたあの二人のように、人から物を盗んでまで生きようとは思えなかったから。
だけれど人々は、私と目が合っても、逸らす。そのまま素通りをする。それが苦しく、惨めで、物乞いは諦めた。
そこから色々と試してみるも、全てが失敗に終わった。ごみ捨て場を漁り、まだ食べられそうなものを口にした時は、数時間もしないうちに、死の間際をさまよう羽目になった。
そして私は、二人のように盗みに走った。
私は二人のように、人の少ない畑で盗みを行った。その時だ。
『誰だッ!!』
その叫び声で腰を抜かし、ゆっくりの顔を上げると。
あの時の農夫だった。農夫は私の顎を蹴り飛ばし、数人の男達を呼び、私を暴行した。
初めて殴られた。初めて蹴られた。初めて踏みつけられ、唾と小便をかけられた。
散々暴力の限りを尽くした男達は、次々と袴を脱ぎ始めた。
『抵抗したら、この鎌で一発だからな』
その時。私の意識は暗闇へと堕ち、気がつくと、能力に目覚めていた。"ものを頑丈にする"。それは、生まれた時からしてきた習慣のように、何をすべきか指し示し、私を再び立ち上がらせた。
私は農夫から鎌を奪い取り、次々と惨殺していった。
再び正気に戻ると、畑は血の海と化していた。生への縋りが、私をこうさせたのだろう。
私はその後、無我夢中で走った。罪悪感と安堵で押しつぶされそうだった。
真夜中。人気の無い道を、片腹を抑えながら走っていると、提灯の灯りが動くのが目に映った。
『……凄い怪我だ、手当をしなくては……ッ!』
その人は、私を家に招き、優しく手当してくれた。立派な刀が飾られていた。
『気になるでござるか? あれは私が初めに作り出した刀でござる。立派でござろう?』
その人は、私に優しく笑いかけた。
その日は、家に泊めてもらった。その人の名前は、叢雲というらしい。叢雲さんには、翌朝事情を話し、私に帰る家の無いことを知り、快く引き取ってくれた。
叢雲さんは、私にあまり素性を明かさなかった。いつも何処かに出かけてしまう。しかし、帰ってくると、私に稽古をつけてくれた。
ある日、叢雲さんは私に、この家を好きに使っていい。と言葉を残し、家を出て行ってしまった。それからは、待っても待っても家に帰ってくることは無かった。
叢雲さんと会えず、廃人のようになった私を変えてくれたのは、スザンさんとの出会いだった。
…
───最期に会いたかったな……叢雲さん
そんな事を考えながら、久藤綾乃は静かに息を引き取った。




