第七十五話「生と死」
それから、更に数日が経過した。日が昇り始めた頃、トパーズは気分転換の為に辺りを散歩していると、フラつきながらもこちらに向かってくる人物が目に入った。視力が良いトパーズは、遠目からでもそれが結輝である事に気が付いた。
「───あーッ!? おい!! ユウキッ!!!」
トパーズは、凄まじい速さで結輝に近づくと、結輝はその反動で力なく後ろに倒れた。
「おい、大丈夫か? ……って、それどころじゃねぇッ!」
トパーズは結輝の両肩を掴んだ。
「あれからろくすっぽ連絡寄越さねぇでよ……心配したじゃねぇかッ!!」
「……悪い」
結輝の腑抜けた返事に、トパーズはハテナを浮かべた。
「───そういやァ……肝心のマドカとランコはどうした? それに……サトルも居ねぇじゃねぇか」
その問いかけに、結輝は俯きながらゆっくりと口を開いた。
…
その頃、壊斗とエメルと昌幸の三人は、先にホテルを出たトパーズを追うように通い詰めているレストランへと向かった。その途中、何やら人だかりができているのを目撃した。
「あれ、何だろ……」
エメルが人だかりを指差す。壊斗と昌幸は首を傾げた。
壊斗は、何故かそれが無性に気になってしまい、先頭になって人だかりをかき分けていく。すると、そこには───
そこには、全身を強く殴打されたのか、体の至る所が黒く変色し、鼻は潰れ、歯が何本か折れている人間らしきものが横たわっていた。
「何だこれ……人間か?」
「いや、違ぇだろ。小猿かなんかじゃ───」
「猿じゃないな。髪の毛が生えている」
人々は各々の感想を述べた。まるで展示されている芸術作品を見るかのように。
「……円……香……?」
その正体は、壊斗達だけが理解出来た。それは、紛れもない、変わり果てた円香だった。確実に間違いない。
「え……円香……なの?」
耐え難い異臭の中に、円香の匂いが混ざっていた。それは、長く苦楽を共にした昌幸だけが分かる事だった。
「───マドカちゃん……ッマドカちゃんッ!!!」
エメルは、泣き叫びながら円香を回復した。すると、身体のアザや怪我は癒え、いつも通りの円香の姿となった。しかし、目を覚まさない。呼吸を確認する。息をしていない。もう一度回復する。見た目に変わりは無いが、脈拍を確認する。脈を打っていない。エメルは、何度も何度も回復をし続けた。
エメルの能力に、死者を蘇らせる効果は無い。いくら回復を施そうが、それは死体をキレイにしているだけに過ぎない。それが分かっていながらも、エメルは能力の使用を止める事は無かった。昌幸は膝から崩れ落ち、壊斗は、ただ唖然としならがその場に立ち尽くしていた。
その光景が珍しいらしく、次々と野次馬共が携帯で写真を撮り始めた。
すると、ある男が前に出た。
「……貴方達、携帯をしまいなさい。人としておかしい事をしている自覚は無いんですか?」
メガネを掛けた男の言葉は、一部の人間にしか響かず、殆どの人間はカメラボタンを押す指を止めなかった。
「貴方方は───」
男は、エメル達にも声を掛けたが、四人に見覚えがあり、何かを察したように目を瞑り、ふぅ……と息をついた。
「……そうでしたか」
その時、後ろから壊斗達を呼ぶトパーズの声がした。だが、誰一人としてそれに反応する事は無かった。
…
唯一正気を保てているトパーズが円香を背負い、ホテルの部屋へ戻った。
着くやいなや、円香をベッドに下ろし、トパーズが口を開いた。
「てかよォ……オメェは誰なんだ」
トパーズは、メガネの男の額に自分の額をぶつけ、まくし立てた。
「すみません。お節介だとは分かっていますが、あのまま見過す事は出来ませんでした」
「見過ごせねぇって? ……そうか。で? テメェに何が出来んだ? これはオレ達の問題だ。雑魚がしゃしゃり出てくんじゃねぇぞ」
トパーズは、腕を振り上げた。すると、壊斗は空いているベッドに横になり、布団を頭まで被ってしまった。
「あ……! おいカイト……!」
「そのまま私を殴ってください」
男は声のトーンはそのまま、顔色一つ変えずにトパーズを挑発した。
「───あ゙? ……じゃあお望み通りッ!!!」
トパーズは、空を切るようなパンチを繰り出した。
「───ッ!?」
トパーズの拳には、何かを殴った感触がなかった。それもそのはず。メガネの男は、トパーズから離れた場所に立っていた。
「私に出来る事なら、何でも協力しますよ」
…
その日から、壊斗が部屋から出る事は一切無くなった。一日の殆どの時間を布団の中で過ごし、誰の声掛けにも反応しない。皆気を使って、壊斗が居る部屋とは別の部屋を新しく取る事にした。別室で暮らしている間も、皆は食事や生活必需品等を届けたりしていた。
ただ、その中で唯一、壊斗の事を二日程放っておいたトパーズも、痺れを切らし壊斗の部屋へ入った。
「おいカイト。飯くらい食ったらどうだ?」
部屋のテーブルに置かれた食事にホコリがかかっているのを見て、トパーズはそう声を掛けた。
当然、壊斗はトパーズの問い掛けに答える様子は無い。
「お前……いつまでそうしてるつもりだ?」
トパーズは、頭まで被っている布団を無理矢理引っ剥がし、壊斗の髪の毛を掴んだ。
「お前……死のうとしたんだろ? 聞いたぜ? エメラルドに止められても首にフォークを刺すのを辞めなかったんだってな?」
壊斗の反応は無い。トパーズは壊斗の頭を布団に投げつけ、話を続ける。
「いくら首に突き刺しても、軽い跡が付くだけだったんだろ? だから諦めた。誰とも会話せず、ただただテメェの殻に閉じこもって」
「はっきり言って、今のお前はただの抜け殻だ。怒る訳でもなく、泣き喚く訳でもねぇ。罪悪感に押し潰され、何も出来なくなった抜け殻だ」
「オレが言えた義理はねぇが、お前と同じ分だけオレにも罪がある。お前よぉ……自分一人に全責任を押し付けるんじゃねぇか? あの自殺未遂だって、悲しかったからじゃねぇ。罪悪感で起こした事なんだろ? お前は誰よりも、自分自身を傷つけてんだよ」
「お前はこれからも、ずっとこうしてるつもりか? お前と違って、オレ達は少しずつ前を向き始めた。いつまでもこんな事してる余裕はねぇからな」
トパーズは、ここまで言っても何の反応もしない壊斗の顔面を、思い切り蹴りつけた。
「……目ぇ覚ませ。大して痛くもねぇんだろ?」
トパーズは、ズキズキと痛む足を擦りながらそう呟いた。ここまでしても、ピクリとも反応しない壊斗に、ため息をついた。
「……今のままじゃ、まともに話も出来ねぇな。せっかくマドカを殺しやがった奴らの事が分かったってのに」
その言葉を聞くと、壊斗はガバッと起き上がった。
「今……何て……?」
「マドカを殺した奴らの事が分かった。そう言ったんだ。きっと、ランコを殺しやがったのもソイツらだろうな」
「───乱子が……殺された……?」
「……そうか。お前は知らなかったんだな。そうだよ。ランコは死んだしサトルも死んだ。これは事実だ。受け入れろ」
トパーズは、事実を残酷に告げた。
壊斗は、手の平を何度も顔に打ち付けた。何度も何度も。
「……何でこうなる……何がこうさせたッ!? 俺たちに何の罪があるッ!! 何の正当さがあって皆の命を奪うんだッ!!!」
それは、トパーズが今まで聞いた事の無い壊斗の怒り、悲しみの声だった。壊斗は血が出るほど唇を噛み締め、目を瞑り顔を手で押えた。
数分が経過し、ゆっくりと顔を上げ、トパーズの方を向くと、トパーズは優しい表情で壊斗を見つめていた。
「やっとオレの目をみてくれたな。……行くぞ。皆が待ってる」
そう言うと、トパーズは優しく壊斗の手を引いた。




