第七十四話「崩壊」
結輝は、少しでも気持ちを落ち着かせ、それ以降喋らなくなった悟を連れ、重い足を何とか動かし管理人室へと向かった。
「貯水槽に……遺体が……ッ!」
結輝が簡単な経緯を説明し、管理人は応援を呼ぶ事にした。
「すいません……ちょっと、外の空気吸ってきます……」
「え、えぇ。勿論……」
結輝がそう言い出すと、管理人は疑いもせず見送ってくれた。
…
「……一旦逃げるぞ」
結輝の言葉に、悟は「え」と震えた声を出した。
「乱子を……置いてけぼりにするの?」
「───仕方ねぇだろ!? 俺たちにはどうすることも出来ねぇんだよッ!!」
大声を出した結輝は、ハッと一瞬で冷静になった。
「……悪い。声荒らげちまって」
「……」
悟は、黙ったまま涙を流しながら頷いた。
「あのまま、俺らがあそこに居続けてたら、今度は俺たちが疑われて、最悪捕まっちまうかも知んねぇ。大事になる前に、あの場から離れておくのが得策だ」
結輝は、こんなこと言いたくねぇけど。と俯いた。
「……凄いね、結輝は」
悟は笑いながらそう呟いた。
「───は?」
「こんな状況なのに、そんなに頭が回ってさ」
「何だ、その言い草───」
キレかけた結輝だったが、感情を押さえ込んだ。
「……とにかく、ここから離れよう」
二人は、作業着を脱ぎ、近くのゴミ箱に捨てた。
…
「円香のこと、直ぐに探し行こう」
結輝はそう提案したが、悟は黙ったままだった。
「……悟?」
「……ごめん。何故か、能力が発動出来ないんだ」
悟は依然俯きながら、感情の籠っていない声で言葉を返した。
「まぁ……仕方ねぇよ……俺も配慮出来てなかった、悪い。今日は休もう」
そう言うと結輝は近くのホテルを手配した。
悟は、ホテルに着くや否やベッドに倒れ込んだ。
結輝も、体中の傷を治すべく使った体力と、三時間近く歩いた疲労が重なり、悟の後を追うように眠りについた。
…
朝方。気づいたら鳥の鳴き声で目が覚めた結輝は、一度深呼吸をし、ゆっくりと目を開ける。枕元に置いている時計は早朝4時を指し示しており、悟を起こさないよう静かにベッドに腰掛けた。
ふいに、窓際を見ると、揺れる何かがうっすらと目に入った。
目を擦り、良く見てみる。だが、遠目からだとそれが何かよく分からなかった。重い体を起こし、それが何かを確認しに行く。すると───
「さと……る……?」
窓際で揺れていたものの正体は、カーテンレールにタオルを繋ぎ合わせて首を括った悟だった。つい昨日まで言葉を交わし、体温を感じていた悟は、全く喋らなくなり、冷たくなっていた。
結輝は、声を上げて号泣した。涙を流したのは、生まれて以来、久しかった。
…
声を枯らす程に散々泣き喚いた後、小さなテーブルの上に一切れの紙が置いてあるのに気づいた。
腫れた目でそれに目を通すと、その紙には悟の直筆の文字が書き残されてあった。
『ごめん。おれ、やっぱりむりだ』
「何だよ、それ……」
結輝は、ひらがなで書かれた置き手紙に目を通すと、静かな笑いが込み上げてきた。現実から目を逸らすように。




