第七十二話「VS.《トマホーク》」
謎の男は、懐から凶器を取り出した。それは、木製の長い柄と、刃の反対側に付いている布の様なもの、それに描かれている模様が特徴的だった。
「……何呑気に飯食うとんねん」
トマホーク使いの男は、見知らぬ男性の腕目掛けてそれを一振りした。
「!?」
男性は、皮一枚ギリギリで繋がっていたところを、あまりの激痛に、咄嗟に患部を抑えてしまったせいで腕が完全に取れてしまった。
ピシャッと霧吹きのように吹き出た血が、横の席の女性に掛かった。
男性は、切断された肩から血をポタポタ垂れ流しながら、声もあげずに小走りでその場から逃げ出した。
「───キャアアアアアアアッ!!!」
周りの人々や店主までもがパニックに陥り、次々に店から出ていった。
「よっしゃ。これで邪魔モンが消えてくれたわ」
「おい。目的がなんであれ……お前らは一般人にまで手を出すのか?」
「何か、一括りにされてますけど、あのカス共と一緒にせんといて欲しいですわ。俺にはちゃんと正当な理由がありますし」
「お前らのせいだ……」
悟は俯きながら男に言葉を投げつけた。
「は?」
「乱子と円香が行方不明になったの原因は、お前らだッ!!!」
「……あ〜うっさいわぁ。耳おかしなるでホンマ……」
男は怪訝そうな顔で耳の穴をほじった。
「……生憎だが、お前らが探している奴はここには居ないぞ」
「ん?……あぁ。工崎壊斗の事? あんな奴眼中にないっすわ」
「どういう事だ……?」
結輝は、男が何を言っているのか分からなかった。
「……はったりとでも思ってんのか? 壊斗がここに居ないのは嘘じゃないぞ」
「いやいや、アンタらで十分や」
「何言ってんだよお前……」
壊斗達の中でも、結輝の次に頭が切れる方の悟も、男の言葉の意味が理解できなかった。
「結構な額の賞金が、アンタらの首に掛かってるんすわ。俺、今すぐにでも金が必要で……悪く思わんでな」
男は、そう吐き捨てると一目散に結輝の元へ向かった。
「逃げよう!!」
悟は、男が持っている凄まじい威力の武器を警戒し、逃げるという選択をとった。
「ンな簡単に逃がさんって」
男は、机の上に置いてあったフォークを投げつけた。
「───クソッ」
結輝は、とっさに避けると、フォークは見事に地面に突き刺さった。
「そう来るなら、こっちも同じ手ぇ使ってやる」
悟は、男に皿を投げつけ、能力を発動しようとした。
「───やめろッ!!!」
結輝はすぐに悟を捕まえ、後ろに強く投げた事で、能力は不発に終わった。
「───痛てて……」
我に返った悟は、咄嗟に男の方を見た。男は、一心不乱にトマホークを振り回していた。
「なんや。来ぉへんのかい」
男はがっかりしたとでも言いたそうな顔をしていた。
「……もしあのまま突っ込んでいったら、アレをまともに食らってたんだぞ」
「あ、危なかった……ありがとう結輝」
悟は、ホッと胸を撫で下ろした。
───クソ……迂闊に近づけねぇな
作戦を考える結輝だったが、エメルが居ない以上、相打ち覚悟で二人同時に襲い掛かる作戦など、通用しない事が分かっていた。そんな簡単に済まない事を、自負していた。
「そっちから来ないなら、こっちから行くぞ〜」
男は、二人に考える暇すら与えず、次の手を打ってきた。
二人は、今出来る最善の策に徹した。それは、物を投げつける事だった。
「うっわ。卑怯やなぁ……」
男は、投げつけられるナイフやら皿やらを、椅子でガードした。
「ねぇ結輝……こんなチマチマした攻撃、ずっと続ける気なの?」
近くにあるものを投げながら、悟は尋ねる。
「でも、これしか方法が───」
「俺は……例え傷を負ったとしても……こいつを倒して、乱子達を探しに行きたい……!!」
その言葉で、結輝はハッとした。
「そうだ……そうだな。さっさとこんな奴ぶっ倒して、先に進もう」
「この状況で、ぶっ倒すって? 俺を? よう言いますわ」
男の声色が変わった。
いち早く動いた結輝。正面から突進した。男は、ガードする為に使っていた椅子を蹴り、それに気を取らせているうちに、一気に接近しようと試みた。
「甘ぇよ」
結輝はそれを見抜き、カウンター席に手をついて男を振り蹴った。
「あっぶな〜」
男は何とかそれを避ける事に成功し、反撃を繰り出した。
「───ッ!?」
すると、結輝の体は謎の力でグイッと悟の方へ引き寄せられた。
気がつくと、結輝は悟にお姫様抱っこされていた。
「お前……こんな事まで出来んのか」
結輝は、悟の能力の汎用性に驚いた。
「やろうと思ったら出来た……!」
「呑気にイチャついてんちゃうぞ」
男は再び二人を襲った。
結輝達は、後ろに一歩退いてトマホークの大振りをギリギリで躱し、前へ踏み込んだ結輝は男の顎を蹴り上げ、悟は男の体に触れた。
「ありがとうな。冷静になれたわ」
しかし、男はダメージを逃がすのが上手く、逆に感謝をしてきた。頭に昇っていた血が全身に回るのを感じながら。
「悟はその能力でアイツを倒す方法を考えてくれ。時間は俺が稼ぐ」
結輝は悟にそう声を掛け、男に立ち向かった。
「結輝!? 流石に危ないよッ!!」
「やっとマトモにやる気になったか」
男は嬉しそうにトマホークを振り回す。男の攻撃を避け続ける過程で、結輝はある事に気がついた。
───避けるのに精一杯で、反撃できないッ!?
…
その頃、悟は頭をフル回転させていた。
───どうしよ、どうしよどうしよッ!? 建物の壁と壁に触れて、能力を発動させて挟み込めば……いや、そしたら俺も結輝も巻き込まれちゃうし店主さんにも迷惑がかかるッ!! かと言って、一か八かで突っ込んだとしても、結輝の足を引っ張るかもしれないし……
そんな事を考え続けていた矢先。散々攻撃を避け続けてきた結輝だったが、とうとう刃がカスってしまった。
「クッ……!」
カスリとは言ったものの、結輝の胸はパックリと切れてしまった。
「お、やっとカスったか。チマチマ動かれて煩わしかったんや」
その光景を目の当たりにした悟は、目の色を変えて一心不乱に突進した。
「バカ……来るなッ!」
途中まで普通に走っていた悟は、急激に加速した。能力を使用したのだ。
悟は、男に掴みかかり、トマホークを無理やり奪い取ろうとした。
「……邪魔やなぁッ!」
至近距離、構図的に悟より男の方が有利だった。男は、悟に頭突きを食らわせた。
頭突きを食らった悟は、鼻や口元などの急所を上手くズラしたものの、相当効いたのか視界がクラつき、地面に倒れた。
「良くやった悟ッ」
結輝は、男にブラジリアンキックを的中させた。
だが、男はそれを左手で受け止めた。
「……あかん。左手がおしゃかになった」
男は、折れた左手をプラプラと見せつけた。
結輝はその光景を目の当たりにし、追撃を躊躇った。結輝は、男から一旦距離をとる事にした。
当たりどころが悪かったのか、悟はなかなか起き上がる事ができない。その間、結輝の体の傷が増えていくばかりで、次第に動くスピードが落ちていった。
「体の損傷に伴い、体力も消耗する。少し考えれば分かるでしょうに」
結輝は、何度も反撃を試みた。しかし、結輝ののろい動きは手玉に取るように読まれていた。
「君の動き、単調なんですわぁ。予備動作が見えれば、躱すことなど造作もない」
…
悟は、自分の無力感と絶望感に打ちのめされていた。悟の意識は、自分の意志とは真逆の、ただただ深い闇に落ちてゆく。その体感時間が、永遠だとすら錯覚するほどに。
悟の飢えた獣の如し目には、暗闇の中に、一筋の希望の光が見えていた。その光に手を伸ばした瞬間、脳内に一気に記憶が埋め込まれた。
…
「アンタ、疲れてきとるなぁ」
男は、膝に手を付き、呼吸をするという当たり前の事にさえ必死になっている結輝に、そう声を掛けた。
「ほな、お疲れさん」
男は、トマホークを自身の背中から前へ思い切り振りかぶった。
結輝は死を覚悟した。死に直面した瞬間、余計な事は何も考えられず、声も出せない。結輝の出来る事は、尻もちをつき、手を後ろについてただ死を待つ事だけであった。
トマホークの刃が結輝に当たる寸前、結輝の体は悟の方へ引き寄せられた。
「───さ……とる?」
結輝は重い目を開け、悟の方を見た。
「立てよ結輝。さっきのもう一回やるぞ」
悟は鼻血を親指で拭い、結輝にそう宣言した。
「何遍やっても同じですぅ。君らはただ死ぬだけや」
男はそう豪語し、トマホークを前に構えた。
次の瞬間、男は何が起きたか理解出来ないまま机と椅子をなぎ倒し、厨房に体を打ち付けた。悟によるものだった。
落雷の如き速さで男の腹部目掛け飛んでゆき、腹に頭突きを食らわせたのだ。
「───ッ!?」
あまりの出来事に、思わずトマホークを離してしまった男は、あばら骨が肺に突き刺さる感覚を味わっていた。
「マジでカッケェよ悟」
再び悟の元に引き寄せられた結輝は、渾身のかかと落としを男の頭上に食らわせた。
その稲妻の如き衝撃は、男の身体全体に響き、男が再び立ち上がる事はなかった。




