第六十四話「ドライブ」
壊斗たちが服選びに没頭している間、ある男は凍える程の寒さを身に染みて体感していた。
「せめて傘、持ってくるべきだったな……」
レオは、白い息と一緒にそう呟いた。
現在のレオの格好は、少し厚めでダークブラウン色のダッフルコートと、ポンポン付きのニット帽だけ。寒がりなレオは、急な話だったとは言え、そんな格好で極寒の国『イーシア』に来てしまったことを深く後悔していた。
「───そろそろ時間だな」
レオが遠方との約束の時間を気にし、腕時計に目をやったその時、何者かが背後からナイフで襲い掛かってきた。レオは、即座に殺気を感じ取り、紙一重のタイミングで首を曲げて回避した。
「……誰だ」
「お前が、上位四讃會の首領だな? それと、武術部隊ナンバー2。だったっけか?」
「それがどうした」
「じゃあ……サービスだ。俺も腕には自信がある。正々堂々拳で殴り殺してやるよ」
男は舐めた態度でナイフと着ていたアウターを地面に捨て、レオに近づきジャブを放った。
「……!?」
レオは、男がジャブを打つ時に一瞬だけ伸ばした腕に手を乗せて、空中て前回りを途中で静止させた体制で、反対の手でニット帽を抑えながら全体重を乗せた踵落としを男の頭上に食らわせた。
「───ッ!?」
男は、何が起きたかも分からずに思い切り顔面から雪にダイブさせられた。
後頭部がカチ割れたからか、頭が埋もれた雪にはじわじわと血が滲んできた。
「何だったんだ、一体……」
頭を蹴った事によって、靴に付いたであろう皮脂を雪で拭っていると、レオと一番親密な関係にあったチャーリーからの着信があった。
「アイツ……しょうがねぇ奴だな」
と言いつつも、レオは少し嬉しそうに着信に応えた。
「よ、チャーリー」
『……レオ……か……? 良かった……いや、すまねぇ……』
開口一番に、チャーリーは、荒い呼吸と震えた声色でそんな事を言い出した。
「何だ、どうしたんだ……!?」
レオは、何かあったのではと勘ぐった。
『俺……手足がもう……今も出血が……だから、仕方なかったんだ……』
「お、おい! 何があった!? 説明しろッ!!」
携帯越しに、覚悟が決まったらかのような、何かを強く噛み締める音が聞こえた。
『最期の言葉だ兄弟ッ! 気をつけろッ! ムショから出たての六人の凶悪犯がお前を殺す為にイーシアに向かったッ! いやッ! もう着いてるかも知んねぇッ!!』
『テメェ、何余計な事口走ってやがる』
電話越しに別の男の声が聞こえ、レオは動悸が激しくなった。
「な、何言ってんだ。お前は今何処に───」
『エマルカには帰ってくるなッ!! ゲボォッ!!!』
それからは、水っぽい音と、噴水のような音だけが数秒間聞こえた。
それから直ぐに、さっきうっすらと聞こえてきた男の声がはっきりと聞こえてきた。
『お電話変わりましたァ』
それは、レオを嘲笑うかのような声だった。
『お前が出たって事は、アイツは殺られたんだな。ったく。使えねぇ奴だ』
その声は、最初から期待してなかったかのように軽く息を吐いた。
「誰だよテメェは……」
『俺が誰か気にしてる暇があるなら、チャーリーを弔ってやるんだな』
「!?」
『ま、そんな事ァ置いといて、本題に入らせてもらう』
男は有無を言わさずにベラベラと話続けた。
『お前はよ……仲間が大怪我し、死にかけ、死んだ奴も居る中……呑気に何してんだ? 俺たちが命を懸けてガーネットを探してる中、オメェ自身は何か行動を起こして見せたか? 何もしてねぇじゃねぇかよ。今だって死ぬ思いをしてる奴も居るだろうにな?』
「ジェイク……お前、覚悟しとけよ。楽には死なせねぇ」
『へぇ? 気づいてたのか。耳だけは良いなオメェはよォ』
「大体、何でテメェがンな事知ってんだ……仲間内で連絡を取り合うのは禁止なはずだったろ」
『そんな事どうでも良いんだよッ!! ……俺らはお前を許さねぇ。仮にここで逃れても、絶対殺しに行ってやっから。待ってろや』
ジェイクと呼ばれた男は、そう口汚く吐き捨て、通話を切った。
「───おい、嘘だろ」
吹雪の向こうから、それぞれ別々の武器を所持した悪人面の男達が六人、こっちに向かって歩いてきていた。
「久々(ひっさびさ)に人殴れんのか〜。クゥ〜! 想像しただけで出ちまいそうッ!!」
【グルテック刑務所 暴れ馬『サミュエル・バードリー』】
「出すのは後にしとけ。汚ぇんだよ」
【グルテック刑務所 御守役『ハン・ジンファ』】
「全く……折角用意してもらったモン捨ててまで、自前のメリケンが使いてぇのかサミュエル? 足引っ張んねぇなら何でも良いけど」
【グルテック刑務所 仲介役『宮崎貴音』】
「てかこの武器重すぎ。交換しようよパヴェル」
【グルテック刑務所 怠け者『ガブリエル・オリヴィエラ』】
「うっせぇぞガビ。大人しく渡されたもん使え」
【グルテック刑務所 堅物『パヴェル・メドヴェージェフ』】
「お前ら……ここは黙って堂々と登場するとこだろ」
【グルテック刑務所 まとめ役『李丽』】
「クズがウジャウジャと…」
レオは、怒りの矛先を携帯にぶつけ、バキバキに握り潰した。
…
「結輝お前服買いすぎだろ!」
「それは勘弁してくれ。俺の唯一の楽しみなんだ」
車内では、服を買い終わった壊斗と結輝の掛け合いが繰り広げられていた。
「でも流石に買いすぎたね……」
「ここァ広ぇから余裕だろ」
衝動買いしてしまった悟に、トパーズが車内を見渡して口を挟んだ。
「円香も、体調悪いのに無理して付き合わせてごめんな」
「うん、さっきまでちょっとしんどかったけど、皆が気を使ってくれたお陰で少し楽になったよ。ありがと」
「ランコもよォ、見かけによらず結構優しいとこあんだな」
「確かに。服選ばせたらすぐ車まで連れてってあげてたしね」
急にトパーズと悟に褒められ、小っ恥ずかしくなったのか、近くにいた悟の頭を叩いた。
「恥ずいこと言うんじゃねぇよッ」
「痛ァ(いった)〜!」
その仲睦まじい光景に、車内に笑いが起こった。悟は少し嬉しそうにしていた。
「にしても、車って凄いよね〜 こんな速く移動できるなんて」
「もうあの頃には戻れないね……」
悟と円香は、窓を全開にして外を眺めながらそう言った。
「……? どうしたの? 昌幸」
何かモジモジしている昌幸に、円香の方から声を掛けた。
「円香、ほんとに大丈夫……? 気分は良くなった……?」
昌幸は、まだ完全に元気になった訳ではなかったが、人を気にかける事は出来るようになった。
「うん、心配しないでいいよ」
円香はこれ以上気を使わせないよう、優しく微笑んだ。
「よかったぁ」
昌幸は、ほっと胸を撫で下ろした。
「そういう昌幸はどうなんだ?」
壊斗は心配そうに昌幸に声を掛ける。
「僕? ……僕はもう大丈夫。凄く痛くて、怖かったけど……覚悟はして来てるつもりだから」
そう拳を握り締める昌幸を見て、壊斗は自分より逞しく見えた。
「……偉いな」
父性本能をくすぐられた壊斗は、昌幸の頭を優しく撫でた。
「───どうした?」
壊斗は、エメルの視線を感じ、そっと声を掛けた。
「ううんッ! ……何でもない」
エメルは、壊斗から目を逸らすように、外の方へ向いた。
「もうすぐ住宅街に出るはずだ」
暫く運転を続けていた結輝が、皆にそう伝えると、軽く深呼吸をした。
「おお、やっとか!」
「今度こそ見つかると良いな」
結輝の言葉に嬉しそうに返答したトパーズに、壊斗は優しく声を掛けた。
「皆、住宅街に入ったら、周りを注意深く見てくれ。いつも以上に早いから、見逃さないようにね」
そう忠告した壊斗に、皆は声を揃えて返事をした。
…
「チャーリーが殺された場所は」
レオは、最後の一人をチャーリーと同じ目に合わせ、その後に尋問をしていた。
「知らねぇよそんなのッ!!」
サミュエルは涙を流しながら大声で答えた。
「そうか……テメェらはジェイクに雇われたのか」
「あぁ……そうだ! 俺たちはただ依頼をこなしに来ただけなんだよッ!」
「あっそ。じゃあ最後。せっかくむさ苦しい刑務所から出たばっかで、こんな事。何で引き受けた」
「ほ、報酬が良かったらからだ……俺たちは……やっとの思いでシャバに出てッ!! 皆希望に溢れてた! だけどッ!! 現実は違った……俺たちは全てを失っていたんだ。金もなけりゃ行くあてもなかった。それで……」
「アイツがそんな金持ってるはずねぇのに……」
レオは目を閉じ、髪を掻き分けると、一呼吸置いて、用済みだと言わんばかりに利き足を頭上の高さまで上げた。
「待ってくれッ! 頼む! これだけ答えたんだッ! 見逃してくれ! いや───」
サミュエルは重そうに口を開いた。
「た……頼みますッ! 命だけはァ!!」
レオは、バツが悪そうに上げた足を下ろした。
刑務所内随一のプライドの高さで有名なサミュエルは、滑稽な程に汚い悔し涙を流しながら命乞いをした。
「集団リンチ仕掛けて来る様なゴミが、一丁前に命乞いか。そんな事しても無駄な事くらいわかるだろうが」
それはもう。怒りを通り越して、哀れみに近かった。
「い……嫌だァ!! 助けてェ!!!」
「……これは、お前らの選択が齎した結果だ。お前らは、ただ間違った選択をしただけだ」
泣き叫ぶサミュエルを気にもとめず、再び上げた右足に、色んな感情をつぎ込み、それを思い切り振り下ろしてサミュエルを踏み潰した。
その瞬間、サミュエルは静かになったが、念の為に宮崎に刺さっていたナイフをサミュエルの心臓に突き刺した。
「これから、誰を信用すれば良いんだ」
レオは、スザンの作った上位讃會を懐かしみ、寂しそうにそう呟いた。
出所チームにもストーリーがあったはずです。それが書けなくて残念な気分。




