第六十話「恐怖」
茶髪の男は、着地の際に黄土色のコートに付着した砂埃に気づくと、慌てて払い落とした。
「うわ…お気にだったのに…」
そう言って悲しげな顔をした。
「…あ、やっぱお前だったかぁ。ガーネットは」
男は、風圧でめくれた壊斗のフード下の髪色を確認し、そう確信した。
「オレたちの後ろ隠れてろッ!」
トパーズの言葉で、咄嗟に戦闘能力の無い昌幸、円香、結輝、乱子を後ろに追いやり、壊斗、トパーズ、悟が前線に立ち、その狭間にエメルを置くという陣形が出来上がった。
「へぇ。普通、ソイツを後ろに隠すと思うんだけど」
男は壊斗を指差して二ヘラっと笑った。
「Fuck! My car! What the fuck are you doing!(くそっ! 俺の車が! 何してやがるんだ!)」
破壊された車の持ち主が、頭に血を昇らせながら男の方へズカズカと歩いてきた。
「Hey, you! Get away from him! Watch out!(おい! アンタ! ソイツに近寄るな! 危ないぞ!)」
結輝は車の持ち主の身を危惧し、そう声をかけた。
「...I don't give a shit!(…知った事かッ!)」
その忠告も意味をなさず、車の持ち主は歩みを止めなかった。
「───うっせぇな…」
男は、目を細めて車の持ち主へ一瞬向けた目線を外し、お前に興味が無いと態度で示した。
「You motherfucker…I'm gonna kill you(この野郎…ぶち殺してやる)」
そう言ってナイフを取り出し、男の胸に突き刺した。
「…知ってるか? ある男の話だが、確実に胸を刺された筈が、内蔵に傷一つ無く生還したって話があんだぜ」
「Huh?(は?)」
男は、自分の胸に突き刺さったナイフをゆっくりと引き抜いた。
「ほら、血が出ない。面白いよな」
そう言ってニコッと笑った。
「What the hell is this guy...!?(何なんだコイツは…!?)」
車の持ち主は、顔を引き攣らせた。
「…タクサシ州感電死事件」
男がそう呟いた途端、車の持ち主は一瞬にして黒焦げになって地面に倒れた。
そう、男は胸を刺される前にも、さっきと同じように何かをボソッと呟いていたのだ。
「い、今のうちに…」
こっそりとそう呟き、壊斗たちは少しづつ男から距離をとってゆく。
「…は? 何言ってんの? 逃がすわけないでしょ」
男がその後、何かをボソボソと言った直後、壊斗たちの元にそよ風が吹いた。
「ちっ…少しズレたか…」
男は悔しそうに舌打ちをした。
「───ぼ、僕の手がァッ!!!」
昌幸は、切り落とされた手首の断面を見て、パニックに陥った。
「クソッ…!」
結輝は、切断された昌幸の手を空中で拾い、すぐに男から距離を取った。
皆が戦く中、トパーズが先頭に立った。
「《弾む盾》…テメェの訳の分からねぇ攻撃…全部跳ね返してやる…」
《黄盾》の中からアタッシュケースを取り出し、後ろに投げ、トパーズは盾を構えた。
「ダンプカー衝突事故」
その一言で、トパーズの盾は一瞬にして破壊された。
「は…?」
状況が理解出来ず、慌てふためくトパーズを尻目に、男はどんどん近づいてくる。
皆は急いで転倒しているトラックの後ろに隠れた。
「おい、こんなとこに隠れたら危ないだろ!? 車が爆発したら、隠れてる俺たちも木っ端微塵だぞ!?」
エンジンを攻撃されれば、壊斗たちを巻き込む形で車は爆発する。それを危惧した壊斗は声を荒らげた。
「…いや、向こうは何もしてこないみたいだよ」
頭を少し出して敵を確認した悟がそう答えた。
「出てこいよガーネット…そんなとこに隠れてないでさ」
男は気だるそうに壊斗を煽った。
「…出来れば標的だけをって考えてたけど、もういっか」
返答が無かった為、男は諦めたようにそう言った。
直後、ふわりとした風を背中に感じ、瞬時にその場から離れるよう結輝が大声で言った。
その僅か数秒後、身を潜めていたトラックが大爆発を起こした。爆風で壊斗たちの体は後ろへ飛ばされた。
だが、位置が悪かった昌幸だけが前に押し出されてしまった。
「───昌幸がッ!」
「…自ら人質を送ってくるか。それとも身代わり?」
「う、うわァアアアアアアアアアアッ!!!」
昌幸は、死に物狂いで男から逃げた。腰が抜けてしまったから、腕だけで這い蹲るように。
壊斗は、すぐ助けに行こうと判断したが、自分の能力で昌幸ごと吹き飛ばしてしまうのではないかと危惧し、助け方を変えた。
「───こっちに来いやッ!! 俺が狙いなんだろうがッ!?」
「…こっちに来るのはテメェだ」
男はそう言うと、昌幸の方へ目線を向けた。
「アルカナパークバラバラ殺人」
直後、何とか立ち上がることが出来た昌幸の背中に、さっきよりも強めの風が吹いた。
「───マサユキッ!!」
そう声を上げて、がむしゃらに駆け出した。
「トパーズッ!?」
だが、何故かトパーズは、昌幸とは別の方向に走った。
「アイツ…!」
そう言って結輝も走り出した。ただ、どちらも昌幸には皆目間に合いそうに無い。絶望しかない様に思えたが、その直後、昌幸の元に"何か"が放り込まれた。
それは、昌幸の目の前で、瞬く間にバラバラになった。
「…ギリギリセーフ」
そう、たまたま居合わせた通行人を、トパーズが昌幸の元へ投げ込んだのだ。
「クソッ! 何しやがる!」
男は悔しそうに頭を抱えた。
「そのまま走れェェェェェッ!!!」
昌幸はその言葉通り死ぬ気で走った。トパーズと結輝も壊斗たちの元に戻ってきた。
「お前らも今のうちにッ!」
壊斗はついでにエメルや乱子たちも逃がすことにした。
「で、でも…」
「分かった。…逃げるぞ!」
「はぁ…はぁ…お、おいちょっと───」
エメルと結輝は何か言いたげだったが、両方とも乱子が引っ張って行った。
「…足でまといを逃がしたのか。意外と頭が働くんだな。こんな状況で」
不貞腐れたように男は頭をポリポリと掻いた。
「生憎様でな」
トパーズがニヤつきながらそう返した。
「ん、そう言えば…さっき前線に居た奴が一人、居なくなってる気が…」
そう言って男は逃げた奴らの方を見た。
「───馬ァァァ鹿ッ!!」
悟は歯を食いしばり、男付近の赤い車の影から姿を現し、男の股下にスライディングし、太ももに触れながら潜り抜けた。
「何のつもり───」
「バァンッ!!!」
その掛け声と共に赤い車が凄まじい速さで男の方へ飛んで来た。その速さ故、避ける事など出来ず、男は押し潰されてしまった。




