第五十九話「隕石」
vaundyと藤井風とキタニタツヤが居れば生きていける。
昨日まで使用が休止されていた大浴場が、翌日の朝から使えるようになるという事を知らされていた壊斗は、朝イチの湯に浸かる為、トパーズに気を遣いながらそっと部屋を出た。目的地へ向かう途中、反対方向から歩いて来たメガネを掛けた男と鉢合った。
「…まだ女風呂の時間でしたよ」
「あ、そうなんすね。ありがとうございます」
───マジか…じゃあ、今回はもう湯に浸かれなさそうだ
部屋のシャワー室にはシャワーしか無かった為、毎回風呂に浸かる壊斗は、物足りなさを感じていた。
壊斗は、ゆっくり湯に浸かる時間が無い事を理解し、とぼとぼと部屋に戻り、備え付けの歯ブラシで歯を磨き始めた。
…
「…おはよ」
眠そうに目を擦りながら、仲間たちが次々とエントランスに集まってきた。
「よし…揃ったか。じゃあ行こっか」
「そういえばさ、エマルカはどうやって見て回るの?」
「う~ん。芹沢さんの話を聞く限り、"渦巻き状"に見て回るしかないね」
…
───遡る事、二日ほど前。
『エマルカには国が幾つもある事は知っているな?』
芹沢がそう話を切り出す。
『え…? そんなんですか?』
『…幾らジャーバルから出た事が無いとしても、その位は知っておけよ…常識だぞ?』
『すいません』
壊斗は照れるように笑って見せた。
『ジャーバルにもブラウン管テレビや新聞があるんだから…』
芹沢は、壊斗たちのあまりのモノの知らなさに、すっかり呆れてしまっていた。
『で、国が幾つもあるって…どういうこった?』
『…この事を最初から話すとなると、少し時間が掛かるが…』
芹沢は、壊斗たちがこの話に興味があるのかを確認した。
『構いません』
端からこの話に興味のない者は、興味の無い態度を取ってい為、結輝はそう答えた。…寝転がっているのは乱子だけだが。
『まず、エマルカってのは、一大陸の総称に過ぎない。いや、今の言い方だと多少語弊がある』
自身の発言を直ぐに訂正し、話を続けた。
『エマルカ大陸の名前は、国としてのエマルカに由来している』
『…じゃあやっぱり、エマルカって名前の国はあるって事ですね』
『そうなんだが、…その辺の話は少し複雑でな』
『複雑…と言うと?』
相槌をいれるように昌幸が尋ねた。
『昔話だ。ほんの数十年前、まだ大陸全体が激戦地だった頃───』
『今でこそ国として統率されているが、当時は、同士の集まりに過ぎなかった。同じ肌の色、同じ言語といった些細な繋がりから、次第に集団になっていったんだ。当然、それぞれの集いが独自の文化や言語を持っており、それらを広める為、日々争いが絶えなかった』
『ある日、それが無駄なことだと声明を上げたのが、後に初代エマルカ代表まで上り詰めた、ジョフ・ローリングだった』
『彼の演説は素晴らしく、自国で瞬く間に支持者を増やしていった』
『そんな彼が初めに唱えたことは、"争いの休戦と、代表制度の導入"だった』
『休戦? そんなこと、まかり通る訳…』
『…トパーズの言う通り、その当時、戦争を冒涜する発言をした者は、殺されて当然の世の中だった。しかし勇気ある彼は、それに屈しず、声を大にして声明を唱え続けた』
『そうしていく内に、エマルカの中で、彼を支持する者が増加した』
『…そして、他の集いの中にも、彼の言葉に耳を傾ける者が次第に増えていき、他国民の間でも賛成多数で遂に、正式に代表制度が導入された。これが代表制度の始まりとも言える』
『りんご食っていいか?』
『代表制度って何ですか?』
供えてあったりんごを勝手に取ったトパーズからりんごを奪え返し、それを芹沢に手渡しながら壊斗は尋ねた。
『各集いの中から、一人の代表を選出し、代表同士での話し合いの場を設けるという制度だ』
『世界で唯一、万国で意見が交わされる場だ』
結輝が合いの手を入れた。
『この制度のおかげで、無駄な争いを未然に防ぐ事が出来たのでは無いかと俺は思う』
『で、まだ肝心のエマルカ大陸が生まれた経緯が聞けてねぇぜ?』
『それも順を追って話す』
ここでひと休憩しようと芹沢は提案した。壊斗たちは、それに賛成し一息おいた。
『…じゃあ、話を再開させようか』
『───話し合いが行われていく内に、代表たちの間で、"どの集いを主軸に話を展開させていくか"という話が出た』
『え? 言い出しっぺのジョフさんじゃ無いんですか?』
『他の代表からしてみれば、そんな事、納得がいかないだろう。同じ立場のくせにってな』
『そして、議論を重ね合い、全ての国の民からなる投票によって決める。という結論に落ち着いた。…その頃にはもう、集いでは無く、国という呼称に変わっていたらしい』
『んで、エマルカが勝ったと』
『…それは芹沢さんに言わせてやれよ』
壊斗は、早く話を終わらせたいトパーズに耳打ちした。
『そうだ。投票の結果、エマルカが選ばれた。何故エマルカが選ばれたのか。その大きな要因は、世界規模で見ても、技術の進歩が著しかったからだろう』
『それで、その結果に他の国の代表は納得したんですか?』
『…他でもない自国民の意見だ。納得せざるを得ないだろ? 納得のいかない』
『だから、エマルカ大陸の中心、代表の中の代表は、エマルカのジョフに決まったんだ』
『それで平和になったって感じっすね』
『いや…最近は少々拗れつつあるけどな』
…
───そして現在。
「そんな話してたっけ?」
「乱子はあの話、ちゃんと聞いて無かったろ?」
結輝の肩に顎を乗せた乱子の頭を、優しく撫でながら結輝はそう言う。
「言っちゃ悪ぃがアイツ…話長ぇよな。オレァ話が長ぇ奴嫌いだ」
「職業病ってやつかな?」
「てゆーか、ジャーバルの話が出てこなかったのは何でなんだろう」
「"その頃は鎖国してた"って言ってたじゃん」
「あんまし覚えてねぇんだけど、結局渦巻きとかの話はどこから出てきたんだっけか?」
「"エマルカ大陸の中央に位置するエマルカ"から、渦巻き状に回っていけば、いずれ全ての国に辿り着くって事だろ?」
そう。実際に、エマルカがエマルカ大陸の中央に位置されていた。空港があるのもエマルカのみ。だから、どちらにせよエマルカに降り立たなくてはならないし、そこから効率よく見て回るには、渦巻き状が良いという事だった。
「うへぇ。時間かかりそッ」
「広さだけなら、ジャーバルと対して変わりゃしねぇだろ」
「そうだけど…」
「じゃあ早速、必要な物を買いに───」
「…下がれッ!!!」
トパーズは仲間たちを無理やり後ろへ追いやった。
すると、次の瞬間、轟音と共に何かが隕石かの如く地面に降り立った。それは、道路を走行している車を巻き込み、砂煙と共に絶大な被害を生んだ。
「…《奇跡の生還》でギリ死なずに着地成功っと」
壊斗たちのすぐ側で、砂煙から徐々に顕になった彼の姿は、黄土色のロングコートと、その下に着ている大きめの白シャツが良く似合った好青年だった。
しかし、足元に目をやると、見るに堪えない程グチャグチャになっていた。その代わり、股関節から上は何の外傷も負っていなかった。
「そんで…この深手も《奇跡の超回復》で完治」
片手に収まる茶色の本を開きながらそう唱えると、さっきまで原型を留めていなかった両足が、あっという間に元通りになっていた。
「…何モンだテメェ」
「あぁ、この辺りに"ガーネット"が居るって情報を頼りにやって来た、上位四讃會、能術部隊のナンバー2ですぅ」
少し明るめの茶髪の似合う爽やかな男は、着地の際に舞った砂埃がウェーブセンターパートの髪の毛に付着した気がして、撫でるように払いながら馬鹿にする様に微笑んだ。




