第三十八話「惚れさせ屋」
お待たせしました。お待たせしすぎたかも知れません。
みすぼらしい格好に合うガリガリにやせ細った男は、しわくちゃになったチラシを握りしめ、お目当ての場所のドアを叩いた。
「…合言葉」
数秒の間が空いた後、中からそう返事が聞こえた。
「ふ…フレンチフライ…」
気だるそうにため息を吐きながら、金髪の男はドアをゆっくりと開けた。
「……どうぞ」
扉を開け姿を現した男は、清潔感こそあるが、シンプルでラフな格好をしていた。だがしかし、それがお洒落に見えるのだから、相当顔が良いのだろう。金髪の男は緑色の瞳を窄め、眠たげに目を擦った。
結輝は先にソファに腰掛け、「どうぞ」と椅子を差し出した。
「あ、貴方が例の"惚れさせ屋"ですか…?」
「はぁ……はい。如何にも。…で、早速ですが、誰からの紹介ですか?」
【〈惚れさせ屋〉『神崎結輝』】
「お…僕の知人の……北見って人から、ここを教えて貰いました…」
「北見……風雅さんか…」
結輝は、全くあの人は。と言わんばかりにバツが悪そうな顔をしたが、すぐさま表情を営業スマイルに切り替え、紅茶を一杯だけ用意し、男に差し出した。
「随分と親しげに呼んでますけど、知り合いなんですか?」
「はい、一応。もう五年近く会ってませんけどね。で、今日はどういったご依頼で?」
結輝はそう答えた後、話題を戻した。
「実は…」
ヒョロガリ男は、か細い声で自身の過去を話し始めた。
「俺には好きな女が居たんです… ソイツは八百屋で働いていて。いや、正確には時々両親の仕事を手伝っていてたみたいで、俺がいつもそこで買い物をすると笑顔で接客してくれたんです…」
「それで?」
結輝は頬杖をつき髪の毛を弄りだしながらそう尋ねた。男はもじもじしながら話を続ける。
「…つい先週の話です。玉ねぎが切れていた事に気がつき、またそこへ買いに行ったんです。そしたら、その子が…! 知らない男と気さくに話して…そして……あろう事か! その場で…! キス! キスをし始めたんですよ!?」
「…あそう。それは良くないですね。接客中に」
「そういう問題じゃないですよッ!」
声を荒らげてテーブルを叩く男の顔を、結輝はキョトンとした表情で見つめた。
「それ以外に何か問題でも?」
「───ッ問題しかないですよッ!! あの女…ッ! 人に色目使っておきながら他に男が居たなんて…ッ」
結輝は男の態度を見て、ため息を吐きながら話を続けた。
「あのですね…? 貴方の話を聞く限り、貴方とその女性との関係性はただの店番と客、売買関係以外に接点もなければ、その女性にはキスをする位の相手まで居るんですよ? 分かってますか…? 色々と」
結輝はその一言にいくつかの意味を込めた。
「だからここを尋ねて来たんです…! アンタなら、不可能を可能に出来るから…だから惚れさせ屋なんてやってんだろ!?」
結輝は再びため息を吐きながら頭を抑えてこう言った。
「で、その男性と女性を別れさせ、僕に貴方とその女性の仲を取り持って欲しいと?」
「…いいえッ! 俺は売女には興味ありません…ッ」
金髪の男はムッと顔を顰めた。
「じゃあここに何をしに来たんです? それとさっきから貴方の態度…気に食いませんね」
「え…何だって?…」
「貴方がその女性に"売女"と言った事ですよ。それだけじゃありませんが」
ここまで言ってもキョトンとする男にむかっ腹が立ち、結輝は机を蹴り壊した。
「アンタ…さっきから思ってたけど、女性を自分より格下かなんかだと思ってるでしょ?」
「いや…まぁ…男の方が何かと優れているとは思いますけどね…」
その男の発言を皮切りに、暫く沈黙が続いた。
「…帰れ。何でお前の様な奴が風雅さんの紹介を受けれたんだ? …いや、あの人の事だ。最初からそのつもりで…」
「か、金ならある! ほら! 百万だ!」
懐から札束を取り出し、崩れた机だったものの上に置いた。その衝撃で辺りに粉が散らばった。
「…桁が一つ足りないんじゃないですか?」
「……ッ」
男は、結輝に聞こえないように小さく舌を鳴らした。
「何か?」
だが結輝に聞こえてしまったようだ。男は札束を拾い上げ、再び懐にしまった。
「何モタついてんだ? 早く出てけよ」
男の呼吸が徐々に荒くなっていった。
「最後に一応言っておくけど、今後その女性には近づくなよ? お前みたいな奴が近くにいちゃ幸せになるもんもなれなくなっちまうだろ。あ、いっその事"天文街"(てんもんがい)にでも引っ越したらどうだ? アンタにはそっちの方がお似合いだぜ?」
「く、クソッタレが! さっきから黙ってりゃふざけたこと抜かしやがってッ!!!」
男は怒りを堪えきれずに反対側の懐から出刃包丁を取り出した。
「少し顔が良いからって図に乗るなよなッ!!」
男は酷く感情的になった。結輝は怯えることもせず、スッと立ち上がった。
「…武器持ち相手には…確か…迂闊に近寄らない」
結輝は隙の少ない蹴りで相手を間合いに近づけさせないようにした。
男は結輝の蹴りのせいでロクに近づけず、たじろいだ。が、決心したのか、男が雄叫びを上げながら結輝に襲いかかろうとした時。
「…と見せかけ接近し」
結輝は間合いを詰め、思いもしない出来事に男は仰け反った。
「腕を掴みあげ、後ろに押し倒す」
男は両手に包丁を持っていた為、腕を捕まれ、そのまま後ろに倒されてしまった。
「そして、包丁を奪い取る」
結輝は一瞬力が緩んだ所を逃さず、包丁を男の手から奪い取った。
「アンタみたいに武器を使い慣れてない奴から奪い取る事なんて、造作もない」
結輝は包丁をヒラヒラと振った。
「あ、普通にアンタの手ぇ狙って蹴り落とせば良かったのか」
結輝は包丁の持ち方を逆刃持ちに変えた。そして、男の頭上に包丁を突き刺した。
結輝はスクッと起き上がり、床に突き刺さった包丁を蹴り折った。
「早く消えろ」
結輝はそう言って男を睨みつけると、男はしっぽをまいて逃げ出した。床に散らばった百万を拾う事さえせずに。
「あ〜。何だったんださっきのは」
結輝はポリポリと頭を掻いた。
「…もうこんな商売やってけないな。新しい店も開こうかな」
結輝はまた独り言を喋った。
「…見つけた。結輝くん」
男が飛び出した扉の向こうから、聞き馴染みのある女の声がし、結輝は咄嗟に必要最低限なものを持ち、窓をかち割り逃走した。
普通はかんざきと読みますが、結輝の場合はかみさきです。
あ、あともうお気づきの方が居るかもしれませんが、タイトルを変更致しました。まぁ変更ってよりも後ろの方をごっそり削って短くしただけなんだけどね




