第三十六話「生死の境」
「エメルッ!!!」
壊斗はそう叫び、涙を浮かべながらトパーズの方を見た。
「酷い……」
壊斗は口元に手を当て、呼吸を確かめた。
───息をしてない
壊斗は体中から冷や汗が吹き出した。
遅れてエメル達が到着した。
『う…』
三人はトパーズのあられもない姿を前に、円香は口を覆い、昌幸は目を背けた。
エメルは両手をトパーズの体に押し当て、急いでトパーズの治癒を開始した。
「───ッ! 能力者…!? こんなに何人も…」
悟はまるで化け物でも見るかのように尻もちをついて軽く後退りをした。
いつもならば数秒も経たずに治癒を完了させるエメルが、今回ばかりは数十秒もの時間がかかっていた。
出血も止まり、歯も元通りになり、殆ど元に戻ったものの、トパーズは目を覚まさなかった。治癒直後という事もあるが、理由はそれだけじゃない。血が、足りないのだ。見た目こそ元通りではあるが、エメルの能力では体の外に撒き散らした血液は元に戻らない。血液に触れた状態で能力を発動すれば体内に戻せるかもしれないけれど、血液はとっくのとうに地面に染み込んでしまっていた。
それと───
「左腕が…治らないぞ!?」
トパーズの左腕だけが、元には戻らなかった。
それもそうだ。跡形も無く弾け飛んだのだ。もう元には戻らない。
「あ…腕なら……」
昌幸は小走りで"何か"を拾ってきた。
「これ……恐らくトパーズさんの物では無いでしょうけど…」
その正体はトパーズとは肌の色が少し違う"腕"であった。肩付近には血に濡れた布地が引っ付いている。
昌幸はその腕を壊斗に差し出した。
「エメル…頼む…」
壊斗は今にも泣き出しそうな顔で懇願した。
「…うん」
エメルは腕をトパーズの左肩付近に置いて能力を使った。断面は別であったが少しづつ、徐々に馴染んで行き、完璧に繋ぎ合わせることに成功した。
…依然、トパーズが目を開ける事は無かった。
「…ふぅ」
エメルは一息ついた。
エメルの能力自体に使用制限等は無いが、能力の使用時には相当な集中力が必要だ。続けて使い続ければ、いずれ集中力が切れてしまう。ある意味タイムリミットがあると言えるだろう。
「何で…目を覚まさないんだよ…トパーズ…ッ」
壊斗はボロボロと涙を流した。
「血が……足りないのかも知れません」
「えぇ…?」
壊斗は俯いていた顔を上げ、円香を見た。
「あの状態でした。相当血が流れたのでしょう…」
円香は「エメル」と声を掛け、話を続けた。
「貴方の"能力"? とやらは血を作り出せないのですか?」
「…さっきも教えた通り、私の能力は傷ついた人を治してあげたり物を元に戻したりする事しか…」
「"やって"みましたか?」
円香はエメルを見つめた。
「エメルは能力について最初から知っていた訳ではないのでしょう?」
エメルは少しだけ過去の話を始めた。
「私が生まれるずっと前。神様に会ったの」
今まで黙りこくっていた悟が反応を見せた。
「それ、本当?」
悟は話を遮るようにエメルに話しかけた。
「う、うん…」
「続けてください」
円香はキッと悟を睨みつけた。
「そこで私の能力について教えて貰った」
『君には自分が負った傷を癒す力が備わった』
「───って。言葉なんて分からない筈なのに何故か神様の話している言葉の"意味"はわかるんだ。変だよね」
エメルは「…はは」と苦笑した。
「でもね、人を治してあげられるなんて知らなかった。たまたま自分で見つけただけで…」
「つまり、神に聞いた力以外は自力で辿り着いたと言う訳ですね?」
「そうだよ…」
「なら、"出来ない"なんてことは無いのでは?」
エメルはハッとした。やってもいないことを"出来ない"なんて決めつけるのは良くないと、心の中で思った。
「まだ……出来るかどうかは分からないけど…」
「出来なそうか?」
壊斗はエメルにそう声をかけた。
「ううん。やってみる」
エメルは決意に満ちた表情をした。
血液生成。エメルが今行おうとしていること。脳内で血を作り出し、その血を器に注ぐようなイメージを膨らませた。
すると血色が悪かったトパーズの体にみるみる色がついていき、体全体に血が回った。
「血色が…良くなってる!?」
皆が各々驚きを隠せなかった中、円香だけが満足気な顔をしていた。
「やっぱり…エメルはやればできる子です」
円香はまるで自分の事のように誇らしげに言った。
ちょっと凄すぎないか? と壊斗は思った。
「うっ…」
血液生成を終わらせ、能力を解除した途端、エメルはふらっと倒れそうになった。
「大丈夫か!?」
壊斗はエメルを軽く支えた。
「うん…平気。ちょっと集中しすぎちゃっただけ」
エメルの呼吸は荒くなっていた。
「う……うぅん…」
トパーズが、声を発した。意識が戻った。
「と、トパー…ズ」
「あれ? かい…」
「トパーズッ!!!」
壊斗はトパーズを抱き締めた。勿論力を加減したが。
「うげぇッ! 痛てぇって!!」
トパーズは「離せ!」と突っぱねようとしたが、ガッチリとホールドされており、離れられなかった。それ以前に体にまだ力が上手く入らなかったのもあるが。
「ごめんっ…ごめん…なぁ…っ」
壊斗は号泣した。目の前の信じられない光景に意識を吸い込まれ、トパーズの事を忘れていたこと。その事を大いに悔やんだ。
「とりあえずここから離れよう。またアイツが来るかも知れないし」
壊斗は落ち着きを取り戻し、未だ上手く立つことの出来ないトパーズを背負った。
「エメルを頼めるか?」
相当疲れたのか眠ってしまったエメルの事を昌幸に頼んだ。
「……わかりましたよ。僕が運びます」
皆が歩き出そうとした時、壊斗は「あ」と声を出し、悟の方を向いた。
「君、トパーズを守ってくれてありがとう。じゃあね」
「ま、待って…」
「ん? どうした?」
「俺も連れてって…欲しい……今までッ自分以外に能力者が居るなんて思いもしなかった…ッでもこんなに身近に何人も能力が居るなんて…」
悟は続ける。
「寂しかったんだ…今まで僕と同じような人なんて一人も居なかったから…隠し通してきたけど…! だから! …一緒に居させて欲しい」
悟は壊斗達に頭を下げた。
「…うん。分かったよ。あっさりここでバイバイなんて人情に欠けるよな」
壊斗は「行こう」と差し伸べた。
悟はそれに答えるよう大きく返事をし、手を掴んだ。
「昌幸」
円香は壊斗達より少し後ろを歩いていた昌幸に話しかけに行った。
「何?」
「さっきは…その……ごめん。幾ら何でも酷かったよね。反省しなきゃ」
「ううん。僕こそ円香に酷い事言っちゃったから。えっと……おあいこって事にしよう」
二人は無事に仲直りをすることが出来た。
余談ですが、修二の能力、〈孤独な幼時〉(シェイプ)はそれぞれ色や形が異なりますが、色の方は完全ランダムで能力の強さに関与しません。ですが形はとあるルールにより毎回変えなくてはなりません。同じ形を使い続けると威力が弱まるせいです。
最後に〈孤独な幼時〉の見た目について。
光っており、真ん中に穴が空いていて、要は縁だけということです。クッキーを型どるやつを想像して頂ければ。




