第十九話「スザン・ソビッド」
ここからは、スザンの過去編です。全三話で終わります。
十一歳。僕は片田舎の貧相な家庭に生まれた。
「───おい! テメェ…」
「貴方! 辞めてくださいまし!」
僕の父親は今の時代珍しい絵に書いた様な亭主関白な人だった。父の言う事は正しい、父は間違った事は言わない。父が言えば白も黒になる。といった感じで。
「邪魔だ!!!」
「きゃあ!」
母は僕が殴られそうになるといつも庇ってくれた。母が家に居る時は安心だった。
これはとある日のこと。
「よっと」
「ひっ…」
父の伸ばした手で、反射的に目をつぶり、腕でガードしてしまった。
「…なんだァ? コショウを取ろうとしただけだが……お前……俺が…! 何の理由も無く! 息子を殴るようなクソ野郎だって! そう言いてぇのか!?」
僕はボコボコに殴られた。鼻は折れ曲がり、頬骨は陥没し、当たり所が悪かったみたいで、左目が失明した。
痛くて痛くて。何度も嘔吐した。ロクに食べ物をくれなかったから、直ぐに胃の中身が空っぽになり、嗚咽を繰り返すようになった。
母は夜の仕事から上がり、帰ってきて早々、僕の元に駆け寄ってきてくれた。
「貴方! 何て事したんですか! こんなになるまで… いい加減にしてください!」
母は涙ながらに、父に抗議してくれた。
…母は、素顔が分からなくなるまでボコボコに殴られた。
次の日、母は仕事に行かなかった。どうやら働けなくなってしまったらしい。たまたま会話を盗み聞きしてしまい、聞こえた内容だ。理由は「顔に痣が出来て仕事にならない」だそうだ。
父は母を殴る時、決まって跡になりにくく、人から見えにくい場所を殴っていたみたいだが、歯止めが効かなくなったみたいだ。一番仕事に支障をきたす、顔を殴ってしまった。
母は正式に仕事をクビにされた。それからというもの、父の母に対する暴力はエスカレートした。代わりに僕が殴られる事が減って、内心ホッとしていた。
母の顔は、最早原型を留めてなかった。顔面の至る所が腫れ上がり、人間とは思えない、目を背けたい顔をしていた。僕は、僕を守ってくれた母の顔がトラウマになっていた。これは何だと突然聞かれたら、正解を導き出すのが不可能な程の顔だ。子どもが怖がって当然だろう。今になってみれば、とても反省している。
「怖いよ… 気持ち悪いよぅ…」
それが母と交わした最期の言葉だった。
ある日、母は亡くなってしまった。感染症による死亡だったみたいで、亡骸は隔離された状態で燃え盛る火の中に雑に入れられた。感染症にかかって当然だ。体中傷だらけの状態で汚物を掃除する仕事等を片っ端からさせられていたから、それで逆に感染しない方がおかしい。
「チッ 全自動金稼ぎババアが死んじまったな …おいお前 代わりに稼いでこい」
父はニヤけた顔で僕を見下ろした。
「ふざ…けるな…」
「あ゙?なんか言ったか」
「ふざけるな! うわああぁぁあああ゙!」
僕は父に無我夢中で殴りかかった。
───今になって思えば、辞めておけばよかったと深く思う。この行為は何の意義もなく、無意味そのものだったからだ。
この後の事は…言わなくても分かるだろう。
そして、あの日。僕が大切に保管していた母の遺品を父親に勝手に売りさばかれた日。
僕は能力に開花した。
「くそ! $26にもなんなかったじゃねぇか! あのクソババアが!!!」
僕は母を侮辱するような発言を耳にしても、足がすくんで何も出来なかった。何も言い返せなかった。でも、そんな自分が一番腹立たしかった。
───何で僕はこんなにも非力なんだ…! もしこのクズと僕が同じレベルだったら… こいつが僕は以下の力だったなら…!
そう願った時、目が眩む程の光が差した。
再び目を開くと、そこには白く輝く"何か"の姿があった。ハッキリとは見えなかったけれど。
「おめでとう 君に能力を授けよう」
「…誰!?」
「君たちで言う所の"神"だよ」
神…?
「…何で今更…お母さんの事は助けてくれなかったくせに!」
「それは祈らなかった君が悪いんでしょ? …まぁ確率だからその時に祈ったからって僕が現れるかって言われたらYESとは言えないけど」
「それより!神様ならアイツ… 殺してよ!」
「僕はやらないよ? …君がやるんだよ」
「…え」
神は僕に授けた能力の説明を始めた。
僕の能力の名前は、《腐り果てた父親》。その名の通り、相手のレベルを変えることが出来る。例えば、子犬レベル。と言えば、相手は子犬と同じ力、同じ速さ、同じ守りとなる。但し、この能力の面倒な所は"生物"に例えなければいけないという点だ。それと、例えたものの事を詳しく知らないと痛い目を見ることになる。体は小さくても力が強い生物の名前を出してしまったら、かえって逆効果になってしまう。
そしてこれが一番の欠点だが、能力を自分自身にかける事は出来ない。
次に、抗力というものついて説明された。抗力とは、脅威に抗う為の力。オーラを身に纏い、攻撃力を底上げしてくれたり体の耐久力を上げてくれたりと色々万能だ。体全体を抗力で覆うのも悪くは無いが、一点に集中させることによってより強度を増した物になる。こっちの使い方の方がオススメ。攻撃をされた箇所に抗力を集中させればダメージを限りなくゼロに出来るし、拳に抗力を纏って攻撃をすれば凄まじい破壊力を生む。指に集中させれば、鉄だろうと豆腐のように簡単に貫く事が出来る。
要は特殊能力を二個持っているという事だ。
神が告げた言葉は、何故か、今でも一語一句明細に覚えている。
「…で、神様 何でさっきからアイツは一歩も動かないの?」
「僕と話している時は時間が止まるんだ まぁ、厳密に言えばそうじゃないんだけど ここはさっき君が居た所とは別の次元だって考えてくれればいいよ 彼は僕らに干渉する事は出来ない」
「さ、早く早く! 君の"脅威"を排除しちゃいなよ」
神は急かしてきた。
「じゃあね」
そんな事を最後に残し、神は姿を消した。
「…何だお前 その"目"は… 俺に何か文句でもあんのかよォ!!!」
「子犬レベルッ!!!」
殴られる寸前で詰まっていた言葉が自然と出た。
父の大きい拳から放たれた殴りを、頬っぺたの弾力だけで受け止めた。
父は取り乱していたが、一番驚いたのは僕自身だった。
「お、おい…! よくも… 母さんを!」
僕は父の大きな腹に渾身の一撃を食らわした。
「ぼえぇええ゙ッ!!!」
父は腹を抱えて蹲った。
さっき食べていたステーキが胃から逆流してきたらしく、胃液と共に吐き出した。
僕の体はガリガリにやせ細っており、とてもじゃないけど父を嘔吐させれる程の力が出せる訳ない。
「あ、蟻レベル!」
父は地面にビタンッ!と押さえつけられたように倒れた。立ち上がることもままならないみたいだ。
「うぎゃあぁあぁああ゙あ! お、重ぇ!」
「お、お前と腹を割って話した事は1度もないよな…? ぼ、俺が少しでも反論すればすぐに拳が飛んでくる… 恐怖で俺を縛る 喋らせない …そのくせ強者にはヘコヘコ頭を下げ機嫌を取る…っ! 弱者を蹂躙し、強者に媚びる…そ、それがお前だ! もうお前の気分でビクビク怯えながら暮らすのはうんざりなんだよ! 今のお前の体なんて僕のへなちょこパンチでさえ陥没する!」
スザンは父親の鼻っ柱をへし折った。
「い、痛てぇ…!」
「…母さんに詫びろ そうすれば解放してやる」
「わ、悪かった! だ、だから… 解放してくれぇ!」
「…お前には 謝罪の気持ちなんてない… ただ見逃して欲しいから形だけ謝ってるに過ぎない! じゃ、じゃあさ… 死んで詫びなきゃなぁ…?」
「解放してくれるって言ったのに… この嘘つきが!」
「うるせぇ! …お前には一度の死なんて生ぬるい! …僕のことはもう良いよ 許すさ けどさ… さっきの謝罪にも母さんの事は一言も出てこなかった…! 悪いと思ってないからだ!」
「ち、違」
「何も違わない! お前がお母さんにしてきた事… お前が死んでも許さない お前は僕とお母さんを道具としか思ってなかった…! 殴る蹴るは当たり前! お母さんには体を売る仕事をさせる… 人のする事かよ… 自分の愛した人を… 妻を! よくそんな扱いが出来るよなぁ…!」
「うぐ…」
「"嘘つき"だって? それはテメェがしてきた事だろうが! カスみてぇな理論を僕に押し付けてくんなよ!!!」
父を何回殴ったかは覚えてない。拳が泣く程痛かったが、僕や母の心の方が痛い。
父を殴り殺した後、スッキリした気持ちになんかならなかった。モヤモヤが残った。気持ち良くなんか微塵もなかった。
───初めて父より優位にたった状態でで普段言えない事を全て吐き出したけれど、終始足の震えが止まらなかった。
スザンの腐り果てた父親は、人間的なレベルを変えることが出来る。つまり今の壊斗の超人的な攻撃力や防御力はあくまで能力によるものなので、スザンの能力が効かなかったのです。




