第十八話「慈悲の欠片も無い奴」
あれから大分歩き、辺りが薄暗くなってきた頃。
壊斗達は宿屋の看板を見つけた。岩で出来た階段を登った先に、宿屋はあった。
「こんにちは 神楽旅館へようこそ ご予約は?」
───手続きを済ませ、直ぐに部屋に転がりこんだ。
「ふい〜 疲れた…」
「私もぉ」
「お前らだらしねぇな 明日も今日より歩くんだぜ?」
「うげぇ まじかよ…」
「ま、今日はたっぷり寝て体力回復させこったなぁ」
「…エメルの能力って疲労回復とか出来るのか?」
敷布団の上に突っ伏しながらエメルに尋ねた。
「出来るけど…」
「じゃあ頼む」
エメルは壊斗の体に治癒能力をかけ、疲労を消し飛ばした。
「体の疲れは無くなったけどまだなんかダルい…」
「私の能力は疲れとか疲労を無くすことは出来ても精神的な疲れを癒す事は出来ないの… ごめんね」
「別に責めてる訳じゃないよ ありがとな」
「そいつの能力で疲労回復すんのはあんまし良くねぇぜ 要は筋トレした後にそれを無かったことにするって事だかんな 疲れも筋肉痛も残らず消える代わりに筋トレした効果自体も無くなるって事だ オレは極力使わないようにする…つっても さっき傷治して貰ったから手遅れだけどなぁ」
その日の夕食に何ヶ月ぶりかもわからない日本食を頂いた。魚より肉派だが、久しぶりの魚は滅茶苦茶美味しかった。
寝る場所については、右から俺、トパーズ、エメルの順に川の字で寝ることにした。
「こんな狭ぇ部屋でこんな薄いベッドで寝んのかよ…」
「我慢しろって トパーズはもうジュエラードの名を捨てたんだろ? これからは一般人だって言ってたじゃん」
「…そうだけどよぉ」
「じゃあ寝ようぜ おやすみ」
『おやすみ〜』
「さて…」
二人が寝静まったのを確認し、壊斗は旅館の外に出た。
…自主トレーニングをする為だ。力の使い方がまだまだなので、先に目をつぶり、何がいけなくて、何が苦手で、どうすれば改善するかを頭に浮べる。
「ふぅ …人?」
今日やる修行を考えつき、目を開けると遠くから出てきた人が目に入った。
その人間は、辺りを見渡し、壊斗の存在に気がついた。
ゆっくりと壊斗の元へ歩み寄ってくる。
「やっほ〜 見られちゃったね…」
笑いながら気さくに話しかけてきた。遠くから見ると、男女どちらか分からなかったが、声を聞くと男だったと分かる。
「君のその髪型… 僕とお揃いだね まぁ僕の方が長いけど」
壊斗の目の前に、壊斗と似た髪型をした… それでいて似て非なるもののような髪型をした気弱そうな少年が立っていた。
「何でこんなに伸ばしてるか分かる? …失明してるんだ 右目 昔父親に殴られてね 当たり所が悪かったみたいなんだ」
少年はほらねと髪を上げて目を見せてきた。目玉がなく、赤黒くえぐれていて壊斗はゾッとしてしまった。
初対面であまりにも饒舌に話をする少年に、壊斗が若干押され気味になっている。
「──久しぶりにこんなに喋ったよ 僕って本来、こんなに饒舌に喋る性格じゃないんだ 僕が饒舌に喋る時は… "相手を殺すとき"だけだね」
「え…?」
「上位讃會との密会を見られた以上 君を生かしておく事は出来ないよ」
「ちょっと待って …上位さんかい? 聞いた事無いんだけど」
「あぁ 自己紹介がまだだったね 名前も知らない相手に殺されたくはないだろ? 僕はダイヤモンド護衛隊下位所属 スザン・ジュエラード …そして、上位四讃會 首領"兼"能術部隊ナンバーワン スザン・ グランレイド …肩書きが多いと自己紹介が面倒だね」
その少年は、壊斗の言葉を無視し話し続ける。
「悪いんだけど… 死んでもらうね」
初対面で殺すだなんて…通り魔でも無いのに何言ってるんだ…。
「君は僕の前から逃げずにちゃんと話を聞いてくれた …楽に殺してあげるよ」
「何言って───」
「《腐り果てた父親》」
少年はそう小さく唱えた。
「なんてね 冗談だよ」
「じょ、冗談?」
「…ノミレベル〜」
「ノミレベル? さっきから君、ちょっとおかしいよ どうしたの?」
きっと深夜テンションでおかしくなってるのだろう。と、壊斗は自己暗示する。
───腐り果てた父親を喰らわない!? 無効化系の能力者か!?
スザンと名乗った少年は、今まで一度もなかった出来事に遭遇し、パニックに陥った。
───ならッ…! 抗力で!
スザンは自身の手を桃色のオーラで覆い、壊斗の首元に振り下ろした。
…だが、それは鈍い音を奏でただけで、カスリ傷にすら成らなかった。
───なんで…お、おかしい…。
スザンには、壊斗を死に至らしめる方法が思いつかなかった。…いや、最初からそんなものなかったのだ。
「…何すんだよ」
壊斗はスザンを鋭い目で睨みつけた。
「は… はは… 降参だ…」
スザンは両手を挙げ、負けを認めた。
「何がしたかったんだよ お前」
「少しさ… 話をしようよ そこら辺に腰掛けて ゆっくりとさ」
二人は宿に続く階段の一段目に腰を掛けた。
「まずよ… 俺を殺すとか言ってたけど あの手刀… あの強さ… あれマジで殺る気だっただろ? 俺がこんな体質じゃなきゃ死んでたかもな」
壊斗に抗力は見えないものの、音や勢いで殺気を何となく悟った。
「…君は"死"が怖い?」
「あ゙? 何言ってんだ 当たり前だろ 死が怖くない奴なんて何処にいんだよ」
「じゃあ人を殺したことはある?」
「無ぇよ」
「じゃあ殺す寸前までいったことは?」
「無…」
…。
「…死ってさ 君が思ってるほど暗くて怖いイメージだけって訳じゃないんだ」
「いきなり何だ …どうゆうことだよ」
「この世界では無い何処か別の場所に向かったんだよ… 魂だけね 又は死んだ後に他の生物に体を移し換えた… とかね」
スザンは続ける。
「だから死体は物に過ぎない どんなに酷く殺された所で それはただの抜け殻。本体…って言うか 人の核の部分はどこか別の所で生きてると思うんだ」
「それはお前の持論だろ!? 俺にとって死体は… その人そのものだよっ… 生まれ変わるなんて事は無い 一つの魂につき一つの体だ!」
「それも君の持論って言えるんじゃない? 死のイメージってさ 要は人それぞれなんだよ 僕は君に少しでもわかって欲しかったんだ 死って別にそんな悪いもんじゃないってね」
「…正直 死についてなんて俺にはわかんないよ 実際に死んだ事の無い奴がいくらほざいたってそれはただの絵空事だ」
「君って… 暗いね 僕が言えたことじゃないけど 少しでも明るく物事を考えようとは思わないわけ?」
「"死"なんてネガティブな事を明るく話せる奴の方がおかしいよ」
「それは君の固定観念だろって… わかんない奴だなあ」
「俺は死の瞬間を目の当たりにしたことがある… 俺の大事で大好きな人だったッ! お前が言うように別の体で会いに来てくれる事なんて無かった… その子が帰って来る事は二度と無かった 二度と俺に話しかけてくれないし、笑いかけてもくれないッ…! 何を言ったって返事を返してくれる訳無いのにさぁ… いつも写真に話しかけたりしてたんだ 何故だかそこにいる気がしてさ… もう彼女の顔が残ってる物はそれしかないからさッ… もう二度と会えやしないんだ… 死んじまったら全部パーだ… 何もかも…」
「いつかまた会えるかもって思わないの? 死後の世界ってやつでさ 君の言う通り無いのかもしれないよ? でもさぁ 死んだら会える そこで待っていてくれる とか考えた方が良いとは思わない? 生きる活力が湧いてこない?」
「もし…死後の世界で会えるってなら喜んで死んださ …でも俺が死んだ所で会える確証は無いじゃないか 俺には彼女を… 結花を忘れてしまう事の方が嫌だ!」
「じゃあ尚更死ねばよかったんじゃない? 本当に会いたいと思っているのなら 少しでも可能性があるならすべきだったんだよ 死んだら記憶が消えるって確証がある訳でも無いのに …でも君はしなかったっ! 僕にはその理由がわかるよ… 君は端からそうするつもりが無かった 死ぬのが怖いって理由でね 死ねなかっただけ! 最もらしい理由付けをして正当化しようとしただけだよ…!」
「…うるさい」
「うるさくないよ…! 僕の声は至って静かだ!」
「…黙れ」
「図星を突かれたからそんな事しか言えないんじゃないの〜? 何か反論してみなよ ほら 早く!」
ベキッと音が鳴った。その音の正体は…
壊斗だ。壊斗が自らの人差し指を折り曲げた音だ。
「ッ! 確かに痛ぇけど… この程度の痛みなら… あの時のに比べたら屁でもねぇな…」
「…何してるの君は」
「ただの八つ当たり 自分に向ける力なら攻撃力と防御力の兼ね合いが取れる もし地面を殴ったりしたらどうなるかわかんないしな それに痛みで気持ちを落ち着かせることが出来た」
本当にただの八つ当たりか…。自分への戒めも含まれていたのでは無いだろうか。
「…ちょっと僕の昔話でもしようか」
何故壊斗に《腐り果てた父親》が効かなかったのか。それは次の話で明らかになります。




