第八十六話 「王衆国」
⚠️この話には一部残虐描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
───約二十五年前。まだ大名が存在していた時代の王衆国にて。
主犯とされる陸家虎之助の斬首刑が終わり、次に罪の重い者の処罰に移る。
「棒だけじゃあねぇぞ。玉ぁ一緒に引っ張れぇ」
そう命令された家臣は、玉ごと陰茎を掴み、躊躇せず肉切りバサミで切っていく。
大勢の者たちに見られながらの見せしめ行為。当の本人は手足を縛られ、口にはタオルをキツく巻かれ、叫び声をあげることを許されなかった。
「見せしめじゃあ」
大名はハサミと切り取られたそれを取り上げ、見せしめ台へ叩き付け、ハサミを突き刺す。そして、痛みに耐え抜いた光景を蹴り倒した。
「こうなりたくなければ、この国から出てゆくなんて、馬鹿な真似はするな。理解出来たか? 京壱」
そう言って頭を撫でられた京壱は、生首を蹴鞠のように遊ばれる虎之助と、性器を切除された痛みに悶える叢雲光景を、ただ震えながら見ることしか出来なかった。
…
『この国の外には、自由があるんだ。剣も殺しもない、自由の国が……』
「……はッ ……夢か」
叢雲は、あの頃の夢で目を覚ます。連子窓から外を見ると、まだ月が昇っていた。
あれから五年後。叢雲と京壱はそれぞれの誕生日を迎え、十五の歳となった。離れ離れになったが、そこに違いは無い。
「おはよう、光景。早くから随分と励むねぇ」
「……小太郎さん!」
茂木小太郎。この剣術道場の師範であると同時に、脱国の罪により処罰された両親の代わりに、叢雲の里親を買って出た人物でもある。
「はい、まだ一刻(二時間)程です! 武士に選ばれ、少しでも景虎殿のお力になれるよう、そして小太郎さんの名に恥じぬ剣士になれる様、鍛錬は欠かせませんッ!!」
「そうか。あまり無理はし過ぎないようにな」
茂木はニコッと微笑み、その場を後にした。
その日の夜。弟子たちと食卓を囲みながら談笑していると。
「そういえば、師範は昔、京壱様専属の師範をやられていたんですよね!? 何故それを、お辞めになられたんですか? いい加減教えてくれてもいいじゃないですか!」
叢雲も様子を伺うよう、師範に目線を向ける。
「何度も言っているでしょう? 若様とお呼びなさい。……そうだね、その件も風化しつつある。もう触れてもいいかもしれない」
「でも、皆が想像してるような大層な理由じゃない。単に、僕より優秀な師範が専属で着く事になったんだよ。だから、僕はお役御免って事だ」
「そんな! 師範は最強だッ! どんな奴だって勝てっこないさッ!!」
「そうだそうだ! きょ……若様もきっといつか戻ってくるに違いないッ!」
トホホ……と落ち込む茂木を、弟子たちはそう励ます。
「いや、残念だけどそうはならないよ。あのお方はこれから剣の腕だけでなく、景虎殿の次期後継者として様々な事を教わる事になるだろう。もう僕の手に負えない逸材。それほどまでに偉大なお方だ。だから、今後も若様とご友人であったかのように振舞ってはいけない。どこで聞かれているか、分かったものじゃないからね」
師範は、そう言って叢雲に目を合わせる。
「……」
…
その日の夜更け。週に一度の密会。一本の気が聳え立つ、いつもの場所にて。
「よっ」
「京壱……いつもより早いな」
「城から抜け出すのにも、大分慣れてきたぜ」
今宵も、二人の密会が始まる。
「日頃の行いが良いからな。最近は全く怪しまれねぇ」
週に一度、同じ時間同じ場所の。
「……あれから五年か。やっぱり寂しいな、いつも一番乗りだった奴が居なくなると」
叢雲は、あの頃の記憶を思い出す。密会時、一番乗りで腕を組み仁王立ちする、虎之助の面影を。
「そうだな」
京壱はそう賛同した。
そこからは、ひたすら京壱の愚痴に付き合わされた。
「でよ、 戦術の立て方やら、大軍の指揮の執り方とかよぉ。考える事が多すぎて、頭が爆発しそうだぜ」
「……でも、どうしてそこまでするんだろうな。領土争いをしているのは、もう王衆国と才賀国しかないはずなのに」
「いや……ここだけの話、父上はそろそろ全国統一をするつもりでいるらしい。新たに開拓された技術を我が物にする為、泳がしていたに過ぎない。ってな」
「何だって……不可侵条約を結んだのでは無かったか……?」
衝撃の発言に、思わず唾を飲む。
「そんなもの、形上だけだ。第一、戦の時代を下りるなど、頭が湧いているとしか思えん。才賀国だって同じ考えな筈だ。だから、一条国の提案に乗らなかった。条約を結ぶだけに留めたんだろう。いや、今は統合され、"ジャーバル"の"一条市"などと抜かしていたな」
それに続けて、かぶれやがって。と嘲笑った。
「ジャーバルだと? ふざけやがって……仁都は仁都だろうが。依然、変わりなく。それだと言うのに、異国人の口車に乗せられやがって。阿呆極まれりだな」
叢雲はそう鼻で笑う京壱の話にむかっ腹が立ち、反論した。
「……我々だって、異国人の技術を模倣し、ここまで成長してきたんじゃないのか? 進化を恐れ、過去にしがみつくような人間に、生きている価値は無い。進化してこその人間だ」
その発言は、極論ではあったが、正論でもあった。それを分かっていながらも、京壱は反論を始める。
「進化だ? なら俺達だって、日々進化している。更なる強さを得ようと、日々鍛錬をしている。それだって、立派な進化と言えるんじゃねぇのか? いくら技術を伸ばそうが結局、武力に敵うものはない。そう、結局は強き者が勝者だ。武力さえあれば全てひっくり返せる。あの平和ボケした奴らが培ってきたもの全て。自分ものに……」
「……この馬鹿げた戦の世界から下りた判断は、懸命だと思うけどな」
ボソッとそう呟く。京壱は目を丸くする。
「光景、正気か?」
「腹の中では、お前もそう思ってるんじゃないのか? 前に言ってたじゃないか。この国のやり方は狂っている。仲間同士殺し合うのは間違っている。って」
「それは昔の話だ。今は違う。確かに以前まではそう思ってた。けどな、父上の発した言葉の意味、今思えばよく分かる。この国のやってる事は、単なる殺し合いじゃない。選別だ」
「個の強さを高めてこそ、王衆国のやり方だ。殺し合いなど、切磋琢磨してゆく術に過ぎない」
「強くなるが為に、同郷の者同士で殺し合う? 狂っているとしか思えん。……選別? 貴重な戦力を減らすなんて、一体何がしたいんだ。俺たちのするべき事は、少しづつでも領土を増やし、軍事力を高め、国を安泰へ導くことだ。この国のやり方は根本から間違っている」
「……そうか? 父上の考えは理にかなっていると思うが。人の数を増やせば、その分食料や武器、防具も膨大な数を要する事になる。それならば、個を強化し、一人で十……いや、百人分の力を手に入れればいい。その為に、ただ資源を無駄に消費するだけの弱者を殺すことは、理にかなっている」
「……こういう話、今までしてこなかったよな。知らなかったよ、お前がそんな考えになっていたなんて」
叢雲はそう言葉を吐き捨てた。双方徐々に苛立ち始める。
「ただでさえ小さい国、少ない戦力を無駄に減らす事は理にかなってるのかよ。それに、選別だって? この国の奴らは、ただ人を斬りたいだけの異常者じゃないか……誰彼構わず斬り捨てる異常者の集まりだッ! 不意打ちでッ!! そんなもの、選別とは言えないッ!!!」
「そう吠えんな。群がってくるぞ。その"異常者"って奴らが」
叢雲は周りの目を気にし、落ち着きを取り戻した。
「……悪かった。だが京壱、忘れたとは言わせないぞ。虎之助から聞いた、外の話を」
「何だ。まだ毒されてんのか? 虎之助の言葉に」
「そんな、言い方……ッ! 第一、虎之助はお前の罪を被って───」
「死んだな。だが元はと言えば、彼奴のせいだろ? 彼奴があんな話、口に出さず自分の内で留めておけば、俺だって───」
「それにときめき、この国を出る。と発した虎之助に賛同した……! 虎之助は、一度でも着いてこいだなんて言わなかった……! 俺達が勝手に着いて行った結果じゃないか……!!」
「……くだらんな。だが安心しろ。そのうち、外の話じゃなくなる。夢に描いた全てが、俺達のものになるんだぞ? それでいいだろ」
「違う! 俺達が夢に描いたのは技術だけじゃない……戦の無い世界だッ!」
「言ってる傍から声を荒らげる……学習能力の無い奴が。少しは"進化"しろ、光景よ。……感情的になった人間とは、まともに話が出来ない。今日はここらでお開きとしよう。じゃあな」
そう言い捨て、京壱はその場を後にした。
「お前が淡白すぎるだけだ……!」
…
あれから、丁度一週間が経過した。昨日が密会予定日だったが、叢雲は行かなかった。拗ねていた訳では無い。顔を合わせれば、すぐ喧嘩に発展してしまいそうだったからだ。
そして今日。いつも通り道着に着替える。朝礼の前に、師範から伝達があるとの事だった。
「皆。凄い知らせを持ってきたよ」
師範は嬉しそうに告げる。
「何と、若様がこの道場で鍛錬される事となりました! 暫くの間だけだけどね」
紹介を受け、道場の入口から姿を見せた。
「八坂京壱。専属の師範に怪我を負わせた。だから、治療が終わるまで、暫くここで世話になる」
挨拶を済ませ、一同を見渡す。
「知らない顔も増えたな。……ん、雅道はどうした。休んでいるのか?」
その問いに答えるよう、師範は言いづらそうに言葉を発する。
「雅道くんは……先日、人斬に襲われ、亡くなりました。不意打ちだったとは言え、私の不覚に変わりありません。申し訳ございません」
師範は、隠田相手に頭を下げた。弟子の皆は、そんな師範の姿と、そうさせた京壱に対し憤りを感じつつも、必死に堪えた。
京壱は一瞬ハッとした表情で叢雲を睨んだ後、ゆっくりと口を開く。
「……そうか。お前らが弱すぎたあまりに、雅道を死なせたか」
京壱はそう鼻で笑う。一同、さらに拳を握り締める。
「口が過ぎるな。お前と言う奴は」
叢雲が先陣を切って口を開く。
「久しぶりだな。昨日は良く眠れたか?」
「……嫌味な奴め。大体、雅道が死んだのは、この国のせい───」
「光景ッ!!!」
師範は、珍しく声を荒らげて叢雲の名を呼ぶ。
「口の利き方に気を付けろッ!! その発言一つで、何か問題が起きたら、責任を取れるのかッ!!!」
一門衆、それも養子でない景虎直系の一人息子に対する不敬は、道場が潰されてもおかしくはない。それだけで済むかも怪しい所だ。師範はその責任が取れるのかと、そう問うたのだ。
「すみませんでした。……先程の御無礼、大変失礼致しました。若様」
謝罪の言葉を述べ、叢雲は頭を深く下げた。
「ふん、まぁ良い。それより……」
木刀を手に取り、光景に向ける。
「久しぶりに、ここの連中で力試しがしてみたい」
首を鳴らしながら、そう口にした。
「……の前に、軽く腕慣らしがしたい。おい新参。俺の相手になれ」
「は、はいッ!」
軽く。という言葉に引っかかりつつも、本橋太一郎は元気よく返事をする。
あの八坂京壱の腕を我が身に味わうことが出来ると、太一郎は少しワクワクしていた。
準備が整い、定位置に着き足を屈ませる。両者共々、開始の合図を待つ。柄に手を掛け、合図と同時に鞘から竹刀を抜く。どれだけ早く鞘から竹刀を抜けるかも、模擬戦の肝である。
「初め」
掛け声が為され、両者刀を抜く。その瞬間。
「一本。勝者、若様」
何が起きたか理解出来ぬまま、自らの身体に目線を下ろす。すると、遅れて胸から腹に掛けてじんわりと熱を感じた。
抜刀術は、専属の師範の元で磨いた技。それを完全初見で食らった。並の剣士じゃ目に追えない。現に、太一郎以外の弟子達も目が追いつかなかった。
太一郎は、何もさせて貰えなかった屈辱に膝から崩れ落ち、顔を俯かせ歯を食いしばり悔しさを堪えた。
「肩慣らしにもならなかった。……勝負は着いた、早くそこを退け」
竹刀を頬に突き立て、さっさと失せろ。と急かす。太一郎は感情が爆発し、その勢いで何かをしでかす前に駆け出し、道場を飛び出した。
「腰抜けが。さて、道場の二番手は……雅道が死んだ今、二番手はお前か? 佐田慎吾」
嘲笑した表情で顔を振り向かせる。
「……あまり侮っておられると、足元救われますよ」
眉間に皺を寄せながらも、佐田は言葉を選んだ。
結果、京壱の抜刀術により一瞬でケリが着いた。同じ抜刀術でも先とは変わり、突きの一撃。加減はしたものの、鳩尾を狙った攻撃は、この道場随一の肉体美を誇る佐田を蹲らせた。冷や汗を滝のようにかきながら、辺りをのたうち回る。
「……まぁ、この位で良いだろう。光景、前に出ろ」
満を持して、叢雲の名前を呼ばれた。
遂に始まる。"八坂京壱"対"叢雲光景"の戦いが。そこらの武士と肩を並べると言わしめた者達の模擬戦が。
息を飲む戦いの中、皆は叢雲の身を案じ、敗北を危惧していた。道場一の実力者がやられれば、それは師範の負けも当然。叢雲にとっても、意地でも負けられない戦いだった。
開始の合図と同時の、抜刀術を披露する。先とは違い、格段に速度が上がった。
「おっ」
───これを止めるか
京壱は、抜刀術を受け止めた叢雲に驚き、関心した。
「凄い……!」
「俺には見えなかったぞッ! さすが光景だッ!!」
弟子達は、次々に叢雲を称える言葉を熱弁した。
「まだですよ。勝負は着いていない」
師範は、弟子達を冷静に諭す。その間も両者は刀を交え、共に隙を狙っていた。
京壱は顔を歪ませ、歯を食いしばる。それに対し叢雲は、冷静沈着にさばき、対処していく。刀に対する向き合い方、そして人間性の違いが、この戦いに顕著に現れていた。
そして、とうとう決着がついた。二つの竹刀がぶつかるその時、刀の僅かな向きだけで、上手く軌道を逸らす事に成功し、そのまま一直線に沿わすように、首元へ竹刀を当てた。
「一本! 勝者、光景ッ!」
その言葉の後に、大きな拍手が起こる。皆は興奮し、今にも叫びたい気持ちを抑え、それを拍手に込めた。
「……ほう。まさかここまで成長していたとはな。下手したら、この道場の中で一番の腕なんじゃないか?」
京壱はそう言いのけ、師範をチラ見する。京壱から向けられる屈辱的な目線に、思わず身震いをしてしまう。
だが、光景はそれを直ぐに否定した。
「それは無い。師範がどれ程の腕を持つ方か、若様も重々承知の筈でしょう?」
その嫌味をそっくりそのままぶつけるように言い返す。道場の空間に険悪な雰囲気が漂った。
それから約半年間、共に時間を過ごし、互いに切磋琢磨し剣の腕を磨いた。天才型の京壱に負けじと、凡才型の叢雲は死ぬ気で倍の努力を重ねた。
そして半年後、専属の師範が回復したとの事で、京壱は再び道場を去っていった。
最後の日、師範の計らいで、京壱と弟子達に一人一人別れの時間を設けた。最後、叢雲の番になると、肩を組み、顔も向けず前を見たまま囁く。
「光景、あと数年待て。たった数年の辛抱だ。その内、俺がこの国を手にする」
京壱は立ち去る。そう言い残して。
…
三年後。両者は共に十八を迎えた。
京壱の十八回目の生誕祭日、大名の世代交代が為され、先代であるの八坂景虎の跡継ぎとして、京壱は大名へと昇格した。それと同時期に、三人目の妻を娶った。
ただ、ここで一つ。ある問題が発生していた。
これは、ある日の夜。担当医と一対一での診療中の出来事。
「いつまで経っても俺の子を孕まん。三人ともだ」
京壱は、三人の妻が妊娠しない事について、担当医に相談をしていた。
「非常に申し上げにくいのですが……京壱様はもしや、子供を作れぬ身体なのでは……」
「……何?」
「平民の間でも良くある事例でして、生殖能力を持たずに産まれてくることがあるのです。それは、決して遺伝子が劣っているからでは無く……ええっと……」
医者は言葉に詰まった。
「そうか、俺の問題か。まぁ、薄々察しは着いていたが」
「───養子を迎えるのが堅実かと。将仁様なんかは、とても優秀で……」
「……あまり気乗りはせんが、そうするのもありかもしれんな」
「でしたら、是非───」
「もういい、今は考えん。この話は先送りだ。……少し一人にしろ」
「……ははっ」
京壱の表情を伺い、同情しつつ医者は下がる。
京壱は部屋に一人、頭を抱え、今後のについて真剣に考えた。
…
その晩、遅くに城を抜け出す。
「よう。やってるか?」
山奥のとある小屋の前で、肘を掛けてそう尋ねる。
少しして戸が開き、叢雲が顔を覗かせる。
「……大名ともあろうお方が、夜中に城を抜け出すなど。よく他の者に見つからないで来れたものだな」
「長年培ってきた脱走術だ。城の構造や人の配置の規則性なんかを記憶しておけば楽勝よ」
そう言ってニカッと笑う京壱に、そういうものかね。と呆れる。
「どうだ? 進んでるか。雲翔」
話題を変えるよう、刀を打つ男に声を掛ける。
「ええ、これは力作になりそうですぞ」
刀を打ちながら答える。
「俺達が出会ってから、もう一年と半分は経ったか?」
「もう、そんなになるのか。長きに渡り、ご協力感謝しています。雲翔さん」
「いや、俺はアンタの設計図に魅了された迄。この身朽ちるまで付き合わさせてもらいますよ」
「頼もしい限りです」
雲翔との出会いは、約一年半前。腕の立つ鍛冶屋を探していた叢雲が、偶然見つけ、その腕に魅了されすぐ勧誘を行った。その時見せた刀の設計図が書かれた巻物を大層気に入り、協力関係を結ぶ事となった。そこから、叢雲の書き上げた設計図を元に、雲翔が刀を作る。という関係性になった。
ここは、その頃から秘密裏に動かしている隠れ家だ。
「それで、光景に力が芽生えて、二年は経つか。奴には感謝だな」
「……無名の人斬にしては、破格の強さだった。あの二刀流使い……あの時、もし力に目覚めていなければ、負けていたかも危うい」
二年前、叢雲がとある人斬と対峙した際、死を覚悟する程の接戦に持ち込まれた。死を悟ったその時、能力に目覚め、それと同時に得た抗力を使い、何とか勝利を収めた。
「まだ、刀以外作る気にゃならんのか? 設計図自体は頭にあるんだろ?」
「……あぁ。考えは変わらん。ただただ、それらに一切の興味が湧かない。前、試しに幾つか設計図を書き上げたが、雲翔さんも毛程も興味を示さなかった」
「私は死ぬまで刀一筋。余計な物を作り始めれば、刀を造る腕が鈍る」
「そうか……」
口ではそう言う京壱は、叢雲にだけ分かるよう「ん」と顎で外を指す。
「……少し風に当たって来ます」
「おう」
…
叢雲は外に出ると、背伸びをする。
「ふぅ」
一息ついた後、何か話しか? と京壱へ尋ねる。
「あぁ。ここまで離れれば、雲翔に聞かれずに済むな?」
「まぁ、そうだな」
京壱は、早速だが本題に入る。と腕を組む。
「近い内、騒動が起こる。いや、起こす。の方が正しいか」
「……?」
「前に言っていた、革命の時が来たんだ。これ以上焦らす必要も無い。もう時期、お前の刀も完成する。頃合いだとは思わないか?」
「何を言っている。大名の座に着いたんだ。これ以上、一体何の不満があるんだ」
「……邪魔な人間が居てな。父上と義兄の子の将仁だ。この二人にはすぐにでも消えてもらいたい」
叢雲はとりあえず京壱の話を聞いてみる事にした。
「父上は口出しが煩わしい。それに、俺の創りたい国と父上の理想は相違がある。大名を継いだからには父であろうと口出しは無用。それに、本来この国を統べるべき人間じゃない。力無き者には、この国のあるべきようになってもらう」
「次に、将仁の方。奴の取り巻き共は、将仁を次期大名の座に着かせようと必死に推してきよる。本人も必死にしっぽを振ってくる。それが気色悪く、虫唾が走る」
「……それ故、頃合いを見計らって、父上を殺し、その罪を将仁に擦り付ける。だが、不服だ。と将仁支持派の奴らが内乱を起こす可能性がある。それを完封するのが、俺達のすることだ」「さすれば、本当の意味でこの国を自由に動かせる。お前にも悪い話では無い筈だ。協力してくれるな?」
その話を聞いた叢雲は押し黙り、暫くの沈黙の後、一つ返事で了承した。
「……珍しいな。てっきり反対してくるかと思ったが」
「いいや。賛成だ。二人でこの国を変えよう」
…
小屋へ戻ると、無言で刀が差し出される。
「完成した。使ってみてくれ」
雲翔は、抗力とやらにも耐えうる強度だ。と自信満々の様子だ。確かに、一目見れば分かる。以前の物とは比べ物にならない出来だった。
雲翔は、青竹で作った等身大の人形を用意し、試し斬りをさせた。
抗力を込めた一振で、豆腐を切るように簡単に二つに分裂させた。
「凄い。抗力を篭めても、刀身が折れる気配すら無い」
「以前の物を軽く凌駕する出来栄え。雲翔は、限界を知らん漢よ」
「……刀の名は?」
「椿。そう名付けた」
「椿……気に入った」
片手で軽く素振りをしてみせ、風を切る音を響かせる。
「では、今日はここらでお開きにしましょう。私の体力の限界に近い」
「あぁ。そうするか」
二人は小屋を後にし、帰路に着く。
「さっきの話は、俺達だけの秘密だ。決して漏らすなよ」
「……分かった。決行日は?」
「八日後を予定している。その日は父上、将仁が互いに一人になる時間が来る。丁度そこが殺し時よ」
…
その日から八日が経ち、父の部屋へ訪れる。
年に一度。父が側近の一人も付けず、何処かへ姿を消す時間。その時間、その場所を、京壱だけが知っていた。
景虎は、外の光が微かに差し込む一室で刀掛けに置かれている妖刀に手を伸ばし、ゆっくりと鞘を引き抜こうとする。
「……今年も、私を認めてはくれぬか」
しかし、鞘は引き抜かれる素振りも見せず、景虎は悲しそうにそう呟き、慎重に元あった場所へ戻す。
「この生涯のうちに、その刀身を目にする日は……」
そこで景虎は背後に気配を感じ振り返る。
「京壱……? 何故この場所が……!」
「まぁ、そんな事どうでもいいではありませんか。それより……」
そっと妖刀の柄に手を掛ける。
「ま、待て……それに触るなッ!!」
「ただの刀と孤独に向き合い、見つめ、哀愁漂う表情をしていらっしゃる。一体───」
鞘をいとも簡単に引き抜く。
「何故に?」
まるで力を込めずに。
「ば、馬鹿な……お前が……選ばれたと言うのかッ!! その刀にッ!!!」
…
『それで、景虎様を一体どう殺すつもりだ?』
『父上には、年に一度、一人孤独に刀と向き合う時間がある。独占欲のせいか、理由は定かではないが、その事を誰にも明かさず場所を隠し続けているがな』
京壱は、俺にすら。と呟く。
『ならば、何処でその事を……』
『前に、父上の部屋に忍び込んだ時、その妖刀について記されている書物を偶然見つけた』
『それさえ知れれば、場所を突き止めるのは容易だった。再度父上の部屋へ忍び込み身を潜め、父上が来るまで待機、その後の動向を伺った。するとな、床下の一部が隠し扉になっていて、そこを下って行ったんだ』
脳内で当時を回想しながら話した。
『あんなの見ちまったら、確かめるしかねぇ。そこから機会を見計らって父上の部屋へ侵入、同じように下って行き、隠し部屋を見つけたって訳だ。そしてその刀ってのが……』
腰に差している刀まで目線を下げる。
『もしや、その腰のものが……ッ』
『刀の名は、"月光"』
鞘から引き抜く。月明かりに照らされ、刀身が光り輝いた。
『なんでも、刀身が白紫色に輝く事からそう名付けられたそうだ』
『そして、この刀にはある異名が付けられている。……吸血刀。血を吸う毎に、栄養を蓄えその強度と切れ味を増す。百年整備されずに放置されて錆びひとつ無いのは、血をたっぷりと吸い込んでいる証拠だ』
『まぁ……微量の疑惑はある。本当にあれが月光なのか。だから、刀を父上の前で抜いてみせ、疑惑を確信へ変える』
…
「認めん……認めんぞ……!」
懐刀を取りだし、京壱へ向ける。その行為に京壱は落胆の表情を浮かべ、問うた。
「そんなもので、この俺に勝つつもりですか?」
「うるさい。こんなこと、あっていいはずがない……」
景虎は既に正気を失っていた。何十年間も拒絶され続けていた妖刀を、息子が簡単に抜いてみせたのだ。様々な感情が渦巻く。
だが、それもすぐに穏やかな表情に変わる。景虎は、刀身の妖艶さに魅了され、目が釘付けになってしまった。京壱の話が耳に入らぬ程に。その事を察した京壱は、語り始める。
「……貴方はさして剣の腕がある訳でも無しに、高みでふんぞり返っている。気に入らなかったんですよ。そんな者が大名を務めるなど、この国の在るべき姿では無い」
京壱の言う通り。景虎は彫りの深い威圧的な顔立ちに、鎧の如く逞しい体付きをしている。が、肝心の剣の腕は並程度だった。どちらかと言えば、武力でなく頭脳で人を動かす"策士"と言ったところか。
景虎は、刀の軌道を目で追った。その終着点は、自身の胸だった。妖刀は、自身の心臓に深々く突き刺さっていた。
京壱は背まで貫通した刀をくるりと回転させ、内蔵をズタズタに裂きながら引き抜く。
「血も飛び散らぬ程の切れ味……実に天晴れだ。返り血を浴びずに済んで好都合だ」
引き抜いてすぐ、雑魚の血は吸わせまい。と血振りを行い、腹部を蹴り倒した。
景虎は早急に立ち上がろうとするも力が入らず。地面に血溜まりが出来るのは直ぐの事だった。
「……虎之助、見ているか。仇は討ったぞ」
小声でそう呟くと、直ぐにその場を後にした。
その後はアリバイを作る為、大人数で時を過ごしていた。数時間後、暫く景虎の顔が見えない事を不審がった家臣達によって城の内外の大規模な捜索が始まった。家臣達は景虎の部屋に入ると、地面に扉が開かれているのを目の当たりにした。それは、京壱が敢えて残した痕跡だった。
恐る恐るその先に進むと。上部の連子窓から微かな木漏れ日の差す部屋の中で、血溜まりに倒れる景虎が発見され、城内は大騒ぎとなった。
その事実は、素早く京壱に伝えられる。
「京壱様、落ち着いて聞いてください……景虎様が……何者かに……ッ!!」
その通達に京壱は膝から崩れ落ち、一筋の涙を流す。
「なん……だって?」
声を押し殺して静かに泣き、一人にしてくれ。と自室へ戻る。すると直ぐに、部屋の隅に隠していた妖刀を愛でた。
「……あとは、将仁だけだ。それで、この国の全てが俺のモノになる」
…
その後、医者の検死を済ませ、おおまかな死亡理由、死亡時刻等が割り出された。当時の技術では、それが限界だった。
京壱は信を置ける重臣たちを招集する
「くそ……ッ!! 何故景虎様が殺される必要があったッ!!!」
「一体誰が、こんな事を……!」
京壱の重臣達はそう嘆き、彼の死を悼み悲しんだ。
「検討は、付いている。だが、俺の口からは発したくないのだ……その、名を……ッ」
京壱は、辛そうに言葉を吐いた。
「検討……まさか、景虎様を惨たらしい目に合わせた者に検討がッ!?」
「……考えてみてくれ。五時間(二刻半)前までの間、父上殺しの無関与を証明出来ない者。そして、父上が死んで、都合の良い人物を……」
一同頭を回転させ、考える。数分後そんな中で一人が口を開く。
「……将仁様」
『!?』
「あくまで、今パッと頭に浮かんだ故、確証は無いし、万が一間違っていれば大変な御無礼に当たる事を重々承知しているが……」
「……何故、そう思った……?」
京壱は苦しそうに尋ねる。
「その日、将仁様は滝行に当たると城を後にしました。そしてそれから、二刻半以上姿が見えなかった。それが理由の一つ」
男は、もう一つは……と語り続ける。
「……京壱殿は、大名に成り立て。景虎様の助言の元、国を動かしていた。まずはその助言元を潰し、混乱の最中、大名である京壱殿を始末しようと考えた。自分が、大名の座へ着くためにッ!! ……あくまで、私の推論です……ッ」
「な、将仁様が、謀反を企てようと……! 考えられないッ!!」
重臣の一人は強く反論する。
「あの方の優しさ、謙虚さ……とてもじゃないが、謀反を考えるお方とは……私は……!」
「……お前は、どう思う。光景」
京壱は、武将、叢雲光景にそう問うた。
「……それら全てが"偽り"であった可能性。それも捨て難い。そう私は考えている」
「……!?」
反論していた重臣は、悲壮感溢れる表情で震える。
「まぁ、その推論が間違えていたとして、奴は次の大名の座を露骨に狙ってきておる。ハッキリ言って目障りだ」
「確かに輝政の言う通り。奴とその取り巻きの行動は目に余るものがある。今回が、その芽を摘む良い機会かも知れん」
暫く沈黙が続き、京壱は決心がついたように口を開く
「……分かった。ならば、直ぐに行動へ移そう。決行は今夜、子の刻だ。この話はくれぐれも内密に頼む」
…
「将仁」
「はい、父様」
「父上……景虎様が何者かに殺された話は聞いているな?」
「はい……とても心が痛みます」
「噂に過ぎんが、その犯人としてお前の名前が上がっているらしい……」
その事を伝えられた将仁は、心外だと言わんばかりに声を荒らげた。
「わ、私はその時間、山へ登り滝行に勤しんでおりました……! 誓って景虎様を殺すなどッ!!」
「あぁ、分かっている。だが、危うい状況なのは確かだ。疑わしきは罰せよ。その考えの元、近いうちに闇討ちにあってもおかしくはない。……ならば、こちらも手を打っておくべきだ」
「殺られる前に、先に殺る……とおっしゃるのですか」
「その通り。父上亡き今、国の体制を変えてしまえる千載一遇の機会。これを転機と捉えろ」
「ですが、数で圧倒されてしまうのでは……」
「心配は要らない。皆、きっとお前に着いてくる。私は今から、同じ思いを持つ者達をかき集めてくる。直ぐにでも決行に移るぞ。先手を打つためにな」
「……」
その瞬間、二つの派閥が、互いに交差し、猜疑心に駆られる。火蓋は切られた。内乱が起こるまで、あと僅か───
過去編では、隠田京壱ではなく八坂京壱なので、表記が隠田から京壱へ変更されています。
ちなみにアソコを切り取られたシーンでは、血はそこまで出ません。しっかり動画を見て事前学習しました( ◜ཫ◝ )
※2025/07/16追記 誤字を発見した為編集しました




