第八十五話「寡戦」
「あれは……エメルかッ!!」
「───皆さんッ!」
皆の元へ駆けつける最中に、右月らと対面し、双方馬を止める。
「良かった、無事で……」
「いや、瀕死の者が多数出てしまった。金創医が救護に当たっているが、一刻を争う。すぐに駆け付けてくれッ!!」
エメルはその言葉で、壊斗の嫌な予感が的中していた事に酷く心を痛めた。
「道を開けろッ!」
右月は家臣にそう指示を飛ばし、エメル一人通れる程の道が開かれる。
「ワシらは逃げた隠田を追う、お主は皆の治癒を頼むッ!!」
「───はいッ!!」
「……ッ」
再び主戦地に辿り着いたエメルは、そのあまりの惨事に口を押さえ、絶句する。
すぐに回復に取り掛かろうと馬を下り、瀕死の者たちの元へ駆け出す。
「───エメル、来たか……ッ!」
「む、ムラクモさん……!」
その声の主は、金創医に手当てを受けている叢雲の声だった。
「取捨選択だ、エメルッ!! 」
「え……?」
痛みと出血に耐えながら、必死に声を振り絞り、話し始める。
死体を壁を隔て、二人は会話を始めた。
「首を落とされた後……数秒の間は意識を保つ。が、それを超えると完全に死に至る。死者は生き返すことの出来ないという話の通りなら……死に至らない程度の、助かる見込みのある重傷者を、優先的に助けてやってくれ。……俺はまだ耐えられるッ! まずは助かるはずの命をッ!!」
「───はいッ!!」
…
「見つけたぞッ!! 隠田だッ!!」
「血に塗れてる……疲弊してるようだ」
「ん、あれは……壊斗かッ!?」
睨みつける隠田の傍。血が滲みながら横たわる壊斗の姿が右月の目に入る。
隠田によって川から引き上げられていたのだ。
「皆、止まれッ! 彼奴、何を企んでいる……ッ!?」
右月は重臣と共に馬を下り、隠田の元へ近付く。
───えらく慎重だな。たかが小僧一人に。まさかこの小僧、何かあるのか?
隠田は賭けに出ることにした。
「……安心しろッ! こいつはまだ死んでねぇよ。今なら助けることも出来るだろうな。あの小娘ならな」
そのまま片足で背中を踏み付け、壊斗の首の真上に刃先を近付ける。
「今から少しでも余計な真似をすれば、こいつの首を落とす。そして条件だ。それを飲まない場合も、こいつを殺す」
右月は家臣達に手で合図を送り、隠田の目を見ながら、言ってみろ。と啖呵を切る。
「一つ、これ以上の接近を禁ずる」
そうすることで、自分が不利にならないような間隔を保たせた。
「二つ……武器を地に捨てろ。全員、例外無く」
「三つ! あの緑の小娘をここへ連れて来させ、俺の傷を治させろ!! それが条件だッ!!」
「どうだ。飲むか、飲まないか。二つに一つだ。さっさと決断しろよ」
そう言葉を吐き、不敵に笑う。
右月は渋々、武器を下ろせ。と合図を出す寸前。壊斗が最後の力を絞り出し、振り払うように刀を弾いた。残っている微かな力で、一瞬でも隙を作るため。
───誤算だったッ! さっきまで確かに呼吸はしていなかったはず……それに、肩、腕関節はすべて斬ったはずだッ!! 動かせるはずが……ッ
これが千載一遇のチャンスであると、皆理解していた。忠松は壊斗を少しでも隠田から遠ざけようと、服を掴み後方へ引き摺り下げた。それと同時刻に日比谷は隠田の刀を蹴り飛ばす。
隠田は一瞬顔を顰め、刀に目線を奪われる。その時。
「掛かったな」
城戸は隠田の両足を踏みつけ、両の手で隠田の右腕に掴みかかり、背負い投げるように引っ張った。
ブチブチと筋を千切りながら、肩から分裂した。痛みに意識を奪われた所に、トドメの一撃として右月は隠田の首目掛け刀を振った。
…
これは、数回に渡る会議の中の一つ。奇襲に関して、具体的な内容の話し合いまで話が進んでいた。
前会議の結果、天文街へ奇襲の際、東雲城を裏から攻められることのないようにすべく、籠城に人員の4分の1を割くこととなった。籠城兵は鍛冶屋、大工などの職人業で基に構成された。奇襲ということもあり、単なる保険に過ぎなかったが。
そして今回、城に誰を残すかの話し合いも終え、順当に話し合いが進む中、右月が口を開く
「……ワシも参戦する」
「は、反対ですッ! 殿が殺られてしまえば、元も子もありませぬ! ここは城で籠城にッ───」
「だが……」
「分からないか? 遠回しに足手まといだって言われてんだぜ。殿」
その発言に、重臣達は背筋を凍らせた。
「あくまでこれは奇襲。事前訓練も大詰めに入っている。わざわざ殿が戦地に赴く必要は無いんだ」
「……優馬の物言いには、未だに肝を冷やすばかりだ」
重臣たちはため息を吐く。
「仕方ないだろ。俺はその役を買われて、ここに居るんだから。違うか?」
【東雲家 軍師 日比谷優馬】
「……優馬はブレないな。だがそこに信を置いている」
右月のその言葉に、優馬は頭を下げた後、話を続ける。
「その上、万が一にも殿が居なくなったら、円香姫が悲しがる」
右月はその言葉を噛み締め、そして結論を出した。
「お前の言葉、よく分かる。けれど、この奇襲が上手くいかねば、死人は出る。いくらエメルの力があったとて、死者をゼロに防ぐ事は出来ないと踏んでいる。こちらも少なくない勢力を王衆国へ送る。とてもじゃないがエメル一人では手が追い付かんだろう」
次第に沈黙の時間が長くなる。一足先に笹森が賛同の声を上げた。
「そうですな。金創医の手で延命処置を出来たとしても、限度があります故……」
「死者の出る中で、長の立場でありながら戦に赴かず、籠城する程、まだ腰は抜けておらん」
「それに、貴様らに心配されるほど、ワシは落ちぶれちゃいないぞ。……仮にワシが死のうが、東雲軍が全滅せぬ限り負けはしない。平和な世を掴む為、それを脅かす者達を討つ。それが、この戦の本来の意図だ」
…
───皆で作り出した一瞬の隙、逃しはせんッ!!
右月の刃が隠田の首に到達する寸前、顎を思いきり引き、刀を顎と鎖骨で挟み、攻撃を無効化した。
「……腕ぇ、一本捥いだからって、勝った気になっちまったのか?」
顎で刀を挟み込んだまま、右月を蹴り飛ばし、その力に耐えきれず彼方後ろへ吹っ飛ぶ。それを槍兵数名でが受け止めることで何とか事なきを得た。
「───かはッ!!」
だが、隠田の蹴りにより肺に肋が突き刺さり、その為内蔵に多大な損傷を負ってしまっており、吐血した。朦朧とする意識の中、気合いだけで意識を持ち堪えた。
「だいよん……じんけい……」
そう言い残し、右月は意識を失った。
「だ……第四陣形ッ!! 第四陣形を作れッ!!」
右月に代わり、声を聞き届けた槍兵長が指揮を執る。
槍兵長の叫び声をしっかりと耳に入れた隠田は、ねじ切られ血の吹き出す切断部を抗力を込め握り潰し、止血した。
「お前ら如き、刀無しで十分」
禍々しいオーラが漂う。隠田の抗力は、どす黒く変色してゆく。
全身に力を入れ、構えをとる。丸腰にも関わらず、とてつもない威圧感を醸し出している。
槍兵の邪魔にならぬよう、その場から離れようと考えるであろう重臣達を逃がすまいと、隠田は左手に抗力を纏い、まずは忠松の首目掛け手刀を落とす。防御は間に合わず、されるがままに攻撃を受け、首がへし折れた。忠松は涎を垂らしながら脱力し、前方向に倒れる。その隙に刀を奪い取り、間髪入れず刀を振るう。
腕の恨み。と言わんばかりに城戸を狙う。人中を境に、真っ二つにされ、頭が飛ぶ。この間、僅か二秒。
その速度に対応出来る者はおらず、目で追うこともままならなかった。
「……切れ味が悪ぃな。なまくらは」
そうボヤきつつ、長政に目線を移す。次はお前だ。と宣告するかの如く。
「うがぁあああああッ!!」
田島は、間一髪長政の襟を掴み、思い切り後方へ引き、隠田の攻撃を躱した。そのまま転がるように槍兵達の足元に紛れた。
そして、もう片方の手で失禁している日比谷を捕まえ、抱きかかえながら槍兵の間をくぐり抜け、死ぬ気で逃げ果せた。
「……ふん。これがしたかったのか」
槍兵達は槍を構えて極限まで距離を詰め、総出で隠田の周りを囲む。第三陣形と違い重臣が中に居ない為、より密となり、完全に逃げ道を封じた。
これが、第四の陣形。疲弊した隠田を追い詰めた場合のみ発動される陣形。隠田が満身創痍の場合、思わぬ方法で突破される可能性もある為、この陣形が組まれるのは限定的であるが、ある程度疲弊した者を制圧するのに長けている陣形だ。この陣形は、槍兵だけで構成された三重の円を作り出し、全勢力で一人を取り囲む。
一周目、二周目、三周目ともに、槍先の位置が重ならないよう、前と平行にならないように構える。こうすることで、仮に一周目を突破されそうな際も、二週目で食い止めることが出来るのだ。
中には、足が震え、今にも逃げ出してしまいたい。と考える者も多かった。しかし、この陣形に希望が見え、勝ちを確信していた。それが槍兵達の足を踏みとどまらせる所以だった。
拾おうとする隠田の刀を踏み付ける。
「隠田ッ!! 貴様らに奪われた家族の無念、晴らさせてもらうッ!!!」
一人の槍兵が声を荒らげる。
「貴様の刀なんぞ、この俺がへし折ってくれるッ!!」
続けざまにそう叫び、刀身を踏みにじった瞬間。
「おい……お前、足がッ!!」
「……?」
確かに刃は横を向いていた筈が、いざ足を見てみると、刀は何故か刃先が上を向いたままになっており、思いっきり踏み付けた事で、土踏まずを境にサックリと二つに別れた。
「……ッ!?」
痛みに顔を顰め、足を退かす。
「危険だッ! 私が拾い上げるッ!!」
隠田の刀に違和感を感じた槍兵の一人が、先頭に立って刀を拾い上げた。
確実に柄を持ったはずだ。しかし、刃先を掴んでおり、柄だと思いこみ強く掴んだことにより、五本の指は皮一枚繋がった状態になってしまった。
「うがぁああああ!?」
絶叫し思わず手放す。刀はカランと音を立て倒れた。
「常人にゃ、その刀を掴む事出来ねぇよ」
至る所から槍先が覗く状況で、隠田はひどく落ち着いていた。
「槍、用ォ意!!」
槍兵長がそう叫ぶ。そのままの流れで、突き刺せッ!! と発しようとしたその時。
「待てッ!」
言葉を遮り、負けを認めるかのように、潔く地面に刀を深く突き刺す。
「……降参だ。殺るなら殺れよ」
それは、心身ともに疲れきった兵達にとっては、蜜より甘い囁きだった。その一瞬の気の緩みが、命取りになるとも知らずに。
身振り手振りで敵を欺き、油断させた瞬間、突如として刀を半回転させる。
「なんてな」
刃が前方を向きながら上に斬り上げる。それによって地面を裂き、大規模な地割れを起こした。
その地割れは、前方を広範囲にわたって攻撃した。それと共に大きな土煙が上がり、他の者たちの視界を奪う。
「くッ……まだ、そこまでの余力がッ!?」
兵の内の一人が、震える声を漏らす。
隠田は刀を鞘に収め、極限まで姿勢を低くし、地面を蹴って前方に突進。土煙に乗じ、姿を隠しながら地割れを飛び越え、その先に居る槍兵達の足元を攻撃した。
「刀を蹴った借りはこれでチャラだ。小便小僧が」
足元に潜んでいた日比谷の首を斬り飛ばし、そう吐き捨てた。
───短時間だが、広範囲の視界を奪う土煙。この状況下、お前らは誤って味方を攻撃しないよう、槍を下げざるを得ないだろ?
隠田は次の手として、上等な人質を選定していた。誰も手出し出来ないような、大物を。それは即ち、右月の事だった。
日比谷を斬った際付着した血を振るうように、右月目掛け血の斬撃を飛ばす。だが、右月を守らんと数人の槍兵が立ちはだかり、血の斬撃を受け一斉に首が飛んだ。
外した。そう思った時、土煙の中に、微かに緑色の髪が煌めく瞬間を目撃した。その瞬間ハッと息を飲み、死に物狂いで捕まえに掛かった。
「阿呆が」
動くな。と言わんばかりに刀を振り下ろす。的確にポニーテールを斬り落とし、結いていた髪がたなびく。
腕を回し、肩を組むように拘束し、顔を近づける。その正体は、やはりエメルだった。徐々に視界が晴れてゆき、足元に壊斗が倒れていることに隠田は気付く。
不幸中の幸い、エメルは壊斗に少しの間触れることに成功した。しかし、すぐに隠田はラリアットの体制のままエメルをなぎ倒す。
エメルは地面に叩き付けられた衝撃で鼻血を吹き出す。そのまま背後を取り、両足でエメルの身体を挟み込み、動きを封じた。勝利宣言するかの如く、刀を地面に突き刺す。
隠田は達観したようにエメルに語りかける
「……命が惜しければ、今すぐ俺を治せ。この目も、歯も腕も全て」
血と共に、冷たくそう囁いた。エメルを人質に取られ、東雲の軍勢は迂闊に手出しが出来ない状況に陥った。
「何のカラクリか知らんが、大方俺のような力の派生だろ……? 今からでも遅くない、俺に着け。俺は無限に蘇る事が出来る。これまで受けた傷や疲労も瞬時に元通りだ。お前らに勝ち目は無い」
エメルは、度重なる疲労により息を切らす隠田を尻目に、地面へ突き刺された刀に手を伸ばす。隠田はそれを傍観し、ほくそ笑んだ。
───何をしでかすと思えば……阿呆が。柄に手を掛けた瞬間、刀は回転し、刃先を向くだろうな
エメルは刀に手を掛けると、そのまま柄を握り締めた。
───か、刀をッ!?
エメルは地面から刀を引き抜き、驚きのあまり思考が停止した隠田諸共、自身の腹に刃を突き刺した。
「……ッ!?」
隠田は腹を貫かれ、声にならない声と共に、口から血を吹き出す。エメル自分ごと道ずれを狙ったのだ。
「この、餓鬼……ッ 何を、考えて───」
「私は死なない……死ぬのは、アナタだけ」
口から血を零しながら、振り返り様にそう囁く。
「今……ですッ!!」
叫んだ事により、血流が活発化し、エメルは更に血を吐き出す。
「何だって───」
そこに、タイミングを見計らって、一人の男が現れる。
「……京壱よ。さらばだ」
叢雲は、トドメの一撃として、隠田の首を落とした。
…
隠田京壱の死亡後、厳戒態勢のまま暫く放置し、蘇ることが無いという確証を得た後。
残った者達は、戦後の処理に取り掛かった。
「エメルよ、話は聞かせてもらった。そなたの作戦、見事だった」
エメルの献身的な回復により、息を吹き返した右月はそう褒め称えた。
「ありがとうございます。でも、沢山の犠牲が出てしまいました」
「自陣の死者は、五十二名だそうだ。三百人中だぞ。もしエメルが居なければ、どうなってた事やら……」
「エメル! 一つ聞きたいことがあるのだが……京壱は最期に何か、言っていなかったか?」
その問いに、目を真っ直ぐ見つめて答える。
「『俺は無限に蘇れる』って言ってました。傷や疲労も元通りになるって。でも、すぐに嘘だって分かったんです。もし本当にそうなら、私に頼らず、すぐに自分で死ぬことを選ぶはずだから。それで今まで受けた傷や疲労が治るなるなら、そうするはずでしょ?」
それは至極真っ当で、間違いは無い。ただ、齢13の少女の発言にしては、少々薄気味悪く感じた。
その時、エメルの膝で眠っていた壊斗が、目を覚ました。
「───カイト! やっと起きた……!」
エメルの声に、エメルの匂いだ。その情報だけで、自分はまたエメルに助けられたのだと気付かされた。
「……もう、終わったのか……?」
「うん、終わったよ」
エメルはそう優しく声を掛けた。徐々に視界が戻ってくる。
「誰が、隠田を……?」
「最後まで皆で戦った。でも、トドメを刺したのは、ムラクモさんだよ」
「凄いな。俺だけじゃ、とてもじゃないけど敵わなかった……」
「いいや、彼奴は戦いの中で覚醒していた。壊斗が京壱の体力を削ってくれていなければ、勝てていたか怪しい。だから、ありがとう。二人共。本当に助かった」
叢雲は、改めて二人に深々く頭を下げた。
敵陣7000対、自陣300。
結果、自陣の約50人が死亡。後に王衆の乱と呼ばれるこの戦いは、東雲軍が勝利を収める形で終結した。
…
それから、壊斗たちは他の作業を手伝った。その間、叢雲は少しだけ一人にして欲しい。と申し出て、故郷のとある場所まで向かっていた。そこは、草一つ生えていない大地に一本の木が聳え立つ。とても思い出深い場所だった。
「……静かになったな。ここには、俺とお前だけだ。……少し付き合ってくれ。なに、ただ昔話がしたいだけだ。……いつもの三人でな」
胡座をかき、刀に突き刺した生首に語り掛けた。昔を懐かしみながら。
天文街及びジャーバル編は、残すところ後二話となりました。次回、天文街過去編です。




