第八十一話「出発」
風呂から上がった壊斗たちは、部屋へと戻った。壊斗は一人、皆の分の夜食の買い出しに向かった。その道中でエメルとトパーズに引き止められた。
「また、このまま居なくなったりしないよね……?」
「エメラルドの言う通りだ。昨日の今日で、お前を信じろって言われてもなぁ」
チョイと裾を引っ張るエメルに、豪快に肩を掴んでくるトパーズ。それに答えるよう、壊斗はサッと振り返る。
「あの時したあの選択、後悔してる。もう勝手に居なくなったりしない。……心配なら着いてきてよ」
そうして、トパーズとエメルの三人で買い出しに行く事になった。
「明日で、本当にお別れか〜 ……昌幸と幸志郎さん。寂しくなるなぁ」
「全部片付けたら、また会いに行こうぜ」
「ね!」
壊斗は少し口ごもった後、話を続けた。
「悟と乱子……このまま会えず終いか……あの時、俺が着いて行っていたら、こんな結果にはならなかったのかな……」
「オレだって、マドカを巻き込まない為にあそこで別れるっていうのには賛成だった。だからアイツらを引き止めなかったんだ。お前だけが悪いわけじゃねぇんだよ」
「私もだよ。私だって、後悔してもしきれないよ」
その後は暫く沈黙が流れ、足音だけが鳴り響く。そこで、トパーズが口を開く。
「でもよ。案外皆、あの世で仲良くやってるかもな。こんなとこより、よっぽど平和でよ」
「……本当にな」
壊斗は、下を俯き、そうであって欲しいと願う。
「なぁカイト。オフィス街のこと、さっきはあぁ言ったが、結果的には良かったかも知れないせ」
「……?」
「だってよ、どうせアイツら、遅かれ早かれオレたちを狙ってきたはずだ。なら事前に少しでも敵の数を減らせたって、そう考えようぜ」
「……そうだな。ごめん、ありがとな」
今の発言には、そう言ってくれて。という言葉が隠れていた。
「感謝は、コウシロウとリアム。後、一番の功績を残したエメラルドにするべきだ。逆に俺は、一番活躍出来なかったからな」
そう言ってエメルを指差すトパーズと、びっくりしたように目を見開くエメル。
「エメル、本当にありがとう。迷惑掛けっぱなしだ。俺は」
壊斗は、優しい表情でエメルの頭を撫でた。エメルも、嬉しそうに笑っている。
「……エメルと幸志郎さんは、身を削ってまで円香の事を聞き出してくれた。リアムは、俺が襲われる前にほとんどの敵を倒してくれた。結輝もトパーズも、俺に襲い掛かるはずだった敵を倒してくれた。昌幸も、円香を傍で見守っていてくれた。皆には感謝してもしきれない」
「……だから次は、俺の番だ。俺が皆に恩を返す。まずは乱子の死の真相を、何がなんでも突き止めるつもりだ」
「カイト……」
徐々に言葉を詰まらせつつある壊斗を、エメルは心配そうに顔を覗かせる。
「もう踏ん切りは、ついた。今更泣き言は、言わないさ」
「……ンなこと言ってお前……大泣きじゃねぇか」
壊斗は、声を押し殺し、顔をクシャクシャにして泣いた。
その日は、昌幸とエメルが寝た後、大人だけで少し話し合ったあと、全員が眠りについた。
そして、翌朝。時刻は朝の4時を指していた。いつもよりも数時間早い目覚めだ。朝早くにホテルを後にすることで、敵から極力見つからずに安全に移動が出来ると考えてのことだった。
「ホントに、お前らだけで平気か?」
ホテルの部屋の前で、トパーズが壁に肩肘を着いて見送る。
「あぁ。昨日の夜にも話した通り、二人の方が早く着くしな。……心配すんな」
二人。それは壊斗自身とエメルの事を指していた。
何故、旅のお供にエメルを選んだかと言えば、円香を綺麗な状態で東雲城まで届けたかったからだった。よくて数日、あるいは一週間は掛かる算段。その間にも、円香の腐敗は進んでしまう。
壊斗が、それと……と言いかけたところで。
「分かってる。お前らが帰ってくるまで、ホテルが敵に攻め落とされない限り、極力ここから出ねぇよ。このホテル、割と何でも揃ってっから、暫くは不自由なく過ごせるだろうぜ」
「縁起でもないことを……」
そう言って苦笑する壊斗に続けてトパーズは、オレからも一言。と話を始めた。
「カイト。これは終わりじゃねぇ。"始まり"だ。だから、絶対、生きて帰ってこいよ」
「……行ってくる」
「おう」
壊斗とトパーズは、共に拳と拳を重ねた。
「私達も準備が出来ました」
キャリーケース片手に、眠っている昌幸を背負った幸志郎が隣の部屋から出てきた。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
壊斗は、円香を背負い、寝起きで目も開かないエメルの手を引いてエントランスまで向かった。
五人は、ホテルをチェックアウトし、外に出ると、背中を押してくるように風が吹いた。
壊斗が口を開こうとした時、話を遮るかのように見知らぬ男が目の前を横切った。朱色の短髪を携えたその男は、カツラでも被っているのか、帽子やフードを被っている訳でもないのに、風が吹いた際、頭を抑えていた。
「あぁ、もう。癖が抜けねぇな……」
男はそんな事をボヤきながら、スタスタと歩いて行ってしまった。
仕切り直すように、壊斗は息を吸う。
「幸志郎さん」
「はい」
「昌幸を、よろしく頼みます」
「はい。命に替えても」
「……昌幸」
幸志郎におんぶされている昌幸は、エメルと同じように、まだ眠ったままだった。皆と別れるのが寂しいと言って、遅くまで起きていたからだろう。
「起こさないでおいてあげるか。……またな。元気で」
昌幸のほっぺに軽く触れ、壊斗は微笑んだ。
「エメルさん、立ちながら寝ていますね」
幸志郎は、口元に曲げた人差し指を添えて笑った。
「昨日、あんなことがあったと言うのに、気丈に、明るく振舞っていました。……とても優しく、強い子だ。よく褒めてあげてください」
「はい。勿論です」
壊斗と幸志郎は、互いに微笑みあった。別れを惜しむように。
「円香さんを、無事に送り届けられる事を願っています。……では、ご分運を」
「はい。幸志郎さんたちも」
…
幸志郎たちと別れた壊斗は、タクシーを呼び、無事に乗車。そのまま空港まで向かった。
発車から一時間程が経過した後、エメルが本格的に目を覚ました。丁度良いタイミングで見つけたコンビニに寄り、朝食を買って車内で食べた。
その後、問題なく空港に到着。円香は眠っているということにし、検査を難なく通過し飛行機へ搭乗した。
だが、ここからが問題。出るのは簡単。入るのが困難。それがジャーバルという国だ。あっちの空港に着いてからが本番である。
「カイトとマドカちゃんと三人で、何だかプチ旅行みたいで楽しいな〜」
そう言って微笑むエメルを見つめる壊斗は、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。内心気が気でなかった。自分を信じて娘を任せてくれた人に、その娘を死なせてしまったと報告に行く。それで平常心を保てる人間は極めて稀だろう。
ただ、それはエメルも同じで、微かな震えは笑顔で取り繕えていなかった。
「なぁ、エメル。もう大丈夫だよ。俺の前くらい、素直になっても」
「……え?」
優しく声を掛けた壊斗にそう笑顔で答えたエメルだったが、数秒間固まった後、頬に伝うものを親指で拭われたことで、自分が涙を流していることに気がついた。
壊斗は、優しくエメルを抱き寄せた。壊斗からの初めての抱擁に、堪えていたものが溢れ出した。
「あれ……?」
壊斗はエメルを優しく抱き寄せた。単身赴任から帰ってきた父親のように。
「ごめん……本当にごめんな……ッ 俺が、しっかりしてれば……ッ エメルにそんな思い……させないで済んだのに……ッ」
「私……私……ッ! 皆、辛そうで……私だけでもって……うぅ……ッ」
二人は、他人の目を気にせずに慰め合った。
…
午前十一時、ジャーバル空港へ到着。ここからが鬼門。海外製の物は片っ端から没収され、派手な服や外国語がプリントされたものは脱がされ、代わりのものに着替えさせられる。ポケットから何まで隅々確認される。勿論、ジャーバルに無いもの。すなわち携帯電話等も没収される。その事を芹沢から事前に知らされていた壊斗は、大事なものは全てトパーズたちに渡してきた。
他国からジャーバルに帰省する人、はたまた観光に来た人。そのどれもが少なく、空港内は比較的空いていた。
入国理由を詳しく聞かれ、壊斗とエメルは、長い検査の後、無事に開放された。しかし当然、円香もチェックされることに。まずは、顔写真と素顔をじっくりと照合する。
「こ、この子、寝ちゃってて……起こさないようにしていただけると……」
「……そうですか。では、失礼します」
検査員は容赦なく円香のポケットをまさぐり、中を確認した。
円香が体中を検査されている最中、二人は冷や汗が止まらなかった。
「確認しました。お通りください」
二人はホッと胸を撫で下ろした。
空港から出た瞬間、懐かしい景色が広がっており、二人は色々なことを思い出して感極まって泣きそうになってしまった。
「よし、行こう」
「うん……!」
とりあえず人の数が少なくなる所まで歩いた二人は、道の途中で立ち止まる。
「予定通り、ここからは俺が走る。エメルは、おんぶでいいか?」
「うん!」
「俺は円香を支えなきゃいけない。だから、しっかりしがみついててくれ。キツくなったらいつでも言ってくれよ?」
「分かった!」
壊斗は円香をお姫様抱っこし、エメルを背負った状態で走り出した。
そこから壊斗は、走り続けた。前もって決めていた作戦通り、体力の限界に近づく度に、エメルから回復を掛けてもらい、体力と疲労を回復した壊斗が再び走り出す。二人ともにとって多少過酷ではあるが、車なんかよりも都合良く、半永久的に進める。邪魔になる車の無いジャーバルだからこそ出来る芸当だった。
適度に休息を取りつつ、約一日が経過した。
「ここら辺は街灯も無くて暗ぇな。どうする? どっか泊まってくか?」
「私はカイトに合わせるよ!」
「俺的には、夜のうちに城付近まで進んでおきたいとは思ってるけど、無理しなくていいぞ」
「ううん。私の体は、自動的に自己回復してるから、全然平気だよ」
「そうか……じゃあ、行こう」
ただ、このままじゃ流石に暗すぎるとのことで、壊斗はエメルに、ポーチから懐中電灯を取り出すようお願いをした。エメルは言われた通りに壊斗のポーチから片手で持てるほどの大きさの懐中電灯を取り出すと。
「持ち手側を俺の口に突っ込んでくれ」
そうお願いされたエメルは、少しビックリしたが、言われた通りに懐中電灯を咥えさせた。
「はんきゅー」
そこから、絶え間なく走り続けてから丸一日が経過し、明け方を迎えた。太陽が顔を出してきた頃。
「よし、着いたな」
「え、ここは……どこ?」
エメルは辺りを見渡してみるが、全く見覚えのない場所だった。そこにら、古民家がポツリと建っているだけで、城まではあと少しの所だった。
壊斗はエメルに降りてもらい、戸を叩くと、中から図体のでかい男が出てきた。
「……お前が壊斗か。芹沢から一報は貰ってるぞ」
「朝早くにすみません。ありがとうございます」
「いや、丁度畑仕事に出るところだった」
自分だけ除け者にされている気がしてならなかったエメルは、壊斗の裾を引っ張る。
「この人は……」
エメルは壊斗の耳元でそう囁く。
「城戸一道さん。芹沢さんからの紹介で、身を潜められる安全な場所を提供してくれることになったんだ」
「安全な場所って……」
壊斗は、だから。と食い気味にエメルの言葉を遮り、一方的な話を始める。
「だから、エメルにはここで待機してて欲しい。大人数で押しかけたって仕方ないだろ?」
壊斗は引き攣った笑顔でそう言った。冷や汗を流しながら。
「大人数って、私だけじゃ……」
「頼む。……ちゃんと帰ってくるから」
肩に手を置いて、真剣な表情で頼み事をした。だが、エメルの答えは。
「嫌」
エメルにしては珍しく、きっぱりとそう断る。
「どうして」
「壊斗の言葉の意図が分からないほど、私はバカじゃないよ」
「……なら、分かるだろ。俺とエメルで報告に行った時、激昂した右月さんが狙うのは、俺じゃない」
「自分の大切なものを奪われた人間は、奪った側じゃなく、そいつの大切なものを奪おうとする。そういう事だから、分かって欲しい」
「分からないよ……分かりたくないよ!」
「城戸さん。頼みます」
その言葉に、城戸は小さく頷く。その瞬間、壊斗は円香を背負ったままその場から走り去った。
「───カイトッ!!」
城戸は、壊斗のことを必死に追い掛けようとするエメルを制圧した。
「多少手荒になってでも、東雲城には行かせるなと伝えられている。手加減をするつもりもない」
「離してッ!! 嫌ッ!!!」
「待て、冷静になれ。これは壊斗の選択だ。お前はそれを蔑ろにしようって言うのか?」
考えていたよりも壮絶な暴れ方に、力ではなく言葉で説得しようと試みた。
「嘘つき!! 勝手に居なくならないって言ったのに!! カイトは、カイトは間違ってるよッ!! 一人で行っちゃったら、カイトはきっと───ッ!!」
エメルは今まで出したことの無い程大きな声で叫び、目に涙を浮かべて振り切った。
「こ、この餓鬼……」
振り切られた手に痺れを感じ、一瞬離してしまった。が、走り出したエメルに飛びつき、羽交い締めにした。
「駄目だッ! 堪えろッ!!」
「離さないと、舌噛み切ってやるッ!!」
「そこまでして───ッ!!」
数秒もしないうちに、地面にポタポタと滴り落ちる血を見た城戸は、思わず力を緩めてしまった。エメルはその隙に抜け出し、走り出し様に城戸の方を振り向いた。
「べっ!」
目に涙を浮かべながらも、やってやった。と言わんばかりの表情で舌を出した。
城戸は、再び捕まえようとしたその手を引いた。
「……芹沢さん、壊斗、すまない。だが、あの子なら、きっと……」
思わず尻もちを着いてしまった城戸は、走り去っていくエメルを見つめながら、そう呟いた。




