四十一話「前日譚」
――江戸よりもそれなりに北西方向にある山々に囲まれた平地に三柱は立っていた。正に夏真っ盛りのこの頃は天候に意識を向ければ快晴で、随分と温度を持った風が草原の緑を優しく舐めている。もうしばらくすれば鮮血が辺り一帯を風化してその名に負けるまで濡らす事を考えなければ、美しく雅な光景だ。
「さて、御三方は江戸の方でゆっくりと休まれましたかな?」
江戸へと出発する前に気付けば姿を消していた団三郎が数人の部下を引き連れどこからともなくのらりくらりと現れた。
「ああ、とても心地よいな、あそこは。いつもの長閑な沢も良いがやはりこの鬼の血は喧騒の方を好むらしい。」
手をにぎにぎして体への馴染みを吞乃は示す。
「いくらそう願っても吞乃様はそう表には出れない存在なのですが。」
「そう言ってくれるなタチガミ。私の力と智慧の至らずが故だ。不満があるなら許してくれ。」
茶化すタチガミに対して少し怒り気味に吞乃は答えた。どうやら彼女の立場には少し重たいしがらみがありそうだ。
「まあ今更に吞乃様へと不満を述べる者もおらんだろうて。そんな事よりも今は春の雪が溶けだした頃に京を出た人間どもがもうすぐそこまで来ている事を案ずるべきだろう?」
「済まない、少し看過できなくてな。それに関しては当然ながらそうに決まっているさ。」
少し雰囲気が悪くなるかと思われた先に団三郎が気を利かせて間を取り持った。癖のある部下を持つとこういう事が得意になるのだろうか。流石の親分肌だ。空気が元に戻ったところでまた冷静に吞乃が事を伝える。
「魔族側に関してだがどうにも今回、魔族はあの蝙蝠男が指揮を執るはずだ。まあ数が必要だからそうなるはずが今回は魔族も相当な数を相手にする必要があると思われる。あの女天狗が誰を連れてきたかによって大分難易度が変わるぞ。まあおおよそ検討は付いているが、な――」
そうやって吞乃は西方へと目を見やった。するとそちらから四人の男と一人の女がこちらへと向かってくる。皆良い体つきをした美男美女ばかりだ。それを確認した吞乃は満面の笑みを浮かべる。
「やはり分かっているではないかあの女天狗!何も言わずとも最も来る理由があって、更には力を持つものを連れてきてくれた!」
「吞乃様、茨城童子、あの時の恩を返しに今この場にはせ参じました。」
そう、この五人組こそ鵺同様に都を恐怖に沈める恐ろしき鬼達である酒吞童子とその一味の四天王である。あの時の恐ろしき鬼の姿ではなく人に化けた姿なのだ。
「えっ?鬼ってもうちょっと人間から外れた姿をしていなかったか?」
「鬼には姿をいくつか持つんだ。人間に完全に化けた姿と人間と鬼の中間の姿、そうして完全な鬼の姿。まあ茨城の様に人間から鬼になったものは角や怪力は持っていても体色や体の造形は人間に近い方が落ち着く者も多いが。」
鬼の四天王の一人が薬師の質問に答える。
「それにしても先ほどの反応からするにあの天狗から我々の話を聞いていないご様子で。」
「まああいつにとって此の話をつける事は優先順位が低い任務だったんだろう。お前らがここに来るようにさえできればあとは伝える必要もないからな。」
少し不機嫌な酒吞童子に対して吞乃が答える。
「だとしたら真面目に伝言を頼んだ俺が馬鹿みたいじゃないか。まあいいさ、さて件の軍勢は何時頃ここに集う予定かな。」
「そうですねぇ。あと二日と言った所でしょうか。まあ、もう始まりますよ。」
そうしてついに、戦いの火蓋が切っておとされた――