三十九「真意」
「神を、神を、神を喰らえ。」
覚束ない足取りで魔女は行く。当ては彼女には見えているのだろうか。他人からは彼女の心中はよもや観測はおろか推測をすることさえままならない。
「此岸の彼岸に突き立つ回廊。その先に、天はある。凍くことも憚らぬ其の天よ覆い隠したるその國を、よもや私は見ようとて。硝子に烏が西日に啼いて、高ゆく箱のその並び立つ様を、写した鏡は硝子の羽で。石も意思をも知らぬ水子に邂逅せん。」
――一方で人間の軍は都を発って幾日を経て諏訪の国境へと差し掛かったところである。士気を高める為に自ら地を踏みしめ武士どもの前を進む皇に伝令が届く。
「幾つかの武士が不審な失踪を遂げたそうです。単純な事故にしては数が多く、又具体的に失われた景を知る者が居ないため何者かの介入があるかと。」
「……恐らく神隠しだろう、知り合いに少し荒事が苦手な神が居るからな。反抗の意思を示すために何人か攫ってるんだろう。安心しろ終わった後には戻ってくるはずだ。」
顔色一つ変えず皇は言ってのけた。少々数が減ったところで、よもや士気が下がろうとも困らないといった様子だ。
「――吞乃様でしょうか?」
側近は恐る恐る尋ねる。
「手を引いてるのは間違いなくそうだろうな。ただ、あの心の弱い女の事だ。私――と言うか天照大御神は自ら止めようとするだろう。あの方はどうにも信を知らない。当然だこの國において彼女を超える力を持った存在など無いのだから。信じて失うぐらいなら自ら出てくるだろうさ。吞乃様はきっと東国で出逢うことになるさ。どうせそうなる。あの女の目的は分かり易いからな。魔族も私も全部止めるつもりだろう。」
「そうですか。了解しました。」
「安心しろ、進軍に支障は出ない。出させないさ。させたら面白くないからな。で、端居霞子の様子はどうだ?私の読みだと今頃神隠しの原因を探し出そうとするあたりだ。」
「皇のご慧眼にはかないません。丁度その件に関して端居様から一度隊を離れても良いかと許可を求められております。」
「やはりか、好奇心が異常なまでに旺盛であると聞いたが、その通りだったな。許可は出すな。今回の軍行の補給地点においての自由な研究活動は認めるがその他の事態での研究活動は基本的に大きく制限を加えると伝えておけ。」
「了解致しました。」
そこでようやく淡々とした皇とその側近の会話は終わった。現人神故に幼くして慧眼を持ち合わせた皇は珍しく年相応にその先にあるであろう想像しうる快感に興奮を覚えている。早く東国へと下り待ち受けているであろう最高の神のその力に自らの動かせる最大の力をぶつけて、その力を自ら感じようと。当然彼は魔族も憎い、しかし今の彼とってそれは生まれつき植え込まれたその侮蔑や憤怒なんかよりも、高ぶった感情を出力しているのだ。




