三十七話「集う者」
大江山、そこ即ち鬼の巣くう魔の山である。その山の木々の間を抜けてゆく鴉羽を持った異質な人形が一つ。その影は余りに素早く、見張りの鬼達が気付く間もなく鬼達の首魁――酒吞童子とその下につく四天王のもとへとたどり着いた。
「失礼致します。」
「久々に烏天狗を見たが、あんまり行儀が良いとは言えんな。もう少し落ち着いたらどうだ。」
酒吞童子は急に現れた得体の知れない女に不満があるようだ。しかし彼女は、吞乃達に最初に見せた恥ずかしげなど知らないかのように口を開く。
「ご無礼を働いて申し訳ございません。私は天狗の使者としてではなく、吞乃様の使者してやって参りました。」
「ほう?吞乃様とな。あの方が我々に使者を遣わすとは珍しい。一体何と仰られたのだ。」
「先ず一つとして貴方に伝える事は今人間が魔族へと攻め込まんとしています。」
「成程、最近武士どもの動きが活発だったのが少し引っかかっていたが、そう言う事なのか、腑に落ちた。それで、二つ目は何だ?」
「軍が動くだけでなく、皇が動きます。恐らく天照を連れて。」
天狗が口にしたその二文、たったそれだけで名前を出しただけでそこらの妖怪、それだけでなく、下手な国津神も恐れおののく酒吞童子が、息を呑んだ。そうして、恐る恐るに口を開く。
「それで、吞乃様は何と……?」
「曰く『私等は天照の相手をする事になったからお前らでこっちが人間減らした分魔族との均衡をとれ』とのこと。」
「成程な……吞乃様も中々厳しい事を仰られる。今から東に下るのも中々に厳しいと言うのに。」
酒吞童子は深く溜息を吐いてそう言った。
「しかしまあ、あの方には狐との揉め事の時丸く収めてもらった恩があるから、行くんだがな。なぁ?茨城。」
酒吞童子は後に控える四天王の中の紅一点に目配せを行った。
「勿論。吞乃様が我らを呼ばれたならばはせ参じるまでだ。」
「とまあ、俺の伴侶がそう言うんだ。吞乃様にもそう伝えておいてくれ。」
「了解いたしました。」
そう言いうと女天狗は飛び去って行った。
「せっかちなもんだな。」
酒吞童子はそう言った。
――さて、ここは諏訪の土着の神のおわせる社。その大型の社の屋根の上に座り込んで酒を嗜んでいた。傍らには大国主命のその子孫、タケミナカタの魂の器の蛇が三日の月夜に思いをはせていた。そうして過ごしていた中、突如として蛇の挙動が不審になった。
「?。どうしたと言うのだタケミナカタ。今宵は風の落ち着いた良い日だ。よもや憂う事もなかろう……て……と。」
その時彼女の体の中に風が吹いた。不穏と、喜びの混ざる新しい風が。
「成程な、吾の腑に落ちたぞ。掴みたいのだなタケミナカタ、神器の剣――草薙剣を。良いだろう、どうせ吞乃もいるだろう。久々に体を貸してやろうじゃないか。」
未来を語らう二つの存在は、いつもより喧しく、酒を飲んでいた。