三十五話「知るもの」
到天京――天へと到るその名を冠する都にて、魔族への侵攻に向けて兵たちがそれぞれの武芸の研鑽に励んでいる様子を見る女が二人。そう、魔術による補給を担当する端居霞子とその師だ。横に並ぶ師弟は目を合わせずに思考をに耽る。
「端居よ、皇に頼まれた研究の件。私が怪しいと思っているのは、あの神だ。あの、嵐の中、鵺と対峙していた付喪神、それと神格の分からない二柱。奴らが怪しい。私の調べた限り、ここは天津の土地だ。国津神は本来立ち入る訳がない。奪われた国を奪い取るにしてももう少しやり方はあるだろうしな。それに、あの神に関する記述が一切見つからないのと鵺を倒した事に宮中の奴らが一切の反応を示さなかったのも怪しい。本来なら恐怖から救い出してもらった人間は救世主を讃え崇めるはずだ、があの時は本当に何事もなかったのように話が進んでいた。主役の消えた宴会でも何食わぬ顔で九尾の狐が死んだことを喜んでいた。よもや狂気の沙汰だったな。恐らくあの皇は全てを知った上で私等に命令したんだろう……食えん奴だ。」
研鑽に勤しむ武士たちを眺めながら師はそう語る。
「あの時は確かに可笑しかったですね。最も豪華な食事の置かれた席が空席だろうと何事もなかったかのように喜びを分かち合っていましたから。それに、幻覚を見ている訳でも存在を忘れた訳でもなく。消されたことを知った上ででしょうね。」
「だろうな。」
そう、何者かに認識を改竄され、その狂気に気付かなかったのではなく。何者かにかの武士が殺され、九尾の狐の首が奪われた事を知った上で宴会を続けていたのだ。端居達が少し探りを入れていくつかの質問をしたが、それは明らかだった。
「先生はどなたが知っていると思いますか?」
端居が疑問を投げかける。師は少し悩んで言の葉を紡ぐ。
「恐らくあの女神だな。男神はどこか何かを恐れているのか、緊張している素振りが見えた。多くの事を知っているのは女神だろう。」
「そうですか。」
「さて、弟子に追い抜かれるわけにも、その学説を潰すわけにもいかんから、私は先んじて動かさせてもらをうかね。」
「そうですか、それではまた、戦から帰る頃に。」
――一方宮中の奥のその更に奥にある皇のおわせる間では、背の高い長髪の女と皇が話し合っていた。
「良いの?少し分かり易過ぎたんじゃない?あの魔女の頭は悪くないわよ。鵺退治に手を貸したことで得たであろう状況証拠とか第六感ですぐに嗅ぎつけられちゃうかもしてないわ。水城ちゃんに怒られない?」
女は少し不安げに皇に問うた。
「心配するな天照命あいつらがそれを知ったところで何になるって言うんだ。ただの子供らしい悪戯だよ。」
「ただの子供が水城ちゃんと一緒に悪だくみできるわけがないじゃない。それと何で命付で呼ぶの?確かに敬称ではあるけど他の者たちが言うように大御神呼びしてくれないの?」
女は頬を膨らませて抗議する。
「私が大御神と呼ぶ女神は一柱だけですよ。天津の高原を復元し、神と妖の存在を蘇らせた神。ただその一柱だよ。」
「私の母も父も『命』が敬称よ、別に大御神は最高神にだけつける物ではないじゃない。」
「気分ですよ。」
「そう……別に何とでも呼んでくれていいんだけどさ。」
「分かりましたよ天照命。」
「やっぱりなれないわね……」