三十二話「西の鬼」
木造の浴場は余りに広く、少なくとも向こうの壁までは少し早めに歩いて五分程度はかかりそうだ。
(思ってた以上にデカいな……取り敢えず手ごろな湯船に浸かるか。)
浴場には京に居た妖怪とはまた別の妖怪が多く居た。垢嘗めなど京の方では畏れられていない妖怪もこちらでは見受けられる。
「へひ~。気持ちいいなあ……。」
湯船に浸かり情けない声を上げて湯船に張られた温泉で休息をする。風呂を堪能する薬師だがここでとある異変が起きる。
「うわっ!これ気ぃ抜いたらここのお湯と同化するわ。危ない危ない。」
どうやら気を抜きすぎるのも危険なようだ。そんな薬師にタチガミがおもむろに話しかける。
「さて、今回の人間の進軍について実はおかしな点が一つあるんです。」
「へえ。と言うと?あれか、京の寂しさに対して人間の数が多すぎるとでもい言うのか?」
「そんなものはそこらの集落から招集すればいいんですよ。大体どこにでも武芸にある程度通じている者はいるので。それよりも帝が不審なんですよ。吞乃様も言っていた通り我々は第三勢力として人間と魔族の均衡を保っています。そして京の帝は代々吞乃様とは友好な関係を気付かれてこられました。何故人間側から吞乃様の面倒事を増やすような行動に出たのかが不可解としか言いようがありません。」
「……そうだったのか。何かしらの感情が働いたんじゃないのか?吞乃は関係なくてもそれ以外の神や妖怪、それこそ魔族に対する感情で動たかもしれない。あの皇だって子供じゃないか。」
「聡明なあの人にそんなことがあるんですかね……。いや、でもあの人はつかみどころが無いのでそうかもしれませんね。」
「だろう?」
「成程ですね……まあ、どれだけ不可解でも直に聞かなければ分からないものなのでどうしようもなくあるんですけどね。」
「そうか、まあ今はゆっくり休むとするか。」
「ですね。」
そうして、湯船に浸かって少し経った頃、筋骨隆々の男――恐らく鬼だろうか、しかし頭が牛のそれになっているものが湯船に浸かり、彼らに話しかけた。
「タチガミじゃないか。こっちに来たんだな。」
「おお、牛鬼ですか。西の方の姿ばかり見てたので気付きませんでしたよ。」
「ハハ、確かにこっちじゃ俺は大して信仰されてないからな。それよりも聞いたぜ?今回の件、お前らの所の河童が動くそうじゃないか。最近になって河童はこっちでの信仰が主流だからな、期待してるぜ。」
「それはそれはどうも。心強い味方も付いてますしご期待に添えると思いますよ。」
そう言ってタチガミは微笑んだ。
「しかし、お前らのとこも大変だなぁ。この国で起きた面倒事殆どに首突っ込んでるじゃないか。」
「仕方ありませんよ。吞乃様がそれを選びましたし。皆納得したうえで吞乃様について行ってるんですよ。」
「そりゃそうだ。だが何でお前は吞乃様について行くんだ?お前があの人に恩が無いとは言わないが、それでも古い者たちの方が恩を実感しやすいだろう?」
「そうですねぇ……ただの興味と言えばそれまででしょうけど。それでも何と言うか彼女の人柄に惹かれるんでしょうね。」
「ガハハハッ、確かにな!あの人の人柄は好む者は多いだろうな!なんてったて俺もそうだからな!」
牛鬼は豪快に笑う。まだしばらく仲睦まじい会話は続きそうだ。