三十一話「江戸の隠れ里」
――江戸にある隠れ里は西のそれとは活気が全く持って違っていた。大した照明は在らず、光は夜に浮かぶ月明りに頼るばかりだった西の隠れ里に対し、江戸にある隠れ里には規則正しく一列に釣り浮かべられている提灯が赤から橙の中間のような光を発していた。
(……今気づいたが、神って言うのは夜目が利くもんなんだな、西の方の何者のあかりの無い中でも視野が確保されてたし。……この体にはまだまだ気付いてない特性がありそうだな……)
「どうしたんだ?そんな難しい顔して、羽を伸ばせるのは数日だぞ。そっから先は魔物どもと人間との三つ巴の大混戦だ。さらにこの戦いは必ず我々が一人勝ちしなければならない。人と魔族、どちらが勝とうが我々の存在に支障をきたすからだ。」
「片方に肩入れ出来たらまだマシだったんですけどねえ……。」
タチガミが珍しく感情がこもったしみじみとした言い方をする。
「まあ、仕方ない。そういう存在の仕方を選んでしまったんだ。選んだ責任は私等自身で取らなければならんだろう?」
「まあ、そうですね。」
「さ、こんな辛気臭い話はおしまいだ!今はこの場所を楽しもうじゃないか!」
吞乃は前へと駆け出し、こちらに振り向いて、手をこまねいた。
「……確かにそうだな!」
「そうですね。」
吞乃のその言葉に呼応して二柱は隠れ里へと入っていった。簡単な宿泊施設と軽食屋しかなかった京の隠れ里に比べて、やはり店の種類が多い特に目立つのが賭場や劇場と言った娯楽施設だ。
「あれ……ここって銭湯じゃないか!なあここにしないか?」
幾ら勤め先が厳しかったとはいえ彼も元々は日本国の一般市民、当然毎日の如く湯船に浸かっていた。が、こっちに来てからは湯船とはご無沙汰だった、銭湯を見てあの感覚を久々に味わいたくなったのだろう。尤もこっちに来てからは余りの目まぐるしさに落ち着いて何かに興じる事もなかったので気にすることもなかったが。
「銭湯ですか、いいですね。私は錆びないかが少し心配ですけどね。」
「悪くない判断じゃないか。私等の根源は水だからな。それと少しばかりの海水。」
「船に海水が入るのは割と不味くないですか?」
タチガミが半笑いで指摘する。
「安心しろ、湯船の中身を潮汁にする気は一切ない。それに私等の海神としての信仰はあまり主流でないからな。……っとそんな事はどうでもいい、さっさと風呂に入ろう。」
銭湯は薬師が生きていた場所のようなものと大きな差はないようで。しかし、銭湯と言われるよりも旅館の大衆浴場に近いものだった。そして、薬師はそこで初めて笠を外したタチガミを見ることになった。目鼻立ちの整った顔は中性的で、余裕のある直衣の上からでは分からなかった想像以上に華奢な体つきと腰程度まで伸びた神も相まって、女性的にも見える。
「思ったより華奢なんだな、刀の付喪神って言うんもんだからもっと筋骨隆々だと思ってたから少し意外だな。」
「ふふ、縁を切るのに必要なのは腕の力ではなく敏慧な目ですからね。さあ、行きますよ。」
髪を結び終えた促され、浴場へと足を踏み入れた。
久々後書き。最近モチベがヤベーイので、誰か感想か評価を下さい(切実)