二十八話「学徒」
――端居霞子は師匠と共に皇に謁見していた。跪く端居に対して仁王立ちの魔女に周りの役人はあまり良い顔はしていないが、皇は特に気にしていないようだ。
「いかがなさいましたか、帝。」
「皇サマがアタシらを呼ぶなんて珍しんね。どうされたんですか?」
年端も行かない皇の幼声が発される。
「そうだな……まず、吾等が魔族へ兵を進める事を画策している事は知っているな?」
本来魔族側の者である魔女に対して気兼ねせずにこの問いを投げかけることが出来るのは、信頼ゆえだろうか。
「はい。」
当然端居霞子は答える。ここでいいえと言おうともその事実は先生に伝わっているのだから。当の魔女の反応はと言うと、
「知ってるさ。学会の翁からきいたさ。まあ、好きにすると良いです。」
「そうか、そう言ってもらえると助かる。それで聞きたいことが一つある、そこの学徒――つまり端居霞子はどれ程の魔法を使うことが出来るようになったんだ?」
「……ああ、成程。そうさね、おうよそ十二分な程でしょう、それこそ兵隊として連れて行こうものなら特級の戦果を挙げるほどには。」
その言葉に皇は優雅に且つ大きく口角を上げた。
「話が早くて助かる。ならば、端居霞子よ、お前は新たな学説を唱えたそうではないか、曰く今日の日に発掘された遺物はすべて魔法ではない何かで動いたと、これが本当なら興味深い。そこでだ端居、本当の魔物――魔女よりももっと高位の魔物の魔法を見てみると良い、人の世で見る物とは桁が違う、その上で、その学説を固めるために軍の進路上にある遺物を探してみろ。」
「――当然それだけじゃないんだろうよね?流石に余り支持の得られてない新説に対して破格すぎる。それに、私の話が早くないじゃないか。」
魔女が静かに指摘する。
「そんなに焦らないでもらおう、当然ながら此の方が与えるばかりではない。端居には水を中心とした補給を行ってもらう、基本的には前線に出る必要はないが有事の際は駆り出させてもらう。……さて、これで以上だ。何かあるか?」
「本当にそれだけでいいのか?軍の中で兵器として運用するぐらいのものを想像していたんだけれんども。そんなの別の奴で良いじゃないか。まだ腹に何か抱えているなら吐いてくんれ。」
「……そうだな、一つ言っておくと、水を中心とした補給を行う事、有事の際には前線に出る事、これらに加えて、新説の基盤を固めることも吾の勅命だ。当然失敗はしないでもらおう。吾はその端居の新説のその先にある世界――古代を見てみたいのだよ。ただ、それだけだ。ついでに補給と兵器の役割も負ってくれたら運が良い。その程度の命令だ。」
「……私としては、これ以上ない喜びです。帝のその御口から私の説への期待がい出された手前私は成果を持ち帰らぬ事はしませぬ。学徒として、また兵ととして、帝のその軍へ私を編入して下さい!」
ここまで黙っていた端居が声を出す。自らを統べる皇の期待に背くわけにもいかない、そしてまた、新説に関して自らに与えられた絶好の機会であると。それは研究の道に立つ彼女にとって、最も喜ぶべき所であり、よもや失敗など目に入っていなかった。そして皇はクツクツと笑いながら口を開く。
「そうか。そうなると思っていた。弟子の喜びは師の喜びだろう?端居は貰っていくぞ。安心しろ必ず返してやるさ。」
「皇様は中々に強いお方だな。本当に未だ元服なさって無いのが驚きだ。」
魔女は純粋な賞賛を口にした。
「一応、為政者にあるからな。当然だ。」
「そうですか……」
そうしてしばらくして、端居とその師が退室した後、皇もまた自室に戻られた。謁見の間の御簾の奥の奥の皇の部屋は鏡が一つあるだけの無機質な部屋である。その部屋で皇は口を開く。
「天照命、おられますか。」
すると部屋のどこからともなく、長い黒髪を後ろでまとめて、純白の衣をまとった女性が皇の後ろに現れた。
「勿論。いるわよ。何かしら。」
「今度、力を貸して下さりませんか?」
「いいわよ、ただ吞乃ちゃんは大丈夫なの?」
「分かりません。ただ、あの方々とは仲良くしていきたいですね。」
その言葉を聞いて天照大御神は微笑んだ。
「口と体の動きがあってないわよ。まあでも、私は貴方の、その何でも腹に溜め込むところも含めて、愛しているわ。」