二十七話「今」
「……さて、どうするか。」
吞乃は祠のすぐ横の岩の上で胡坐をかき、いつもより少しばかり深刻げな様子で、指で岩をつつききながら考えていた。
「おっ?一体何を考えているんだ?河童たちへの頼み事は終えたじゃないか、もう憂いは無いだろう?」
様子を見に来た薬師が尋ねる。
「……ん?いや、それがだな、河童どもの行先が中々に決まらなくてな。いくつかの候補があるんだが、それぞれの利点がある。どちらの方がより効果的かを考えているのさ。」
「そんなの実際の様子を見ないと分からんだろ?あいつらの仕事は補給の妨害と物資の破壊だ、それだったら何が足りてないのかを知る必要があるだろ?」
「それは正にその通り。だがしかしだ、もう実際に調査をする時間は無い、貴重な頭数を割いて、こっちが負ければまず意味がない、一体どうしたものか……まあ一応手はあるんだが……」
そう言った問答をしていると、噂をすればと言わんばかりに河童の組織をまとめ上げる平蔵がやって来た。
「失礼します。」
「おっと。丁度いい。なあ平蔵、お前は、私の指示が無くても十分に仕事をこなすことが出来るか?」
平蔵は突然の吞乃の質問に面を喰らった。少しの間祠の空間は沈黙で満たされた。
「……?何をお尋ねになさるのです吞乃様、我々はいつまでも貴方様の加護の庇護下に在るわけでは無いのです。当然貴方様のお役に立つために、我々は自らの力の研鑽に励んでおります。故に、その答えを言うのならば。当然『可能です』と」
その言葉を聞いて吞乃は少し驚き、そして微笑んだ。
「そうか、悪かったな。私はあんた等を舐め腐ってたようだな、いつまでも親鳥気分であれやこれやする必要もないという事か……、私があんた等に出会った時、あの『今』はもう失われてしまったのか。いつの世も時とは残酷なものだな。これほどまでに停滞しているというのに。」
彼女は感傷のより奥深くへと浸っていた。あの時の『今』と今は違う事をかみしめながら。長い長い停滞の中、終わらない今を生きようとする妖怪と神にとって、その二つの現在の差異を突きつけられる事はとても残酷な事なのだろう。
「――申し訳ない、少し自分事を話過ぎたな。さて、さっきあれだけ自分には出来ると豪語したんだ、しくじるなよ。平蔵よ。」
「当然です。雛鳥はいつか親鳥になる日が来るのですから。残酷と言うべきか、それとも――いえ何も言わないでおきましょう。」
クツクツと笑いながら吞乃は口を開く。
「そうか、そうなのか。さあもう行くが良い、自らのその研鑽した力を振るい、為すべきことを為すと良い!」
そう言って、吞乃は平蔵をできる限りの鼓舞をして送り出した。その背中横顔は何処かさみしさと悲しさを孕んでいた、だが、すぐに吞乃は思考を切り替えたのか、感傷的な空気が引き締まり、戦に向けた思案が再開された。それに対して一方タチガミは人の軍が進む進路上に軍が来ることを伝えて回り作物の作り置きを作っておくことを促した。人が食糧不足で撤退して、兵站の面から軍力が大きく下がり人と魔族との均衡が崩れるのを防ぐためだ。様々な面と広い地域での信仰が行われているタチガミはこの仕事に適任なのである。
「吾も動くべきかな?のう、タケミナカタよ。彼の天津神に負けたお前でも、まだ戦いと言うのは血沸き肉躍るハレの日と言うのか?あゝ、お前がそれを望むなら、良いだろう、私の重い腰を上げてやろうじゃないか。」
冗談交じりで墓の前で蛇と酒を酌み交わすモレヤ神は、じっと何かを見据えていた。戦場は恐らく岩城の国、ここから三者三様の陰謀渦巻く大戦がはじまり、この先の歴史の小さな火種となるのであった。