とうとい略奪品(エルグニヴァル)
その箱を、エルグニヴァルは丁寧な手つきで撫でた。そうして、不釣り合いなほど頑丈な錠前を開ける。
真紅のビロードが僅かな弛みも隙間もなく張られた中にあったのは、真珠の首飾りと見間違うほど柔らかく輝く頭髪だった。
まさしくネックレスのように、きれいな円形の溝に沿って安置されるその長い髪を、エルグニヴァルは目を細めて眺める。絞られた灯りを反射するその秋空色の目は、まるで蕩けていく飴のようにも見える。
濃いオレンジの絹のリボンでまとめられたその一房を手に取ったエルグニヴァルは、ゆっくり――細心の注意を払いながら持ち上げたそれに、そぉっと口付けを落とした。
「……貴様は、生きている…」
それでも、エルグニヴァルにとっては遺髪同然であった。心とやらを慰めるものという意味では、同じ役目を果たすものだった。
その気になれば、髪だけでなく、体だってすぐに手に入る。それでも、『その気に』ならないのは、そうではないと思ったからだ。
脈打つ心臓に肌、軍服越しに触れて、同じ場所にあるとされる心が、欲しいと思ったからだ。
髪をそぉっと箱の中へ戻したエルグニヴァルは、その手で自分の演算珠に触れる。機構の奥深くで灯るサファイアを感じ、また自然と目が細まった。
髪も、星座石も、無理やり奪ったわけではない。
結えるほどの長さがあった髪は、魔力熱や爆炎でちぢれていたし、治療のためにやむを得ず切ることになったのだ。
『バイカラー』――『宵の薄明』に覚醒する前の魔力値で割り当てられた星座石では、サブストーンとしてならまだしも、メインストーンとしてはきっと今後役目を果たせない。
どちらも、何もかも、必要だった。
それでも、とエルグニヴァルは一瞬、喉奥に詰まるような痛みを感じる。
(…それでも、お前は…お前は、どう思うのだろうか)
エルグニヴァルにとって、万人の賞賛に価値は感じなかった。
ただ一人。この髪の、このサファイアの元の持ち主の言葉が、感情が。それだけが気がかりだった。
知られるつもりもない。知らせるつもりもない。それでも、もし。もしも。自分のこの行為が漏れてしまったら。
「……お前は、貴様は…なんと、いうのだろう…」
あの声でなじるのだろうか。あの目でさげすむのだろうか。
人間の感情や心に興味関心がないエルグニヴァルではあるが、この行為が、例え好意と呼ばれる感情に起因したものだとしても、受け入れるものが少数であることは知っているし分かっている。
シミュレーションして、エルグニヴァルはまたもや喉奥の詰まるような痛みに苛まれた。ついでとばかりに胸の辺りにも痛みを感じて、演算珠を握り押さえつける。
「…っく、…」
噛み締めた歯の奥から漏れ出た音は、苦悶だったのか、笑みだったのか。
(21/11/21)