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▼エルグニヴァルとハノーニアの日常のひとコマ


 メイド服。それはある種のロマンの結晶、ともいえるだろう。おぼろげだが残っている現代日本の前世の記憶にあるそれは、確かに人気を確立していた。可愛いと、素敵だと、浮かれぎみにもはや顔も声も思い出せない当時の友人との話題にのぼっていた。

 だがしかし。だがしかし、だ。


「…私じゃ、ないんじゃないかなぁ」


 曇りひとつない姿見で己の姿を確認したハノーニアは、ほぇと間抜けな溜め息を吐く。

 紺色のロングワンピースは華美なく質素だが、機能的な美しさがある。真っ白いエプロンは胸元から膝辺りまでの広範囲をしっかり覆い、職務上の危険や汚れからの防御に役立ってくれるだろう。編み上げブーツと共に足元を包む黒タイツは80デニール以上の厚さでもって、ハノーニアの『名誉の勲章』とも言える数々の傷痕を柔らかく隠してくれる。


(そういや、前世の本場の…本物の?メイドさんたちのタイツも、確か傷隠しの意味もあったんじゃなかったっけ…)


 相変わらず雑学だけはポンポン思い出す頭にまたもや溜め息がこぼれた。原作ゲームについて思い出してくれたら、攻略――もとい今後の世界情勢についてどんなにか有益だろう。


(まぁ、私が使えるとも思えんが)


 自分は使う側の人間ではなく、使われる側の人間だ。ハノーニアはそう頷いて、そうするとやはりメイド服を着ても問題ないのでは?と現状に流されそうになる。


「ハッ! いや、違う。私これでも軍人兵士」

「えぇそうです。ですが、お似合いですよノイゼンヴェール様」

「シジルゼート少将…」


 本職本物の侍女に通されて入室してきたシジルゼートを敬礼して出迎えたハノーニアだったが。


「そこは、ほら。カーテシーで」

「………はい」


 にっこり笑ったシジルゼートにウインク付きで促され、ハノーニアはカーテシーで出迎え直す。


「ふぅむ…よいですなぁ。普段軍服という鉄壁で覆い守られている柔らかい曲線やそのおみ足を拝見できるのは、やはり格別です」

「光栄です」


 現代(前世)だったら確実にセクハラ問題でオー人事オー人事な案件だが、ここは近代西洋に似た異世界。駄目押しするなら、軍である。前世よりも男女平等が進んでいる気はすれど、やはりまだまだ男社会の真っ只中。故に、ハノーニアはお辞儀を返すにとどめる。シジルゼートに下心がないことを分かっているのもある。ウインクが上手で素敵なこのイケオジ将校は言うまでもなくモテモテなので、わざわざ性別不明と名高いハノーニアを相手にしなくてもいいのである。


「あぁ、勿論、今の言葉はオフレコで。何卒よろしくお願いいたします。

 小官、まだ命は惜しいので」

「――ならば、早く出ていくのだな。わたしの機嫌のいい内に」


 扉が開かれると同時に聞こえたエルグニヴァルの声に、ハノーニアは飛び上がった。シジルゼートは流石というか、驚きに目を見張ったのは一瞬で、すぐさま臣下の礼をとって脇に下がる。


「念のため言っておくが…わたしより先にこれの新しい姿を見ること、許されていると思わぬことだ」

「ハッ。心しております」

「ふん」


 エルグニヴァルは手で払い、シジルゼートはそれに従って音も静に退室する。


「(ご ゆ っ く り)」


 扉を閉める間際。シジルゼートが口パクで言った言葉を読み取れてしまった自分を罵りたくて仕方なかったが、それよりも目の前に佇んだエルグニヴァルが最優先事項だとハノーニアは姿勢をただす。

 秋空のように澄み渡った空色の目で頭から爪先までジィッと眺められて、ハノーニアは居たたまれなくなる。侍女たちに倣ってへそ辺りで組んだ手で、ついエプロンを握り締めてしまった。


「あぁ、わたしのハノーニア。とても、可愛らしいな。こんな姿で給仕をされたならば、だれも彼もがたちどころに惚れ込んでしまうだろう」

「そんな、滅相も、ございません」


 頬を撫でながら微笑むエルグニヴァルに、心臓をバクバクさせながらハノーニアはやっとのことで答えた。


「閣下、だけです」


 付け加えた事実に、勇気を振り絞ってもうひとつ。


「…閣下、あなた様、だけです…。

 …小官が、私が、お仕えしたいのは。給仕だろうが弾除けだろうが、でき得ることすべてを捧げたいのは。

 閣下、だけです」


 空色の目を見開き、数回瞬いた後、エルグニヴァルはハノーニアを抱き締めた。

 軍の最高官職といえど、おそらく脱いだらすごい――鍛えられている体でもって、エルグニヴァルは男性の平均身長はあるハノーニアを軽々と抱え、まるで踊るようにくるくると回る。


「あわっ、あわわわわ!? かっ、閣下ぁ!?」


 咄嗟のことでしっかりエルグニヴァルに掴まりあまつさえ身を寄せてしまったハノーニアは、しかし幸か不幸かそれに気づかず、ただ情けなく叫ぶ。


「ふ、ふふ、ははははははっ!」


 エルグニヴァルの柔らかい笑い声に、ハノーニアは彼の顔を覗き込む。

 声と同じく、柔らかく細められた空色の目と視線があって、心臓辺りがきゅうっと締め付けられたような感じがした。


「そうか。そうか、わたしだけか」

「っ、はい!」

「そうか…そうか。あぁ、わたしの可愛いハノーニア…。

 …わたしも、早くお前のものになりたい」

「っ」


 鼻先をツンと合わされて囁かれた言葉に、ハノーニアは息の呑む。胸の奥が苦しいのは、そのせいだ。

 吐き出せない想い、紡げない言葉のせいでは、きっとない。


(Twitter|21/05/09)

偶然にもメイドの日フライング

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