絵師ガチャなんて、失礼な言葉だと思いませんか!?
「『絵師ガチャ』なんて、失礼な言葉だと思いませんか!?」
イラストレーターの霧生花絵 はそう言った。
僕はその余りの剣幕に戸惑う。
「お、落ち着いて下さいよ、花絵さん」
これが落ち着いていられますか、と彼女はぷんぷんと怒り心頭のご様子。
「大体、そんな事言ったらこっちだって『字書きガチャ』でSSR引けるかどうか怪しいもんだって、そう言いたいですよね!」
おやおや。
余りの怒りに、話している相手がその『字書き』である事を忘れて、随分とナイーブな話題に切り込むものだ。
「あ、あはは。まぁ、僕の小説にいつも美麗なイラストを添えて下さる花絵さんには感謝していますよ」
僕がそう言って彼女をなだめると、あっ……と彼女は口に手を当て、言い過ぎましたごめんなさい、とばかりにぺこりと謝る。
「ご、ごめんなさい。先生にはいつも、お世話になっているのに。け、決して先生の作品をけなしている訳ではないですからね!?」
「分かってますって」
僕の名前は外江文則。
曲がりなりにも一応、小説を書くことを生業としている。
彼女は僕が執筆した小説の幾つかに、文字通り花を添えて頂いている。
まあ、つまり共生関係である。
彼女がいま憤っているのは、僕の小説に添えたイラストの事ではなく、別の小説に添えたイラストの話題で何やら『絵師ガチャで失敗した』みたいな意見を目にしたからだとか。
自分の評判をエゴサして、むきーっとお怒りのご様子。
「あぁムカつく! 何なのよ全く!」
「そんなにムカつくならエゴサしなきゃ良いじゃないですか」
僕は彼女にさらりと言ってみる。
すると彼女は目をむいて、ええええ?みたいな顔をする。
「そ、そういう事言いますか!? せ、先生には小説家としての承認欲求……あ、いえ、この言い方は嫌いなんですよね、ええと、ひょ、評価されたいという気持ちがないのですか!?」
「いやまぁ、それなりにありますけど。でも、ネットの、それもSNSの意見なんて、ゴミでしょ」
僕は毒を吐く。
彼女はびっくりして、呆れたように肩を落とした。
「す、すごい割り切りですね……わ、私もそんな風に言えるようになりたい……」
ううん。
小説とイラストでは、また評価されたい気持ちが異なるのかなあ。
僕はそんな風に思う。
「逆に訊きますけど、ファンレター的な、肯定的な意見ばかりを集約して出版社から貰ったりしないんですか?」
僕は尋ねるが、
「そりゃ勿論しますけど、それが私を励ましてもくれますけど、足りないのです! 駆け出しイラストレーター如きに、どれだけのファンレターが来るとお思いですか!」
はぁ、なるほど。
まぁそれを言うと僕も小説が何年もかかってようやく書籍になって、まだほんの半年とかの駆け出し小説家である。
ファンレターはおろか、感想メールだってロクに来ない。
でも僕は思う。
「まぁ、今の世の中、暇潰しは山のようにありますしね……。小説なんて斜陽文化に、どれ程の人が前のめりになってくれるか、って話ですよ」
「お、己のご職業をそこまで貶める発言をしますか……!? ぷ、プライドはないんですか、プライドは」
僕はうーん、と思案して言う。
「いやまぁ、それなりにはありますけど、自覚は必要ですよねって」
「達観してますねぇ。私には、とても無理」
彼女はスマホを鞄に放り投げ、ぐったりと机に倒れ込む。
言い忘れていたが、ここは喫茶店で、僕らはわざわざ顔を突き合わせて次の作品へのイラストをどうするかの打ち合わせなどをしていた。
ネットで全部のやり取りを済ませるような昨今では珍しいかも知れないスタイルだ。
「はぁ、私、イラスト一枚描くのに10時間以上かけて頑張ってるんですよ、それがねぇ……」
彼女の愚痴は続く。
「大変ですね。文字しか書かないから、僕にはその苦労は想像を絶しますが」
まぁ、文字書きだって、ネタ出しから構成、執筆やら推敲を全てトータルで計算すれば10時間では済まない。
とはいえ、絵を描くという行為を殆どしない自分にとってみれば、およそ理解の埒外にある途方もない努力の末に、あの美麗なイラストは出来上がっているのだろう。
「うう、先生のその言葉が今は癒し……もっと褒めて?」
「ストレートですね」
僕はあれこれと、小説家らしい語彙力の豊富さを用いて彼女を褒めそやす。
そのたびに彼女のモチベーションがぐんぐん上がっているのが表情から分かる。
「……ま、そんな訳で、花絵さんの絵はいつも僕の拙い文章から表現しきれない想像力の翼を広げて下さる訳ですから、自信を持って下さいな」
「はい! ありがとうございます!!」
彼女はニッコニコになっていた。
良かった良かった。
「いやぁ、このタイミングで先生の文章を褒めると義理みたいに思うかもですけど、私いっつも楽しく読んでいるんですよ、先生の作品を」
「ありがとうございます」
僕は義理であってもそれを言ってくれる彼女には感謝している。
実際、口だけじゃなくちゃんと文章の隅々まで読んだうえで、ここはこういう感じの挿絵にしましょうか、などと細かく訊いてくるのが嬉しい。
「あー、こういう感じでお互い信頼できている小説家とイラストレーター、どのくらい居るんでしょうねえ。界隈には絵師と字書き同士が見下し合っている、醜いやり取りがわんさかあって、私、うんざりしちゃいますよ」
「まぁ、人間関係は見下し合っているくらいが丁度いいなどという言説も罷り通っていますがね」
僕は多少シニカルな目線で、そんな事を言ってみた。
でも彼女は笑った。
「あはは、先生らしい皮肉。私に対して、そんな見下すような気持ち、持ってない癖に」
そうだ。
「花絵さんの絵と、僕の文字は、比翼連理のようなものですからね」
僕がそう言って、ちょっとした期待を込めてみると。
「ひよくれんり? ってなんでしたっけ」
がくり、と僕は肩を落とした。
ちょ、ちょっと気取った告白過ぎたかな。
でも、その意味をここで説明するのは、流石に恥ずかしい。
「あ、えーと……ま、まあいいじゃないですか。それは」
「えー教えて下さいよー。あ、調べれば良いんだ」
と言って彼女はスマホを取り出して、ひ、よ、く、れ、ん、り、っと口にしながら検索する。
「あぁ……」
恥ずかしい。一瞬で伝わらなかった以上、こういうプロセスを経ると、寒いんだよなあ。
彼女はそれを見て、ニヤリと笑った。
「……流石、小説家さんらしい、センスのある告白だこと」
「う……」
彼女の短く切り揃えた髪がふわりと揺れ、僕に近付く。
ぱっちりとした目が、すぐそこに。
「……まぁ、男女のお付き合いをするには、ちょぉっと、まだ、時間が足りないですね。とはいえ、私も先生の事は憎からず思っておりますので、そのうち、よろしくお願いします」
「は……はい」
保留? なのかな。
でも、ハッキリ断られなかっただけ、マシかな。
僕はそんな風に思った。
そして。
「じゃ、ラクガキですけど、これは個人的プレゼントです」
と彼女は何やらノートを取り出し、サラサラッと手早くイラストを描いた。
そこには。
可愛い女の子のイラストと共に、一言添えられていた。
『私も、先生の事は、好きですよ』
僕は真っ赤になって、顔を伏せる。
彼女はにひひ、と笑った。
小説家とイラストレーター。
互いが互いを支え合って。
お互いを尊敬して、モノを作り上げる。
それはこんな、一つの恋物語を生んだりも、するのかも知れない。
(終わり)
はいどーも0024でーす。
自分的になかなか恥ずかしすぎて出しにくかったネタです。
小説家、イラストレーター。
どちらも僕の『本職』であるところの『インフラエンジニア』ではないとはいえ、
『漫画家』になりたくてもなれなかった僕の『創作人間』としての後ろ暗い本音がチラホラと見える、イヤーな感じのお話を、小説というフィクションでくるんで、ギリギリ綺麗に仕上げたという、恥ずかしい話でした。
あ、今更僕は『創作家』を生業にする気はないし、小説家もイラストレーターも志す先ではないので、彼ら彼女らは『なりたい自分』ともちょっと違います。
だからかろうじて書けた内容ではありますね。
これを『漫画家』にでもしたら、恥ずかしくて死にそう。書けない。
出てくる彼女や彼は別に、特定の誰かをモデルにもしてません。
Twitterやら、まとめサイトで流れてくる『醜聞』やら『伝聞』を、それっぽくキャラに仕上げただけです。
まぁ、こういう感じの話も、たまには良かろうかと思いますね。
ではでは。