4ー②
――そんな悶々とベッドでうなり続けて早一時間。布団に潜って恨めしい声を上げていると、スマホが鳴った。
もしかして、アイツからか。
バネ仕掛けの人形もかくやと飛び起きたが、どうやら少し違うようで。揺れるスマホの画面には彼女の妹の名前があった。
一瞬、肝を冷やしたが、ホッと胸をなで下ろしてしまう。
さっきの醜態の後、何を話せば良いのかなんてわからない。こちらにも準備や覚悟が必要なのだ。
なにせ、もしかすると絶交されるかもしれないのだから。
さすがのアイツでもそこまではと思うも、一抹の不安を抱いてしまう。
『ほとほと愛想が尽きたし、大嫌いだから面と向かって言うのはムリ。だから電話で言うことにしたの』
なんて言われてみろ。
『もう二度とアタシの前に現れないでね』
を聞きながら僕は自室の窓から身を投げる自信がある。
彼女の妹が代わりに伝える方法もあるだろうが、あのマイペースな妹のことだ、我関せずでいるに違いない。さすがに伝書鳩のようには使えないだろう。
「……よし」
覚悟を決め、少しの不安を引き連れつつも、震える指先で電話に出る。
「どうかし――」
『――せに! ばーかっ!! 』
「ぁん? 」
何だって?
僕の返事が終わる前に話すものだから、はじめの方が良く聞こえなかった。だけど、――背に冷たいものが流れる。
はっきりと聞こえたバカという単語。怒気を含んだ荒々しい口調。
向こうから一方的に通話の切れたスマホを僕はベッドにおくと、力なく布団に包まった。
……もはや、考えなくてもわかる。
隣の家で、何かが起きたのだ。
いや、何かではない。間違いなく火元はアイツだ。
精神的なものだろう、久しぶりに胃がキリリと悲鳴を上げた。
きっと僕のしでかしたことで、妹にまで迷惑をかけたのだ。
激怒したまま家に帰ったアイツは、とうぜん虫の居所が悪いもんで妹にケンカをふっかけたのだろう。
布団の中で背を丸め、謝罪の言葉を連呼する。申し訳ないという気持ちに押しつぶされてしまうそうだ。
もう一度、腹が痛む。
いよいよ僕は自分のしでかしたことの恐ろしさを痛感してしまう。
あの妹がわざわざ文句を言うくらいだ。彼女が大荒れなのはイヤでも感じてしまう。
やはりアイツにとって、僕の告白は予想以上のストレスだったのだ。
なんと言って謝るべきか。僕の貧困なボキャブラリーでは、もはや言葉が見つからない。
どんな言葉を並べても、きっと煩わしく思われるだけだから。
僕は、布団から顔を出し、続けて手を伸ばす。
まずはせめてもの罪滅ぼしに、アイツの妹には謝っておこう。
けっして強敵を後回しにしたわけではない。アイツと相対するにはそれ相応の覚悟が必要なのだ。それに、
「……今更、どんな顔して会えばいいんだよ」
今日、もう何度目になるかわからない溜息の後、僕はスマホを操作した。
ただ、相手がアイツの妹とはいえ、面と向かって話す気力は今の僕にはない。きっと怒っているだろうし、これ以上の直接的な罵倒は、いよいよつらい。
だから、無難にメッセージを送ることにした。
とうぜん気の利いた言葉なんて僕が思いつくはずもなく、ただ一言。
『迷惑掛けたろ? ごめんな』
とだけ。
少しの間を開けて、スマホが音を立てた。もちろん、発信元はアイツの妹からで、
『踏んだり蹴ったりだった。土下座案件まったなし』
一緒に送られてきた画像は、台所で彼女がおばさんの腰にしがみついているところだった。
隠し撮りのような変な角度からの写真だったのだけど、一体何があったのだろうか。
まともではない光景に、ごめんと言葉が漏れる。
妹もよっぽど言い足りないのだろう。続けざまに数度、携帯が音を鳴らす。
お母さんに叱られた。とか、ゲームがいいところだったのに。とか、不平不満が次々と送られてくる。そして、
『今日、そっちの家で何があったのかなんて、アタシにはどーでもいい』
思わず息が止まりそうになる。こいつ、この口ぶりは知っている。さっきあった珍騒動を、こいつは少なからず知っている。
なぜなのか。
もしやアイツ、今日の醜態を言いふらしてしまったのか。
瞬時に耳まで熱くなる。
スマホを通して、あの妹の含みのある笑顔が見て取れるようだ。
もしかすると、大笑いしながら話を聞いたのかもしれない。それがアイツの癇に障り、大ゲンカになったとも考え得る。
いずれにしてもとんだ大恥である。
墓場にもって行くレベルの辱めに、いっそ殺せと叫びたくなる。そして、
『ただ、今日はお赤飯ですwwww そっちにもハニーがもって行くそうでーすwwww 』
もはや意味不明なほど妹は盛り上がっているようだ。なぜ赤飯が出てくるのか。さらに、ハニーの意味するところが理解できない。
わかるのは、僕は今、盛大にあざ笑われていることだけだ。顔から火が出るほどに恥ずかしく、同時に悲しみに襲われる。
――僕は、自分の気持ちを真剣に伝えただけなのに。
なにも、笑いものにしなくてもいいじゃないかと、少し目頭が熱くなる。
「……なんだよ。くそったれ」
自然とこぼれた一言が、無性に胸を締め付けた。
そして、もう一度、携帯をベッドに置くと現実から目をそらすように布団に潜り込み、僕は堅く目を閉じた。
もはや神や仏に祈るしかない。
目が覚めると、きっと今日のことは全部夢で、アイツがいつものように迎えにきてくれる。そして、学校までの道のりを普段どおり二人でのんびりと歩くのだ。
多分、相当にまいっていたのだろう。ズシリと重いとてつもない疲労感で、僕の意識はゆっくりとまどろみの底に沈んでいった。