3ー②
姉との諍いはものの数分で片がついた。
勝者は母で、決まり手は石のように堅いゲンコツだった。
「ケンカなら外でやりなさいっ! 」
斜めに傾いだ木造建築である。二階でドタバタやっているもんだから、階下の人間はたまったものではない訳で。
疾風のごとく母降臨。神の鉄槌に、頭の形が変わったかと思った。
「つぎ騒いだら、今月のおこづかいはお母さんがもらいます」
母は裁判官のように死刑宣告を告げると、ニッと笑って階段を降りていった。
このバカ姉のせいだと、言いたいことはいっぱいあったが、姉の方は玄関の分と合わせて二発ゲンコツを喰らっていたし、
「痛つつ……同じ所に連続でとか、もう、アンタのせいだからね……」
その泣き顔に、少しだけ溜飲が下がったので良しとしよう。
「自業自得でしょ。ざまぁ」
これ見よがしに鼻で笑うと、姉がクッションを投げてきた。
だけど、こうみえても運動は出来るのだ。ひらりと体をひねり、すんでの所で回避。
それを見た姉が悔しそうな顔するもんだから、すこしだけ調子に乗って、
「どうせ、兄ちゃんとケンカしたんでしょ。あーぁ、今度こそは嫌われたんじゃ――」
それはとても見事な早変わりだった。
同時にアタシは、余計な一言を言ってしまった事に気がついてしまった。
もしタイムマシンがあったなら、数分前に戻りたい。なんなら今日の朝くらいまで戻りたい。
それくらいの大失敗。
――兄ちゃんというワードに、姉の顔が一気に赤面したのだ
これは始まってしまう。姉のヤマもオチもない与太話が、我が家のジャ○アンリサイタルが、始まってしまう。
虚を突かれ一瞬たじろぐと、姉の細く長い指が、アタシの手首をつかんだ。
しまった、捕まった。
振りほどこうにも思ったより力が強く、そしてキモい。姉の手はじっとりと汗でぬれていた。
そして、モジモジと顔にかかる前髪を片手でいじり始め、
「あのさ。アタシ、お、お嫁に行くかも……」
今にも溶けそうな顔で、とんでもないことをのたまったのだ。
「……え? 」
ふいに訪れた静寂の時間。カチコチと、秒針の音がする。
先に口を開いたのは、姉だった。
「だからさ、そういう事じゃん? アイツがね、いきなりだもんビックリしちゃって……」
はっと、アタシは瞬時に察してしまった。そして、部屋の時計を見る。もうすぐ午後四時を迎えようとしていた。
心臓が、痛いくらいに暴れはじめる。
たしか、今日姉が家を出たのは朝10時頃。昼はいつも兄ちゃんと食べるから、姉が帰ってきた15時過ぎまでの約5時間……。
アタシは、自分の顔が熱くなるのを感じた。
え、ウソでしょ。いや、でも、もう姉も高一だし、え、でも、普通はどうなの、え、早いよね、違うの? ……って、アタシがわかるわけないじゃない。
多分今、姉妹そろってゆでだこ状態である。
姉はうつむいて何もしゃべらないし、アタシはパクパクと口を動かすだけで、言葉が出てこない。
もちろんそれがどういう事かは学校で習ったし、少女漫画や姉の雑誌で見たことある。
確かに、条件はそろっている。好き同士が二人っきりで個室にいれば、何が起きてもおかしくないわけで……。
「あわわわ……」
もはや、脳の回路はショート寸前。目の前の景色がグルグルと回って見える。
あのヘタレで鈍感な兄ちゃんが、まさか、え、え~っ!?
――見慣れた自室で、姉妹二人。畳の上で、だんまりとにらめっこ。
耳まで熱い灼熱の体温に、空気が薄いのかとても息苦しい。
そんな、何もかもがいつもと違う室内で、姉が顔を上げ、長いまつげを濡らしながら、
「――ねぇ、こういうときどうしたら良いんだろう」
姉は、こんなにも美人だったのか。
そして、そのときに、驚きと羞恥と、もう何が何やらいろいろな感情が混ぜ合わさったものが、アタシの処理能力を越えたんだと思う。
頭が真っ白になった後、アタシは姉の手を強引に振りほどくと、なぜだろう、瞳に涙を溜めて階段を駆け下りた。
そして、台所の母に抱きつくと、もう何が何だかよくわからないまま、
「どうしよう!! 」
母の胸に顔を押しつけて、
「お姉ちゃんが、兄ちゃんとヤッちゃったって!! 」
そう叫んだ。
――その後の事は思い出したくもない。
鼻歌交じりでお赤飯を炊き始めた母に、今度は姉がしがみつき、
「お隣さんにも御挨拶いかなきゃよね~♪ 」
「やめて! ほんとにやめて!! アタシまだ何もしてないから!!! 」
左頬に姉の平手打ちを食らったアタシは、遠巻きに眺めているだけで。
「でも、結婚は高校卒業しないと許しませんからね~♪ 」
「だ・か・らっ! 違うってば、も~!! 」
ねぇ、彼のことなんて呼んでるの? ダーリン? ハニーとか呼ばれてたりして~♪ なんて、ニヤつく母に姉は真っ赤な顔で唸るしかない。
……はぁ、アホらし。
ヒリヒリと痛む頬をなでながら、もう一度ため息をついた。
結局はいつもの展開である。
姉のペースに振り回され、結果ひどい目に遭ってお開き。
巻き込まれればこうなると、毎度のこととわかっちゃいるが、沸々と無性に腹が立ってきた。
アタシは、ゆっくりとその場を離れると、静かに階段を上りながら、スマホに指を走らせる。一言いわなきゃ収まりそうにない。
なので、短いコール音の後、相手の返事を聞き終わる前にアタシは言ってやった。
いろんな感情を込めて、
「おしあわせに! ばーかっ!! 」