18
困った。困ったわ。困り果てた。
教室でひとり、窓の外を眺めながら、アタシはどうしたものかと頭の中で考えを巡らせている。
何を隠そう、もう三限目まで終わってしまったというのに、アタシはまだ、アイツをお昼に誘えていないのだ。
でもね、頑張ったの。アタシも、頑張ったのよ。
朝一で、先輩に例の場所を貸してくださいって言うつもりだったんだけど、無理よ、昨日あったばかりだしね。そもそも、アタシは彼女のクラスなんて知らないもの。
だけど、今日は特別な日。
お弁当だって作ったし、放課後は一世一代の大勝負をしかけるんだから、アイツに目一杯のアピールをしておきたい。
それに、アタシとしては、常日頃から学校でもアイツと二人きりで居たいんだもん。まぁ、お互いに目立つのが苦手なインドア派だから、オープンにするのは性格上無理。でも、それでもせめて、今日だけで良いから周りから邪魔されたくない。
じゃぁ、どうしたら良いのかしら。うんうんと唸りながら、アタシも考えたわ。
……人気の少ない、かつ、お弁当を食べるにふさわしい、不衛生でない場所。
そんなの、すぐに思いつくのは、昨日先輩と出会ったあの場所しかないのよね。他は汚かったり薄暗かったりで、とてもじゃないけど、お弁当なんて広げられないもん。トイレの裏とか、もう最悪でしょ?
でもね、この場所を借りるには、当然アタシがこなすべきドデカいミッションがあるの。登校中に、たまたま偶然、先輩とその辺で出くわすことを願っていたのだけど、もちろんそんな幸運はありえない。
だけど、ウダウダ言ってる時間もない。
と、ここまで考えて、アタシはスパッと考えるのをやめた。だって、この時間がもったいないわよ。アタシはね、まだまだやらないといけないことが山積みなの。
人間、開き直りって重要よ。
アイツからは、『お前のそれは逆ギレだ』って、よく注意されるけど、はいはい、悪うございましたね。文句は後で聞いたげるわ。もちろん全部、聞き流してあげますけど。
とまぁ、ソコまで腹を決めれば後は早いわ。後ろなんて振り向かず、ただただ行動あるのみよ。
アタシが思うに、あの場所のボスは例の狼みたいな上級生じゃないわ。間違いなくあの美人の先輩だって、女の勘がそう言っている。だから、あの場所を借りるためには、先輩の協力が必須だとまっさきに考えたの。
きっと彼女に頼めば、あの狼みたいな彼氏さんに、今日だけは近寄るなってお触れを出してくれるだろう。
というか、先輩から言って貰わないと困るのよ。あんな怖い上級生に、話しかけるなんて、アタシには到底無理だもん。
だからね、話のついでを装って、それとなーく友達に聞いたの。
『噂で聞いたんだけど、すっごい美人の二年生って、誰か知ってる? 』
ってね。
そしたら、さすがは先輩よね。みんながみんな名前もクラスも知ってるの。
さっそく、善は急げと一限目の休み時間に尋ねたわ。
本当は誰かに着いてきてもらいたかったけど、こんな事、誰かに話すことでもないじゃない? そのことで周りから冷やかされるのは本当にイヤだし、アイツにも迷惑をかけかねない。
そりゃあさっき、ああ開き直りはしたものの、行こうか行くまいか、ギリギリになってどうしたものかと迷ったし躊躇もしたわ。なんせアタシ、人見知りだもん。
でもね、今日のアタシはひと味違うの。
今日は頑張るって決めたんだから、こんなところで躓いてなんかいられないじゃない。知らないクラスに行くなんて心底不安だったけど、ええいと覚悟を決めて、足を向けたの。
結論から言うと、まぁ、最高のクラスだったわ。
先輩は相変わらず目眩がするほど美人だし、お菓子は山ほどもらえたし、他の先輩たちもいい人ばっかりだったし、あと、お菓子を山ほどもらえたし。
なぁんだ、アタシ。やれば出来るじゃない。なんて、正直、今日は上手くいくかもとアメをなめながら鼻歌交じりで帰ってきたわ。
だって、後はアイツをお昼に誘うだけだもん。例の告白文は授業そっちのけで暗記中だし、残るミッションは、適当な休み時間を使って彼に話かけるだけ。『今日のお昼は一緒に食べましょう』この一言で、はい終了よ。
そして――今回もまた、人生の難しさを知ることになったのよね。
流石というか何というか。そう世の中は上手くいかないもの。やっぱりというか、そりゃそうだというか。
本当に歯がゆいわ。
……そこから先がまったくアタシの思惑通りにいかなくて。
だって、いざ誘おうにも、アイツの周りって、基本的に誰かいるのよ。
大体男子ばっかりなんだけど、そりゃ、最高に良いヤツだもん。確かに自分から話しかけるタイプじゃないし、クラスではぼんやりしてることが多いヤツだけど、どんなヒトでも、一度アイツと話をすれば、彼がどれだけ良いヤツかすぐに気がつくの。
アイツってば本当に気が利くし、とんでもない聞き上手なの。そんな自慢の幼馴染みだもん。話してみると面白いヤツだな、なんて、自然と友達が増えていくのよね。
それに、今更言うのもなんだけど、顔も悪くない。むしろカッコイイほう。
以前、
『……お姉ちゃんはバカだから気づいてないだろうけどさ』
『ん? 何? ケンカする? 』
『兄ちゃんってさ、すっごいカッコいいよね。イケメン』
『は? 何かと思えば、くっだらない』
妹もそう言ってたし、アタシもそこに異論はない。というか愚問よね。アイツがカッコいいなんて、もはや周知の事実でしょうに。
不思議とライバルの存在がないのが救いよね。あんなにカッコいいんだもん。アイツのことを好きになる女子なんて、山のようにいてもおかしくないのに。
まぁ、いたらいたで困るんだけど、誰も居ないってのは、それはそれで不気味なわけで。
当然、人それぞれに好みはあるだろうし、もちろん、アイツの見た目に否定的な女子もいた。
今思い出しても腹が立つわ。
いつだったか、違うクラスの女子がアイツのことを、
『うわー見てよ、地味な顔。雰囲気からして根暗っぽいし、たぶんキモオタってやつでしょ』
って、笑いながら小馬鹿にしやがったのよ。
『――は? 』
……首根っこ捕まえて、ボコボコに張り倒してやろうと思ったわ。学校で、あそこまで頭に血が上ったのなんていつ以来かしら。
とりあえずその時の心情としては、こうね。
――もう一度言ってみなさいよ。死ぬほど後悔させてやるから。
あのね、別に地味でも根暗でもオタクでも良いじゃない。個性でしょ? その人が持つ、良い部分よ。そもそも、それがアンタ達に何をどう迷惑かけたというのか。
確か、その女子達が廊下に捨てたゴミを、アイツが拾ってゴミ箱に入れたの。多分、その行動が彼女たちの目には不愉快に映ったんでしょうね。
もう、アタシはブチッとキレた。
だってアイツ何も悪いことしてないじゃん! 何も言わずにゴミ拾ってあげてんじゃん! それなのに、何、あの物言いは!
短気は損気よ直しなさい。って、お母さんからずっと言われているけれど、アタシはね、彼が侮辱されるのだけは絶対に許せないし許さない。
アイツのこと馬鹿にしてんじゃないわよ! 笑われるのはアンタ達の方なんだから!
突然アタシが机を殴りつけて立ち上がったもんだから、周りのクラスメイト達も驚いちゃって。そして、もちろんアイツも、驚いた顔をしていたわ。
静まりかえった教室と扉を挟んだ廊下で、もう一触即発よ。アタシは腸煮えくりかえっているし、同時に、怒りって許容量を振り切ると、とたんに表情を失うものだと知ったわ。
そうね、確かその時も、アイツの友人達が間に入って撃退してくれたのよ。
まさにタッチの差ね。数秒遅かったら大立ち回りを演じる所だったわ。
まぁ、アタシとしてはもっとそのバカ女達がいかにバカでアホでおたんこなすなのか、ネチネチと思い知らせてやりたかったけど、でも、そうね。同時に、アイツを助けてくれる人たちの存在に嬉しくもなったのよね。
アイツはさ、口ベタでおとなしいヤツだもん。あのままじゃ間違いなく言われっぱなしで周りが悔しい思いをしただろうし、なによりも、あれ以上拗れると、アタシがあの小憎たらしいバカ女の鼻っ面に、全力のグーパンチをお見舞いしていたと思う。
でもだからといって悪目立ちするのはイヤだから、あのときは本当に感謝したわ。
――でも、本当に申し訳ないのだけど、今は、ごめんなさい。
今度こそはと、休み時間に入ったら誘おうと、そう構えていたのに。
アイツの御友人達よ。すみませんが、今はジャマなのです。ちょっとどいていただけないでしょうか。
彼は今も、友人の一人と談笑していて、そんな中、アタシが割り込んでいくなんて、天地がひっくり返っても無理よ。出来るわけないじゃない。アタシを誰だと思ってんの? やっかいな人見知りよ?
そわそわと浮き足立つアタシに、教室の窓からは、爽やかに風がながれてくる。
それが少し肌寒くって、グラウンドを眺めながら、頬杖をついてしまう。
まったく、溜息の一つも出るってものよ。あと少しなんだけど、そのもう少しがいつも上手くいかない。
気ばっかりが焦ってしまって、空回りしてしまいそう。
そうね、こんな時こそ深呼吸。出るのは溜息ばかりだけど、まずは落ち着かないとダメだ。
今日は絶対に失敗できないんだから、ひとつひとつ丁寧にこなしていくほかない。
最悪のパターンは容易に想像できる。なめてもらっちゃ困るわ。アタシがどれだけ失敗を重ねてきたと思ってるの。
とにかく一番ダメなのは、彼をお昼に誘えないこと。これは最悪。きっと、アタシ泣くわ。お昼を食べながらめそめそ泣くでしょうね。
今も想像しただけで涙ぐみそうになった。だって、アタシの事だもん。グジグジと失敗を引きずったまま、放課後も絶対ろくな事にならない。
そうなると、いよいよアイツから愛想を尽かされかねない。
いや、もしかすると、もうほとんど見限られている可能性すらある。妹も言ってたもの、今回ばかりは嫌われたかもしれないって。
胸が、心臓が、チクリと痛む。アタシは、本当に『キライ』という言葉に弱い。
アイツは昨日の晩に、嫌ってないよと言ってくれたけど、でもね、彼が優しいの知ってるもん。アタシが傷つかないように、そう言ってくれただけかもしれない。
どうしよう。なんだかマイナスの事ばかり考えてしまう。
今までの自分の行いを振り返ると、アタシってば、ワガママばかりのウザったらしいイヤなヤツ。
そんなの、小学生のときしつこくちょっかいかけてきた、本当にキライだったあの男子達と変わらない。
そう、変わらないのよね。相手の事を考えない、自己中心的なダメなヤツ。アタシはまさに、アイツにとっての疫病神のはずなのに。
――それなのに、アイツはアタシの事を好きって言ってくれて、これからもずっと大好きって言ってくれた。
でも、それなのに。
そんな彼に、結果的にだけど、アタシはとんでもなく酷いことをしちゃったのよね。
……あ、ダメだ。泣きそう。
鼻の奥がツンと痛くなってきた。昨日から、それを考えると、心臓が握りつぶされるように痛んで、もう、どうにかなってしまいそう。
もし、時間を巻き戻せるのなら、あの日曜日に戻りたい。戻ってすぐにアタシの気持ちをぶつけたい。
なんなら、その時間にいる自分自身を頬が腫れるまで引っぱたいてやるんだから。
『アンタのせいで、未来のアタシは散々よ! 』
なんて、ついには自分自身に八つ当たりしてしまうんだから、アタシってヤツは本当に駄目なヤツね。救いようがない。
あぁ、どうしよう。どんどんと、不安ばかりが大きくなっていく。
――もし、アイツをお昼に誘えなかったらどうしよう。
――もし、アイツに告白できなかったらどうしよう。
――もし、もしも、イヤだけど、アイツに『キライだ』とフラれたら……。
いよいよ、あの窓ガラスから見える風景が、ゆらゆらと歪んで見えてきた。いや、だってこんなの涙ぐらい出るでしょ。まだこぼれてないのが、もはや奇跡。
でも、ホントにどうしよう。面と向かってフラれたら。アタシ、ショックで心停止する自信すらあるんだけど。
だって、これから先の人生どうするの。
アイツが隣に居ないのよ。楽しいことがあったとき、悲しいことがあったとき、お腹を抱えて笑ったとき、大声で泣いたとき、そして、無意識にアイツの名前を呼んだとき。
そこに彼がいないのよ。どこにも居ないのよ。そんなの、辛いなんてもんじゃない……。
――たぶん、反射的にだと思う。
そんなぐちゃぐちゃでボロボロの精神状態なのに、ふと、聞き慣れたくしゃみに、反応してしまったのは。
見ると、アイツもこっちを見ていて、何でだろう、目と目が合う、それだけで無性に嬉しくて。
照れくさくて、すぐ目を背けちゃったけど、自然と口角が上がって仕方がない。
別に、笑いかけてきたとか、手を振ってくれたとか、そんなうれしいアクションを起こしてくれたわけじゃないわ。ただ目と目が合った、本当に、それだけのことなのに。
あぁ、やっぱりアタシ、アイツに完全に参ってしまっているのだろう。わかっちゃいたけど、そうなのよね。ぞっこんでベタ惚れで、メロメロなわけ。もはや両手を挙げて降参よ。これっぽっちも否定できないわ。
――でもね、習慣って怖いわよ。これから先のやったこと、ほぼ無意識なのよ。脳が考える前に、身体が動いてる。
気恥ずかしさは確かにあったんだけど、だからってこれはないわよ。もしかすると、やっぱりアタシってバカなのかな。考えが足りないというか、浅はかというか。
だって、呆れ果てて何も言えないわ。ここまで来ると、わざとやっているのかと疑うレベル。
でも、もうそれは、ものの数秒で全部終わってしまったことで。
気づいたときには遅くって、慌てて取り消そうにも、後の祭り。いよいよ呆然としてしまうわ。
なんせ、いつもの感じで、
『こっち見んな、バカ』
とか、可愛げのない攻撃的なメッセージを送ってしまっていたのだから。
……終わった。血の気が引いて、同時に、アタシの恋は今この瞬間に終わりを告げたと確信した。
何度も何度も画面を操作するけど、時間は逆に進まない。やり直しがきかないの。
あぁもう、なんでよ、もう……。
どの面下げて、お昼に誘うのよ。
アタシがアイツの立場なら、いよいよ無理よ。目が合っただけでこんな暴言吐かれるのよ。何だコイツ偉そうに、って思うもん。誰がお前みたいな面倒くさいヤツと昼ご飯なんて食べるかよ。って、そう思うもん。
そうなったらどうするのよ。これからどう行動すれば良いのよ。そんなの、どの面下げて、今日の放課後アイツに想いを告げるのよ……。
あれだけ騒々しかった教室の音が、全く聞こえなくなって、ぎゅっと胸だけがどんどんと締め付けられていった。
これ以上、アイツの心証を悪くしちゃいけなかったのに。アタシはまたもや、間違えた。今までずっと、この繰り返し。間違えて、失敗して、間違えて、失敗して……。
手に持った携帯はそのメッセージの画面で止まっていて、アタシも、涙をこぼすのは、もはや秒読みで。
もう無理。これはリカバリー不可能よ。後戻りなんて出来ようもないわ。きっと、後ろを振り向けば、アイツはアタシを無視するでしょうね。もしかしたら、今からずっと口も聞いてくれないかもしれないわ。だって、我慢の限界って、みんな絶対にあるもの。
さっきまで肌寒かったのに、なんだか身体が熱くて仕方ない。同時に、胸が痛くて痛くて、どうしようもなくて、苦しくて、辛くて。
……もう、ヤだ。
うつむいてそう小さく呟くと、いよいよ一粒だけ涙がこぼれ、膝上の手に持った携帯画面を叩いた。
――だから、きっと携帯が震えたのは気のせいだ。
もし仮に、現実に起きたことなら、アタシは神様も仏様も、まるっと全てを信じるわ。だって、アイツからの返信なんて、こんなタイミング良く届くわけないもん。
きっと弱ったアタシの心が生んだ幻想ね。精神の安定を保つために、脳が無理矢理幻覚を見せているのかもしれない。
いよいよ、もう精神的にへし折れて、潰れてしまいそうなんだもん。それくらい疑うわよ。
なんせ、新しく表示されたメッセージには、こう一言だけ。
『――成功するさ、頑張れ』
アタシは、ゆがむ視界で確かにその言葉を見たわ。
あぁもう、ホントにもう……。ウソよ。ウソ。そんなわけないわ。アタシの頭をよぎったのはそんな否定の言葉ばかりだった。
だって、こんなのありえないじゃない。こんなバカでワガママで泣き虫で迷惑ばっかりかけてきた面倒な女に、――教室の中で、周りに何人も同級生がいるんだもん、もうアタシは、こぼれそうになる涙を堪えるのに必死。――だって、これじゃあまるで、アイツがアタシからの告白を、心待ちにしてくれているみたいじゃない。
なんなのよ。なんなのよ。ホントにもうなんなのよ。
アタシの困っているときに、弱っているときに、どうしようもないときに、いつもココしかないというタイミングで、アイツは手を差し伸べてくれる、一番欲しい言葉をくれる。
そんなのもう、
――こんなヤツ、好きになって当然じゃない。
アタシは、次々とこぼれそうになる涙を周囲から悟られないように、鞄からタオルを取り出すと、顔に当ててそのままゆっくり机に突っ伏したわ。
いいの? 勘違いしちゃってもいいの? 喜んでもいいの? 本気にしてもいいの?
――アタシは、アンタに好きでいてもらって、ホントにいいの?
「……うれしいよぉ」
いつの間にか音の戻った教室で、きっと後ろのアイツは変に思ったでしょうね。
だって、そのまま四限目の途中まで、アタシは、これっぽっちも顔を上げることが出来なかったんだから。
やっと、1話の時系列に追いつきました。
驚くことに、ここまで書くのになんと半年かかってます。半年と言えば、一年間の半分です。話の中では三日を、約180日かけて書いています。
いやー、文字に起こすと怖いですね。自分の書く遅さに呆れます。
こんな感じですけど、これからも頑張っていこうと思いますので、お付き合いくださると幸せです。




