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8-①




 ……今日が月曜だから、長ぇな。一週間ってのは。


 放課後の校舎裏。火のないところで煙を立てながら、俺は空を見上げていた。

 夕日の関係で、この場所は濃い影を作る。

 さらにその物陰にすっぽりと身体を納めることで、よほど近づかない限り俺を見つけることは出来ないだろう。

 この学校で数少ない俺の居場所である。あともう一つは北校舎の一番上。階段の踊り場でごろりと横になることだ。

 そんなはみ出し者の聖域で、遠くから聞こえてくる運動部のかけ声や、よくわからない吹奏楽部の音を聞きながら、紫煙を目で追っていく。

 あぁ、なんだかなぁ。

 なんとなくで学校には来ちゃいるが、これといって仲の良い友人はいない。

なんとか二年には進級できたが、この調子では来年はどうなることだろうね。

 口にくわえたこの煙草も、高校に入ってから本数が増えた。

 暇を潰すにはこれが一番なんだなと、どうしようもない事を考えてしまう。

 いっそのこと、家に引きこもるというのもありか。いや、ダメだな。そもそも家にいても同じくらいヒマなだけだ。何の解決にもなっちゃいない。

 煙で輪っかを作りながら、自嘲気味に笑う。

 そもそも、母親が頑張って稼いだ学費だ。うちは母子二人だけの貧乏暮らし。俺もバイトはしちゃいるが、それとこれとは話が違う。

 家で腐るくらいなら、初めから高校なんざ行かずに働けば良かっただろうという話。

 まぁ、俺としては中学卒業後なんて真剣に考えてはいなかったのだけど、なんで進学したかなんて、母親が行ってほしいと願った、それだけだ。

 『やりたいことがないんなら、高校くらいは出ときな』

 笑いながらそう言うもんだから、まぁ、しょうがねぇなと。

 よっぽどのクソバカなら親も諦めただろうに、真面目に授業を受けたつもりはないけども、中途半端に勉強が出来たのが災いしたのかもしれんね。

 煙草の吸い殻を、地面に隠すように埋めていく。手には園芸用のスコップ。それには大きく学校名と美化委員の文字が。

 そう。何を隠そう、俺は美化委員なのだ。

 煙で肺と大気を汚し、喫煙者という事で、学校の看板を汚す。

 おそらくこの先も周りに煙と匂いをまき散らしながら生きていくであろう、そんな自分が美化委員なのだから冗談がきつすぎる。

 今だって、委員会活動中なのだが、一番汚してるヤツがこんなところで油を売っているのだから我ながら呆れてしまう。

 なにやってんだろうね、まったく。

 一つだけ言い訳させてもらえるなら、どうせ迷惑かけるんだしな、


 『サボりまーす。それじゃ』

 

 と言って帰ろうとした。したのだが、同じクラスの美化委員から無理矢理引っ張られてこのざまだ。

 アイツはなんで毎度のように俺の邪魔をするんだろうね。クラスを出たところで、手を広げて通せんぼ。


 『ダメです。行きますよ』


 『うるせぇ、ばーか』


 『は? バカ? 』


 一応、逃げようとしたんだけどね。女子のくせに、綺麗に膝裏へローキック入れてくるもんだから敵わない。

 短い悲鳴と、崩れ落ちる俺。

 教室の入り口で、膝から下がなくなったかと思った。


 『いいですか? 次逃げたら両足もらいますので、どうぞよしなに』


 ついでに彼女の眼鏡の奥は笑っていなかった。

 しかも、人質のつもりか。俺の鞄を持っていってしまうもんだから、足を引きずりながらもついて行くしかない。

 少し歩いてはチラチラと、着いてきているか盗み見しやがって、優等生の眼鏡女子は俺みたいなダメ男をどうしたいんだろうね、まったく。

 今だって、監視のつもりか俺の後を着いてくるもんだから、必死に撒いたところだ。そもそもアイツが俺を美化委員に推薦した意図がわからない。

 もしかすると、どうしようもないはみ出し者を自分の手で更生させようと努力しているのかも知れないね。先生たちの心証が良くなれば内申点が上がるのかも知れないし、ったく、心の底から良い迷惑だ。

 廊下で起きた騒ぎを思い出し、左膝をさする。


 『ね。もういいじゃん。コイツもう逃げないって、ね? 』


 と、明るい髪色のヤンキー女が間に入ってくれなかったら、俺はどうなっていたことだろうね。なんだか痛みがぶり返してきた気がするのだが気のせいだろうか。

 まぁ、あと三十分もすれば解散だから、それまでの辛抱である。この場所ならそうそう見つからない。だってアイツはここには近づかない。

 なぜならここは、この学校で一番彼女の嫌いな場所なのだ。

 なんせ、ほら見ろ。


 「――あの、わたし、もう帰らないと」


 「いや、キミが返事をくれるまでオレは離さないよ」


 「お願いします、離してください……」


 今も、可哀想な女子が絡まれている真っ最中。

 あの制服のリボンは一年か。一つ結びの優しそうな可愛い女子である。まだ入学して一月ほどだろうに、可哀想にな。変なのに捕まってしまったようだ。

 相手のチャラい男は、三年の有名なクズである。

 顔は良いし、しゃべりも上手い。クラスで目立つお調子者で、女癖が悪い。噂では学年問わず片っ端から可愛い女の子に粉をかけていくらしい。

 今回の被害者はこの子というわけか。どこからか言葉巧みに人気の無いこの場所に連れてきたのだろう。

 なんというテンプレどおりの迷惑なナンパだろうか。

 おい先生方よ、アイツは馬鹿みたいに明るい髪色で、ピアスなんて開けているんですが良いんですかね? 俺みたいなのイジメるよりも、ああいう手合いを何とかしろよ。

 そりゃあ、人を見た目で判断するのはよくない。世の中広いからな、ビジュアルで損している男なんて星の数ほどいるだろうさ。

 俺もそんなヤツの真剣な告白現場に遭遇したってなら、急いで耳を塞いで目をそらす。そして気づかれないように退散するだろう。

 だが、このクソ男にはとんでもない前科がある。

 そもそも、あの二人がこの場所へ来たのはほんの1、2分ほど前だが、あのクズ野郎が無理矢理引っ張ってきたようにしか見えなかった。

 こんな日の当たらない場所で、いったい何をするつもりでしょうかね。

 愛の告白? 冗談だろ。嫌がられた時点で諦めろってんだ。

 スコップを地面に突き立てる。去年の事を思い出し、沸々と怒りがこみ上げてきた。

 見てみろよ、あの顔。クズは誰も居ないだろうと高を括って下品な顔で笑っている。

 一年女子も真っ青な顔で、こんな人気の無い場所で何をされるのかと怯えて見える。

 ちょうど一年前の春に全く同じ事をして、その際、お灸を据えたというのに、どうしようもないヤツめ。あのクズはまったく反省していないようだ。

 やはりあのとき痛めつけておくべきだったか。

 一発ぶん殴ってやろうと構えると『暴力はいけません』なんて彼女が止めるから、その震える手に免じて、しぶしぶ見逃してやったというのに。

 そういえば、アイツが護身術を習い始めたのもそれくらいか。ローキックは護身術ではない気がするが、とりあえずその疑問は後日尋ねるとして、今は、あの子を助けるとするか。

 ったく、クズの相手は面倒なことで。

 だが、見て見ぬふりは出来ませんよと、俺が重い腰を上げたときだった。


 「――そろそろ戻ろうよ」


 男の声が聞こえたのは。




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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえず、一年前の春お灸を据えた時のクズの相手が優等生の眼鏡女子なんですかね? ちょっとなろう読まずにいたら3話も更新ありがとうございます。 次話も楽しみにしてます。 作者様に感謝。
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