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第7話 洗礼式──覚悟

「…………ん……」



 目を開けて一番に目に入ったのは白い天井。



「フレイア! 大丈夫?」


「……セオドア兄様…………」



 目を覚ました私に気付いたセオドア兄様が私の顔を覗き込む。



「大丈夫です」


「良かった」



 そばには家族全員が揃っていた。過保護な兄様たちやお母様は心配そうな表情を浮かべている。滅多に表情を崩さない冷静なお祖母様も目が潤んでいた。部屋で待機していた水色がかった灰色の衣を着た下位神官が神殿長を呼びに行く。



「ここは神殿ですよね」


「そうだ。洗礼式の終盤に光が部屋を包んで、フレイアは意識を失ったらしい」


「そうだったんですか」


「神官たちは聖女の誕生だと騒いでる。本当に女神様に会ったのか?」



 マテオ兄様が心配そうに聞く。



「いいえ。突然部屋が光に包まれたので驚いて立ち上がったのですが、目が眩んでしまって……」


「立ち眩みか……。良かった」



 本当に女神に会ったと知られれば聖女に祭り上げられる。世界統一を目指す身としては聖女の肩書は魅力的であると同時に危険なものでもある。聖女の肩書があれば早い段階で各国に入り込み穏便に制圧することが出来るが、宗教による世界統一をするには武術制圧は好ましくないので手段が限られる。


 更に重大な問題が、王国の国教と帝国の国教は違うと言うことだ。宗教で世界を統一するには帝国の国教を王国の国教と統一しなければならない。帝国は他宗教に寛容ではあるが、宗教を政治的に利用していることもあり、相当の利がなければ国教を変えることはしない。政教分離される可能性も視野に入れると宗教による世界統一は不可能ではないが相当難しいだろう。



コンコンコン



「入室しても宜しいでしょうか?」



 そんなことを考えている間に神官に呼ばれた神殿長が部屋に着いたようで部屋の外から声をかけられる。



「はい」


「失礼致します。早速で申し訳ありませんが、王女殿下は女神様をお会いになられたのですか?」



 神殿長は部屋に入ってくるなり聞いてきた。気になって仕方がなかったのだろう。



「いいえ。立ち上がったときに目が眩んで意識を失ったようです。ご心配をおかけ致しました」


「そうでしたか…………ご無事で何よりです」



 神殿長と神官たちは私が立ち眩みだと知って表面上は平静を保っていたが、落胆したという雰囲気を隠しきれないようだった。



「それでは鑑定紙を見せて頂けますか? 今後はご本人とご本人に許可された者以外には閲覧出来ないように神殿で厳重に管理されますが、スキルの有無と魔力量のみは確認させて頂きます」


「はい」



 私は手に握られていた鑑定紙を神殿長に見せる。




◆◇ステータス◆◇

名前  フレイア・ディ・ティルノーグ

職業  ティルノーグ王国第一王女

魔力  700

体力  150

スキル ???



スキル不明ってあるの?



 最初に目についたのはスキルの項目だった。スキルは殆どの者が発現しない。だから発現したときにのみスキルの項目にスキル名が書かれる。しかし私のステータスには『???』という記号だけが並んでいる。



「これは一体……?」



 神殿長に聞こうとすると、神殿長も困った様子で鑑定紙を見ていた。



「あの、神殿長……。これは何を示しているのでしょうか?」


「これは……私にはわかりかねます。何分、前例がないもので……」



そりゃそうだ



 こんな特殊な前例があれば王族に報告がないわけがない。王族が揃っている場で誰も何も言わないわけがない。これが女神が授けると言っていた加護ということだろうか。



「スキルはあるということで……」


「いえ、スキルなしの扱いでお願いします」



 女神の加護であったとしても違うとしても、平凡でないということは良くも悪くも人目を集める。出る杭は打たれると言うし、私のスキルを理由に他の国に侵略されたら堪らない。



「なし、ですか? 本当にそれでよろしいので?」


「スキル名もわからないのでは使いようがありません。スキルがないのは普通のことだと聞きましたし、なくても問題ないのであればスキルはなしということで」


「……ではスキルはなしということで」


「お願いします」



 何度もスキル無しでとお願いする私の様子に怪訝そうにする神殿長。


 本来スキルと言うものは滅多に発現しないものであって、発現が確認されれば一躍有名人だ。王族としては人望を集める理由にもなる。それを自分から放棄するなど考えられない暴挙だ。


 しかし家族は私の意思ならばと止めようとしない。神殿長は残念そうしながらも小さな木簡に何かを書留め鑑定紙とともに保管するように神官に言った。


 今は周辺諸国との関係や情勢がわからない。可能な限り他国の注目を集めるようなことはしたくない。



「では帰りましょう。自室のほうが休めるでしょう?」


「はい」



 お祖母様の提案に頷くと、マテオ兄様が私を横抱きにする。所謂お姫様抱っこだ。



「に、兄様?」


「この方が速い」



 兄様はそのまま馬車まで運んでくれた。



「ありがとうございます」


「いや、いいさ」



 兄様にゆっくり馬車に座らされ、私は軽く会釈をして礼を言った。その後、お母様とお祖母様が乗り込む。暫く馬車で揺られているとお母様が思い出したように言った。



「そう言えば、スキルの項目に目を取られていて他の項目を確認していなかったわね」



 お母様の言葉に「あっ」と声を漏らす。



「魔力量なら覚えていますが……」


「あぁ、それなら良かった。神殿に引き返さなければならないかと思ったわ」


「魔力量だけで良いのですか?」


「魔力量は場合によっては魔道具が必要になるの」



 お母様曰く、魔力量が多いと魔力の暴走が起こりやすく、場合によっては魔力の枯渇で死ぬこともあるらしい。なので魔力の多い子供は魔道具を使って普段から魔力を減らし、魔力操作を覚えさせるそうだ。


 ちなみに魔力は枯渇させると最悪の場合、死に至る危険な行為だが魔力量が増えるらしい。故に魔力の枯渇で死ぬ貴族も少なくないのだとか。魔力量を増やす主な理由が、万が一のときの自衛の為だと言うが、そのために死んでしまっては元も子もない。



「それで、貴女の魔力量はどれくらいですか?」


「700です」


「700……。かなり多いですね。至急、魔道具の確保をしなければ……」


「そう言えば、兄様たちが魔道具を使用しているのを見たことがありませんが……」


「ふたりとも幼いころから魔職制御の練習をしていて、今は魔道具なしでも生活できるようになったのです。貴方も頑張りなさい」


「はい」



 揺れる馬車の中で私は元気よく返事した。



自分勝手な女神たちとの賭けに勝つには魔法は必要になる。絶対に習得してみせるんだからっ!



 ちなみに、私が目覚めてから雰囲気や話し方が変わっていたが、兄様たちは特に気付いていない。お祖母様やお母様は気付いているようだが特に突っ込まれないので放置してくれると言うことだろうか。






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