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第6話 洗礼式──神との邂逅

 朝食を終え、部屋に戻った私は白いドレスに袖を通し、ドレスに合うように髪を結い直した。そんなこんなで神殿に向かって出発したのは昼頃のことだった。



ガチャッ



「王女殿下、神殿に到着致しました」



 近衛騎士は私が転ばないように手を差し出した。私は騎士の手に自分の手をそっと重ねる。



ガタッ


ザワッ



 馬車から降りた途端、周囲がざわめく。



「わたし、どこかへん?」



 どうにも周囲の反応がおかしい気がした私は、エスコートをしてくれた騎士に聞く。



「い、いいえっ! 本日の王女殿下はこの世の者とは思えないほど麗しいです!!」


「…………ならいいけど……」



 異様に慌てて答えた近衛兵の様子に、王女だからお世辞を言われているのかもしれないと不安になってくる。しかし、ルーシーが懸命に整えてくれたドレスや丁寧に手入れしてセットしてくれた髪型が悪く言われるとは思いたくない。


 王女の初外出で国民も興味を持っているとは言え、想像以上に国民の視線が刺さり居心地が悪い。私は目の前で尊大にそびえ立つ神殿に駆け込んだ。



「王族御一行様。ようこそお越し下さいました」


「出迎えありがとう、神殿長。今日は先日通達した通り、第一王女の洗礼をお願いします」


「承知しております。王女殿下、こちらへ……」



 神殿長は神殿の奥を示して言った。



「フレイア。行って来い」



 マテオ兄様が私の背中を優しく小突く。足が一歩前に出た途端、私は不安に襲われた。魔力量が少くて王族と認められないかもしれない。何か問題が起きるかもしれない。



「にーさま……」


「大丈夫だよ。怖くない、怖くない」



 そんな私の意思を汲み取ったのか、セオドア兄様が頭を撫でて落ち着かせてくれる。



「……いってきます」


「待っています」



 お祖母様が優しい声で言う。他には何も言っていないし、表情も固いままなのに安心感がある。もう恐怖はない。底のない不安もいつの間にか消えていた。


 神殿長に連れられて着いたのは白を基調とした家具で揃えられ、正面には祭壇が飾られている一室。壁際には深い青の衣を来た高位神官が並び立っていた。



「ここは王族、上位貴族が洗礼をお受けする際に使用する部屋でございます」


「……きれい…………」



 埃一つない部屋は窓から入る陽の光で輝いていた。床も顔が映るほど綺麗に磨き上げられている。



「そう言って頂けると光栄です。早速洗礼を致しましょう。この鑑定紙を持って祭壇の前で跪いて下さい」


「はい」


「では私に続いて言葉を……」


「はい」


「我らを守り給いし大いなる神々よ。その尊大な力で────」



 私は言われた通りに神殿長の口から紡がれる言葉を復唱した。復唱が終わった時、異変は起きた。



パッ



 真っ白な部屋を目が眩みそうなほど眩い虹色の光が包む。



「な、なに?!」



 突然のことに驚いた私は急いで立ち上がる。すると、一際眩い白い光が煌めき、私は意識を手放した。






……白い……天井? 確かあの時、突然光りに包まれて……



 目を覚ますと、そこは神殿ではなかった。どこまでも続くかのように見える道を挟むようにして白い柱が立ち並ぶ。柱の外側も延々と空間が広がっている。何処かに壁があるのかもしれないが、真っ白で影もない空間なので目視できない。


 まるでハリー◯ッターの『死の秘宝』に出てくる一場面────主人公が死んだ校長と再会したキングス・ク◯ス駅のような情景だ。



あれ? ハリー◯ッターってなんだっけ?



 その瞬間、大量の映像が流れ込んできた。その情報量の多さに意識が遠いていく。そうして私は再び意識を手放した。






『起きろ。起きろ人間』



 誰かに呼ばれる声が聞こえて、私は目を覚ました。長い間眠っていたような気がする。夢の中では王女に転生していた。



『漸く起きたか』



 その声は脳内に直接話しかけるかのように鮮明に響いた。驚いた私はまず状況把握をしようと周囲を見渡す。そこは夢の中で見た情景と瓜二つだった。



「……夢見てるのかな?」



 私は普通の女子高生だ。夢が覚めたら病院へ行ったほうが良いかもしれない。先程までの夢の内容的に、このままだと異世界に憧れる精神病患者になりかねない。



『夢などではない。我が貴様をこの空間に呼んだのだ』



 どこからか低い女性の声が聞こえる。早く夢から目覚めなければと考えつつも、折角面白い夢を見ているのだから起こされるまで見続けていようと思う自分がいる。そして私はどうせ夢なのだからという簡単な気持ちで聞く。



「貴女は誰?」


『貴様が知る必要はない……と言いたい所ではあるが、こちらの都合で連れてきたのだ。自己紹介くらいはしてやろう。私はヘスティナ。この世界では女神に位置する者だ』


「女神?」



 高圧的な態度も気になるが、それ以上に女神という言葉には流石に泣きたくなった。最近は異世界転生モノや異世界転移モノの商業成り上がりや知識チートを好んで読んでいたが、流石にこれは二次元にのめり込みすぎだ。本当に精神病患者一歩手前だ。いや、現実と夢の区別ができるだけマシなのかもしれないが、夢に現実味を感じている時点で既に精神病患者の仲間入りなのかもしれない。



親が泣くなぁ…………起きたら小説のブックマークを少し減らそう。いや、本当にお気に入りの作品以外は全部消そう



 完全には消せない。ライトノベルは勉強からの現実逃避の手段。私の唯一のオアシスだからだ。



でも精神病患者って受験出来るのかな?



 そんなことを考えていると、自称女神が私に話しかけてきた。



『貴様を待っていた。大塚美帆。いや、今はフレイア・ディ・ティルノーグだったか……」



 そう言われ、先ほどまで見ていた夢を思い出す。



そう言えば、そんな名前だったような……



『……話にならないな。仕方ない。貴様の記憶を掘り返そう』


「え? 嫌ですよ」



 貴様の脳漿を掻き混ぜてやろう……とでも言っているようなテンションで言ったのは高圧的な態度を取っていてムカつくとは言え自称女神だ。私の脳が自称とは言え女神に設定しているのだから、脳をかき混ぜることなど朝飯前だろう。脳を掻き混ぜられるなど、例え夢の中でも御免(ごめん)(こうむ)る。



『人間風情に拒否権があると思うな』



 そう言うと突如、激しい頭痛に襲われた。



夢って痛み無いんじゃないの?! あっ、痛みを感じているように錯覚しているのか……



 そんなことを考えていると、私の脳内を私とフレイアの記憶が駆け巡る。まるで映画のフィルムが()ぎっているようだ。そしてある記憶が光ったかと思うと光の筋のように頭から抜け出た。



「……これは?」



 その光は突如目の前に現れた浮かぶ水晶の中に消えた。そして次の瞬間、周囲の景色が変わった。既視感のあるその情景は私にそう遠くない記憶だと教えている。私の妄想でもなければ、夢で見たと言うわけでもなく、確かな記憶の欠片。



『貴様が忘れ去った胎中での記憶だ』


「胎中の……」



 その記憶を見て全てが繋がった。前世の自分が事故で死んだこと。脳内に流れ込んだ大量の情報は私の前世の記憶であること。夢だと思っていた記憶が私の今世の記憶だということ。そして、この世界が前世とは異なる世界だということ。


 全てを理解した途端、自分(・・)の認識が変わった。先程までは自分は大塚美帆であり、フレイアはただの夢の中の自分という位置づけだった。それが瞬時に切り替わり、今は大塚美帆だった頃の記憶を持ったフレイアになった。まるでゲームのアカウント切り替えのように。



『我ら神は世界を監視し、歪みを矯正する存在。しかし大きな変化を迎えない世界を監視することほど退屈なことはない。貴様ら下等生物(人間)ですら退屈を(まぎ)らわせる娯楽があるというのに……』



 確かに終わりのない退屈は地獄らしい。()のイギー・ポップも『死が人を殺すと言うが、死はお前を殺さない。退屈と無関心こそがお前を殺すのだ』という名言を残している。



「貴女がたの退屈と私の転生に何の関係が?」



 確かに終わりの見えない退屈な毎日など拷問だろう。しかし私がそれを紛らわせられるとは思えない。彼女たちも人間を下等生物と言っている様子を見ると、別に期待などしていないはずだ。なら私を転生させた理由は一体何だろうか。



『貴様を転生させることで世界に変化をもたらすためだ。退屈に喘ぎながらも娯楽を知らぬ我らは世界を娯楽にすることにした』


「世界を……娯楽に?」



 その発言は不快に感じる他なく、憤りが湧いてくる。まるで人の人生が都合の良い玩具かのような態度だ。



『貴様は言わば世界という名の池に投げ入れる小石。小石を投げ入れた池がどのように波紋を広げるのかを眺めるのは、退屈しのぎには丁度よいだろう? 故に貴様をこの世界に連れてきたのだ』



 女神は私の憤りに気付いていない振りをしているのか、本当に気付いていないのか、話を続けた。そして紡がれる続きの発言に違和感を感じた。



────連れてきた?



 その言葉がなければ気づかなかったかもしれない。私が死んだのは偶然だ。親にレインコートを着ろと言われなければ絶対に着ない私は普段から雨の日は傘さし当然、爆音両耳イヤホン上等だった。どうせ遅かれ早かれ事故死していた。私があの時死んだのは運悪く頭を強打し出血多量だったからだ。


 しかし考えてみれば違和感がある。普段から手袋が挟まることは頻繁にあったが、それでブレーキが効かなくなったことは一度もなかった。


 そもそも私が傘を持っていかなかったのはスマホの天気予報が晴れだったからだ。それなのにクラスメイトは当然のように傘を持ってきていた。


 そして普段なら残るはずのない大きいビニール傘が不自然に一本残っていた。沢山あったはずの壊れた傘は一本残らず持って行かれていたのに。普通なら壊れていない上に大きい傘は真っ先に持っていくはずだ。


 あの時、自分の傘があれば。あるいは、あの不自然に残された傘がなければ起きなかった事故。



「まさか、貴女がたの娯楽のために私を殺したのですか?」


『殺す? これは笑えるっ! 貴様にそれ程の価値があるとでも? 我らは貴様の運命に興味などない。ただ偶然が重なっただけのことだ。天気予報が外れることなど往々にしてあることだろう? それを信じて傘を持っていかなかったのは貴様の選択だ。そして不自然に残された傘に疑問を抱かずに使ったのも貴様の選択だ。雨の日に自転車に乗って帰ることも、手袋をはめることも、あの信号を無理に渡ろうとしたのも、全てが貴様の選択だ』



 その答えは予想を裏切らなかった。先程から繰り返される自己中心的で傲慢な発言の数々を考えれば当然だ。その自分勝手さに憤りを感じながらも、私はある疑問を問うことを禁じ得なかった。



「何故私だったのですか?」


『何故? 自惚れるな。我らは池に投げ入れる小石などに興味はない。どのように波紋が広がるかを眺めることが我らの目的だ』



────つまり、ただの偶然だと? 目に止まったから殺されたということ?



「ふざけないで! 私はあんたたちの玩具じゃない!」



 その言葉は私の憤りを燃え上がらせた。相手は仮にも神。敬わなければならない。そう思う気持ちも何処かへ言ってしまうほどの感情に声を荒げる。



『玩具ではない…………ふむ、確かに貴様はただの人間(下等生物)ではない。玩具ではない』



 私の興奮した様子とは真逆に、女神は冷静に言った。その発言は女神の数々の発言の中で初めて正常といえるものだった。



意外と話せば通じるのかもしれない。



 諌められたことのない子供が生き物を玩具にするのと同じように、女神たちは諌められたことがなく生命を軽く捉えているのかもしれない。そうに違いない。そう期待した。いや、現実を見たくなくて自分にそう思い込ませたのかもしれない。しかし女神は私の期待を粉々に打ち砕いた。



『強いて言うなら我らの退屈を楽しませる鑑賞動物だ。貴様らも動物園で他の生物を眺めて退屈を紛らわせるだろう? 何の問題がある? 貴様は我らに感謝するべきだ。我らの鑑賞動物に選べれる栄誉を与えられたのだから』


「…………それは私の生命を奪って良い理由にはならないわ」


『理由など必要ないだろう? 生命は何があろうと本来あるべき場所に還る。もしも我らが貴様を選ばなければ貴様も前世のことなど思い出ぬまま、新たな運命を紡いでいくだろう」



 その言葉に私は悟った。女神が生命を軽く捉えているのは、彼女たちを諌めるも者が居ないからという理由のみではない。


 彼女たちにとって生命とは自然と本来あるべき場所に還るものなのだろう。放置しても勝手に還る。手を加えても必ず還る。そして何事もなかったかのように再び新たな運命を紡ぎ始める。


 人が「生命は平等に尊い」と言うのは、人間にとって生命とは限りのあるものだからだ。しかし彼女たちには魂という永遠の存在と捉えられている。


 何をしても再び運命を紡ぐのなら玩具にしても問題ない。どうせ覚えていないのだから。どうせリサイクルできるのだから。そう思っているのだろう。


 それまで憤っていたはずの私の心が冷えていく。諦めにも似た感情で埋め尽くされる。それでも絞り出すように言う。



「…………私は貴女たちの思い通りにはならないわ」


『別に思い通りにしようとは思っていないさ。我らが選んだのは鑑賞動物と同時に我らと対等な賭けの相手なのだから』


「賭け?」


『貴様が生まれ落ちた世界は、貴様が前世で死ぬ前から幾度も戦乱の世を迎えた。そして幾度となく崩壊の危機に晒された。しかし終焉を迎えることなく延々と歴史を繰り返す。それが最近、幾度も崩壊の危機に晒されたことで世界が脆くなり、緩やかに終焉に向っていることがわかった』


「終焉……」


『そうだ。我らは世界が自然に終焉を迎えなければ新たな世界を作ることが出来ない。ならば放置しておくのも手だが、あまりに緩やか過ぎる崩壊で終焉を迎えるのは数百世紀後になる。数百世紀と言う時間は我らにとっても決して短くはない。そこで我らは退屈凌ぎの遊戯を考えついたのだ。それが一人の人間に運命を背負わせたらどうなるか賭けることだ』


「……その賭けの駒に選ばれたということ?」


『そうだ。貴様には我らの加護が授けられる。前世の記憶と我らの加護を使ってどのように生きるかは貴様の自由だ』


「でも、私の利がないわ。私が駒になることを受け入れるだけの利がなければ、私は自死を選ぶ」


「ふむ…………それでは面白くない。ならばこうしよう。この世界の崩壊を止める事ができれば貴様の勝利。勝利した暁には褒美として何でも一つ願いを叶えてやろう。永遠の生。巨万の富。死んだ者を蘇らせることも出来る。それこそ貴様が死ぬ前に戻すこともな』


「それはつまり、私と貴方の賭け?」


『そうだ』


「私が負ければ?」


『何もない。貴様の負け。それ即ち貴様の死だ』



 全身の筋肉がキュッと引き締まる。



この世界は前世と違って死を身近に感じる生活になりそう……



「……良いわ。勝ってみせましょう!」



ただ運命に弄ばれる人生を送るくらいなら、私も賭けに参加しよう。自分の運命は自分で紡ぐ。そして、勝ったら女神を一発殴ってやる!



『良い心意気だ。我らを楽しませてみせろ。とは言っても、賭けは平等でなければ面白くないな。アドバイスをやろう』


「アドバイス?」


『貴様が勝つには世界を統一する他ない』



世界の統一…………



 言うのは簡単だが、実際に実現させるにはどれだけの時間が掛るのか。それどころか本当に実現できるのかどうかもわからない。幸いにも私は王女の立場を持っている。平民生まれよりは世界統一をしやすいはずだ。そんなことを考えていると再び意識が遠のく。



『さぁ、遊戯の始まりだ』



 薄れ行く意識の中でムカつく声が響いた。






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