婚約破棄を乗り越えて?傷心旅行に向かう。~その頃帝国では~
感想欄に、姉姫が王様になったらいいのに…とあったので補足として書きました。https://ncode.syosetu.com/n1851ft/
こちら↑の続きです。
石畳を歩く硬質な音が廊下に響いていた。
軍靴を履き、黒い軍服に身を包んだ青年は今しがた届いた愛しい婚約者からの手紙を大事そうに手に持ち自室に向かっていた。
黒い軍服の上に羽織る深紅のマントがヒラリヒラリと遊んでいるのが青年の心情を表しての事だろう。
「早く婚約者からの手紙を読みたい。」
青年の頭の中はそれで一杯だった。
自室に着くと部屋付きの使用人達を部屋から下げて机に向かい手紙を開いた。
筆まめな婚約者の流暢な文字を目で追っていた青年は読み進めるにつれて口元が微妙に引き吊っていった。
「…第一王子が婚約破棄ぃ?」
愛する婚約者である隣国のグレース姫からの手紙に、帝国第一皇子のヘイスティングは目を閉じて隣国の第一王子の顔を思い出そうと努力した。
何年か前に短期留学生として隣国に行った際、挨拶をしたのは覚えている。
グレースと同じ銀色の髪をしていたのも覚えているが、顔が出てこない。
第一王子の婚約者であったサマンサ嬢の顔は思い出せるのに。
腕を組み、うーんうーんと唸っていると部屋の扉が控えめに叩かれた。
「入れ」
「失礼致します。ヘイスティング殿下、お茶をお持ちしました」
「ああ、そちらに置いてくれ」
部屋の中央のソファとテーブルにお茶を用意すると、入ってきた従者は控えめに声を掛けてきた。
「殿下、ご用意出来ました」
「わかった」
ヘイスティングは手紙を持ったままソファに腰掛けると従者に向かい側に座るように言い従者が座ったタイミングで言った。
「グレースの所の第一王子が婚約破棄したらしい」
「…第一王子というと…えっと…サマンサ様の?」
「ああ、そうだ。顔、思い出せるか?」
ヘイスティングがそう問えば従者は押し黙った。目を閉じて首を傾げる姿を見る限り従者も顔を思い出せないらしい。
「挨拶、したよな?」
「しましたね。確実に」
「俺だけじゃなくて、お前も思い出せないってどういうことだ?」
「いえ、ぼんやりは思い出せますよ。ただ、サマンサ様の印象が強くてですね…」
俺は確かにと頷いた。
第一王女であるグレースと、帝国第一皇子である俺との婚約は政略結婚ではあったが俺とグレースはお互いがお互いに恋をした。
今時では珍しい恋愛結婚だと言っても過言では無い。
婚約が整い、その顔合わせの時。
第一王女のグレース。第一王子と婚約者のサマンサ嬢。
二人の弟である第二王子と夕食を共にした。
その際、第一王子は会話に積極的に入ってこず、その婚約者であるサマンサ嬢の方が会話に参加していた。
その後、帰国して帝国に入ってくる第一王子の噂は『中身が子供』だの『我侭』だのという王位に着けて大丈夫かという評判だった。
「しかし、何でまた婚約破棄だなんてしたんでしょう?」
「グレース曰く『真実の愛に目覚め、愛する令嬢を虐げたサマンサと婚約を続けるなど出来ない』と言って祝宴の最中に婚約破棄を言い渡したらしい」
俺が手紙をヒラヒラさせながら言えば従者は深く溜息を吐いてこめかみを指で解し始めた。
「サマンサ様が他人を虐げるなんて、天地が逆さまになってもありえませんでしょうに…」
クェンティ公爵家は帝国でも有名な家だ。
王族から降嫁した姫がおり、公爵家からは王妃を輩出する名家だ。
そしてその公爵家は、騎士団を率いており、清廉潔白を身上としている。
「しかも、その王子の愛するご令嬢。何人もの男を手玉にとってたのか、第一王子の婚約破棄に便乗して13人ほど祝宴の場で婚約破棄を言い渡したらしいぞ」
「それは…それはさぞ頭の痛いことでしたでしょうに…」
「グレースはこれをきっかけに第一王子の廃嫡に成功したらしいから、良いんじゃないか?」
その代わりに擁立された第二王子は大変だろうが、あのまま第一王子が王位に着いていたらと思えば最良の道を選んだとも言える。
「あぁ、そうだ。来月グレースがこっちに来るらしいから日程の調節を頼む」
「…殿下、そういう事はもっと早めに教えて下さい。日程を調節するの大変なんですからね」
「来年にはグレースが嫁いで来るんだから、一年くらい我侭言わせてくれ」
「……グレース様が来たら、もっと無茶振りされそうな気がするんですけど?」
「大丈夫、お前なら出来る」
俺がニヤッと笑って言えば、従者で幼馴染は頬を引き攣らせて「お手柔らかにお願いします」と溜息を吐きながら立ち上がった。