婚約破棄された女騎士とオーク
「はぁ……」
大衆酒場のカウンター。重苦しい溜息がメリーの口から漏れる。魔族との戦争が終わって半年。女騎士として戦に身を投じていたメリーは思う。クソだわ、と。
今日、婚約者から婚約破棄をお願いされた。確かに戦争で2年間会えなかったのは痛いが、こちらとてお前含めての平和を守る為に戦っていたのだ。が、そんな言葉を元婚約者に言っても無駄だと言う事をメリーは知っている。とある賢者(バツ1)が言った。正論は愛に勝ち得ない、と。
可愛げの無い女であるとメリーは理解していた。何というか、いわゆる女の子らしい事がどうも昔から苦手なのだ。
見た目もどちらかと言うと怖い部類だとメリーは自覚していた。特に切れ長の蒼い瞳は、見るものに冷徹な印象を与える。
どちらかと言えば腕っ節。剣の腕には自信があった。……そんな事は殿方を喜ばせはしない事は分かっていたが。
だから、婚約者の為に戦える今回の戦争はある意味で嬉しかった。貴方の為に戦って参ります。そう言ってメリーは戦場に赴いた。……結果がこれだ。
ゴネて元婚約者から色々毟りとる事は可能であった。どちらが悪いのかと言えば、向こうが悪いのだから。
けれどもそれで彼の愛が返ってくるわけではない。そう考えるとメリーはゴネる気が失せた。貰うものは貰うが、後はなんかどうでも良い。
メリーは疲れているのだ。
今は安物の果実酒だけがメリーの癒しだ。何処かにーーこんな女らしく無い私を受け入れてくれる人は居ないだろうか。
「はぁ……」
大衆酒場のカウンター。重苦しい溜息がメイガスの口から漏れる。人間との戦争が終わって半年。オークの戦士として戦に身を投じていたメイガスは思う。クソだ、と。
今日、村から逃げてきた。というより半ば追放された様なものだが。メイガスは心優しきオークの青年であった。争いを好まず、平和主義。好きな事は料理と縫い物……とかなり雄オークらしからぬ内容。女々しいとよく言われた。部相応な事はメイガス自身も理解していたが、生まれ持っての気質なのだ。どうしようもない。
メイガスは何も望まなかった。ただ平穏に暮らせればそれで良い。
だが、運の悪い事にメイガスはオークらしからぬ過ぎた。婚約者だった雌オークには、戦争から帰ってきたら浮気をされていた。
元々オークらしからぬ気質だったメイガスは村での立場が良くない。周りとグルになっていた相手に嵌められメイガスが浮気をしていた事にされた。
そしてあらぬ罪を被せられ、メイガスは故郷を追われたのだ。
嵌めた奴らに復讐する事も考えた。だが戦っても平穏な生活は帰ってこない。……戦いは嫌だった。しかし婚約者の為にと戦いに身を投じたのに。酷すぎる。こんな自分だけど……愛していたのに。メイガスは怒りより、虚しさが湧いてきた。
幸運な事に金はある。国には帰れないが、まあ外で暮らしていけるだろう。なんかもうどうでも良かった。
メイガスは疲れているのだ。
今は安物の果実酒だけがメイガスの癒しだ。何処かにーーこんなオークを受け入れてくれる雌オークはいないだろうか。
「……ん?」
メリーはふと横を見る。酒場のカウンター。先程までは余りに落ち込んでいて気づかなかったが、そこに1人のオークが座っているのを見つける。
オーク、か。戦争では敵同士だったが別にメリー自身敵が憎くて戦っていたわけではない。もっと上層部の……メリーにはよく分からないぐらいに。
誰かが言っていた。人間の王と魔族の王がタイマンで殴り合って勝ち負け決めれば良いのに、と。メリーもその通りだと考える。
だから個人的には魔族に対してどうと思わない。聞く話によると、向こうもそういう輩が多いらしい。明日の飯の為に、生活の為ーー伴侶の為に戦うのだ。
戦争は結局、引き分けの和平で終了したが、そういう意味ではメリーは敗者だろう。虚しい。
(あのオーク。いやに疲れているな)ーーいや、私も人の事は言えぬか。そう自傷気味に笑った瞬間、目があった。ひどく疲れた、真紅の瞳。
「……ん?」
メイガスは視線を感じ横を見る。酒場のカウンター。先程までは余りに落ち込んでいて気づかなかったが、そこに1人の女性が座っているのを見つける。
人間か。そういえば戦場でも女の騎士をたまに見たが、立派な事だとメイガスは思う。戦いは男のやる事だろうにーーそれなのに戦いに出るとは何と立派だろうか。
そんな人の伴侶は幸せ者だろう。結局戦争は引き分けで終わったが、メイガスにとっては割とどうでも良い。下の人間には知らぬ事だ。
戦って愛するものを守れたら勝利と言って良いだろう。そういう意味ではメイガスは敗者であった。
「……」
(なんか……疲れていますね)
目があってメイガスは感じた。ああ……疲れているな、と。綺麗な切れ長の蒼い瞳。だけど……凄く疲れている。きっと自分もそういう顔をしているのだろうな。
すると、何だか親近感が湧いてきた。なんだかあの人なら、気が合いそうな気がする。そう考えたら自然と声が出た。
「あ、あの……」
「あ、あの……」
その声は見事に被った。
■ ■ ■ ■
「いやー、貴方とは気が合うと思ったんだ」
「お、俺もです」
数十分後。そこには杯を交わすメリーとメイガスが居た。お互いの境遇で意気投合し、話も面白いくらいにかみ合った。
「というか何なんだ。私は、私は愛の為に戦ったのに……」
「分かります。俺も、その一心で戦ったのに……ああ」
酔いもあるのか、苦しみを分かち合える相手を見つけメリーはさめざめと泣く。そうして痛いほど気持ちのわかるメイガスも泣きながらメリーの背中をさする。
苦しみの共有。気持ちを分かってくれるなら種族の壁など関係ないのだ。そんな時だ。
「うわ、なんだこいつら」
「しみったれた女とオークだな」
2人の背後から罵声が飛ぶ。その声の主は10人ほどの荒くれの集団。みな酔っている。
「くくっ、はぐれ者同士か?」
「だろうな、じゃなきゃこんな組み合わせねえだろ」
戦争は和平に終わったとは言え、こういう類の輩は幾らでもいる。それは根強いものだ。そして彼らは言う。ーーーー言ってしまった。
「ぎゃはは。振られた寂しい奴らが慰め合ってんだろ?」
ーーメリーとメイガスの逆鱗とも知らずに。
その後は一方的であった。ならず者達は2人により一瞬で血祭りにあげられた。怒りに燃える2人は恐ろしい力を発揮しーー恐ろしい程噛み合った。
因みに2人はその時知る由も無いが、元々メリーは前衛に対し、メイガスは元々後衛であった。その為、2人の連携は驚く程上手くいったのだ。
荒くれどもをボロ雑巾にし、2人は驚いて居た。なんて、戦い易いのだろうと。
このオークなら、安心して後ろを任せられる。
この人なら、安心して前を任せられる。
2人がそう感じる。そして、同時に口を開いた。
「私と組んでくれないか」
「俺と組んでください」
ーーやがて、大陸を賑わす夫婦パーティとなる事をメリーとメイガスはまだ知らない。