92.アンナにとっての花令
私は、アンナ。セブールの町でレン様と出会って以来、寝食共に一緒に過ごしている。
最初の印象は、何でこんな小さな子が高品質な塩や胡椒などを入手しているのか調べるためだった。
実際、やり取りする中で納期は守るし、足元を見るような値段を吹っ掛けるわけではなく、絶妙に行商ギルドの利益も入るような値段設定にしてくる。
なんと言っても基礎化粧品セットと洗髪セットは驚いた。
どう見ても貴族や豪族でしか手に入れられないような代物を庶民が少し贅沢したいと思わせる絶妙な値段設定で提示してきた。
彼女曰く、これは完成品ではないらしい。
私も試作品を貰い実際に使ったところ、肌の調子が良くなり化粧の仕上がりも良くなった。
肌の透明度も増した為、口紅だけにしたら十代のように見られるようになった。
結婚適齢期を逃してしまった私だが、口説いてくる男性が増えた。
嬉しいことでもあったが、今は仕事が楽しいので要求に応える気にはならなかった。
吃驚箱のようなレン様と仕事を初めて、2ヵ月ほど経った頃に突然セブールを離れると言われた。
理由は、冒険者ギルドの怠慢を王都へ報告しに行くと言う。
留美生様が持ち込まれた武器についても、彼女は怒っていた。
険しい顔で売り出す予定は無かったのにと愚痴を漏らしたほどだ。
私は、ここで彼女と別れたら一生後悔すると思い商業ギルドの職員を辞めた。
勿論、レン様について行く為だ。
速攻で引き継ぎして辞表を出したことを伝えると悲鳴を上げられた。
「レン様、私が居れば色々楽ですよ? 化粧品などの売買手続きなど全て私が手配致しますし、他のギルドでも顔は利きますので、どうぞ同行を認めて頂けませんか?」
と提案して、
「……まずは、妹に相談させて下さい」
「分かりました。私は、その間荷物を纏めて止まり木の宿でお待ちしておりますので」
やっと希望が持てる言葉を引き出すことが出来た。
止まり木の宿は、レン様が宿泊している事は調査済みである。
私は荷造りをして、止まり木の宿へと向かった。
取敢えず返事待ちなので1泊をお願いして、もし断られたときの事も考えて、自分を売り込むプレゼンテーションを色々と考えていた。
だが、そんな事は無用で留美生様の許可がすんなり下りたようで同行を断られることはなかった。
安心したのも束の間で、実は大きな爆弾をこの双子は抱えていた。
私が知りたがった香辛料や基礎化粧品・洗髪剤といった画期的な商品の仕入先を教える代わりに、宣誓魔法を使って縛ると言われた。
誓約は3つ。レン様達に関するあらゆる情報を漏らさない。裏切らない。絶対服従だ。
殺生与奪はレン様が握ると言い切られた。
その上で誓約するか迫られた。
香辛料だけなら、ここまで興味は持たなかっただろう。
基礎化粧品という新たなジャンルを確立させ、洗髪剤という美髪を作る魔法のアイテムまで出してきた。
留美生様は、商売に疎いが作られた武器や装飾品は一級品である。にも拘わらず、こと装飾品に関してはレン様に駄作と言われる始末。
一体この2人はどこへ行こうというのか。
基礎化粧品セットや洗髪剤に関しては被験者を募集し、無料で提供するという突飛な行動をしていた。
それが功をなして、噂が噂を呼び多くの人が商業ギルドを訪れる結果となった。
そこで働く者の顔が、以前よりも明るかった。
特に留美生様作のアクセサリーを売る時は、これが金貨1枚で買えるの? と本気で思ったくらいだ。
付与されている魔法もそうだが、デザイン性も斬新で可愛かった。
魔石を宝石に見立ててカットされた石は、光にかざすとキラキラと煌めいていた。
私は、アクセサリーの中で一番防御力が高いものを買ったくらいだ。
後で、レン様の駄作と称した意味が分かったが。
殺生与奪を掛けても、この人について行けば面白いことになると思った。
婚期を逃したお局扱いされてきたが、この人たちと仕事をした方が私の人生は驚きに満ちて楽しくなると確信した。
「分かりました。その条件で良いです」
その言葉に、レン様は予想外だと肩を落としていたのが面白かった。
聞いたことのない言葉の宣誓魔法に驚いたが、左胸に一瞬強烈な熱さがあった。
後で服を脱いで確認した時に、太陽を思わせるマークが刻まれていた。
その後レン様に契約させられたり、彼女達が別世界の住人だということも知らされた。
実際にレン様の世界は、魔法こそないものの全て科学が発展し高速で移動する乗り物や空を飛ぶ乗り物。
遠くで人と話したりできる小さな薄い箱。
見たこともないものに溢れていた。
殺生与奪を握られているから、馬車馬のごとく働くんだろうと思っていたが、きっちり週休5日。8時間以上の仕事と休日出勤は1.25倍の給与が払われる。
サイエスの金貨1枚がレン様の住む日本では2万円弱だという。
日当ではなく月収という形になり、病院にかかる時に必要な保険証とやらも用意された。
そして、私は山田のファミリーネームを貰い山田アンナとなった。
誓約魔法を受けた私の判断は間違っていなかったと今でも思う。
レン様は、本格的に事業を立ち上げて基礎化粧品セットを販売に力を入れた。
私は、そのサポートとして秘書のような存在になっていた。
レン様の獣魔である2匹の蛇とヒールスライム、リトルスパイダーとも交流が出来た。
ペットは飼い主に似るという格言があるらしいが、私もそう思う。
サイエスと日本を行き来し、レン様の事業がどんどん大きくなっていく。
私もどんどん仕事を任されるようになり、今ではどこに行くにも必ず同行を求められる。
役職手当や残業手当など貰って、その上生活費まで出して貰えて、休みもきちんと貰える。
なんて天国のような職場だろう。
レン様のおこぼれでレン様の世界の神様の加護を貰えることになったのも驚いた。
やっぱり、この人について良かったと心から思える。
「アンナ、次は薬師ギルドに行って基礎化粧品のレシピで特許を取るから付いてきて」
「はい!」
私は、満面の笑みを浮かべてレン様の後ろを歩いた。




