83.ホームへ帰還
自宅の扉を拡張空間ホームから出して帰還しました。
最上階の部屋は、殆ど埋まっているので取敢えずリビングで雑魚寝して貰う事にした。
古参以外は、全員目が丸くなって無言である。
アンナだけは平然としていたが、この反応がいたって普通だと痛感する。
「まあ、色々聞きたい事とかあると思うけど中に入って。絨毯のところは土足厳禁やから、靴は横に設置された下駄箱に収納しいや」
そう言って順番に扉を潜らせる。
「パンジーも試しに潜ってみい」
「あ、はい」
恐る恐るといった感じではあったが、あっさりと扉を潜ることが出来た。
ふむ、私の所有物の家なら行き来は可能ということか。
エレベーターの付近は土足OKなようにコンクリートむき出しになっているが、段をつけて朱色の絨毯が敷かれている。
3畳くらいの広さがある玄関を抜けるとドアが1つある。
扉を開ければ30畳くらいのリビングダイニングが見え、その奥に仕切られた部屋がある。
60インチの大きなTVとそれを囲むように配置されたローテブルとソファ。
唖然とした元奴隷諸君の背中を押し、中へと詰め込んだ。
「これだけ人が居ても狭く感じへんな」
留美生の言葉に、そらそうだと溜息が漏れた。
小規模の大手デパート太丸くらいの広さだからね。
後から部屋数を増やせるように設計したのだ。
備え付けのトイレは男女別でそれぞれ3箇所もあるし、増設した風呂はかなり大きい。
10人が一度に入れるくらいの大きさだ。
風呂好きなのもあるが、大きなお風呂で足を伸ばしてのんびりしたいのだ。
「留美生、その通りやけど部屋数足りんの気付いてるか? ここまで増やす予定が無かったからな」
「今あるんは6部屋だけやしな。いつもの業者に突貫で頼むか?」
「せやね。4階と3階も業者に頼んで部屋作ったらどうや? これから増えるかもしれんし」
まだ増やす気なのか、こいつは。
まあ、化粧品や装飾品類を製造販売するには、それなりに人材もスペースもいるし、留美生の言っていることは一理あるかもしれない。
「取り合えず、古参以外は全員リビングダイニングで雑魚寝してな。早急に部屋作るし、それまでの我慢や。私物は、拡張空間ホームにそれぞれのフォルダがあるからそこに収納すること。じゃあ、まずは状況の説明するから聞いてな~」
元奴隷諸君に、ここが別世界であること。
私の目的と今後の方針・現状をざっくり説明した。
「--と言うわけで、これから皆には地球とサイエスの二束わらじで働いてもらうことになる。必需品は、留美生が買い物に引率するから好きなん買って良いで。パンジーは家から移動できんから、パンジーの分は留美生が好み聞いて選んどいて。アンナは、うちと同行して業者と打ち合わせな」
あらかたの説明を終えて、食事や布団はどうするかと言う事になった。
時間的に夜なので食事は出前にし、布団は無しで暖房付けて寝ることで決まった。
翌日、起きたら留美生指導の下パンジーが食事の支度をしていた。
The 和食といった定番メニューが出てきたよ。
「ご飯に味噌汁、漬物と卵焼き……。せめて後1品出してくれても良いやん」
「そんな材料ないわ。一気に人が増えて冷蔵庫の中身もないねんから」
確かに、合計18人+4匹なので1週間分の食料も1度で消えるわな。
「1人当たり5万な。スマホとパソコンは会社名義で購入して。全部持ち帰りな。留美生、ほれ名刺。トイレに入って拡張空間ホームに突っ込めば嵩張らんやろう。ベッドなどの手配はこっちでやるわ。アンナ、業者との打ち合わせに付いてきてくれ」
「分かりました」
「OK。てか、何で副社長なん?」
「肩書があった方がええやろう。脱ニートやで」
「……面倒臭い」
販路拡大しろとか言ってるんだから、名ばかりの役職を全うしやがれ、この野郎! とは口には出さなかった。
出したら、絶対嫌がらせ飯になる。
「事業を起こしたから傷病手当の給付も打ち切りやな。病院の通院は継続なのが辛いところやわ」
働く気力があるなら病気じゃないだろうと思われがちだが、そう簡単に治るものではない。
治るならどんなに嬉しかったか。
「あの……病院って何ですか?」
はいと、手を挙げて質問してきたのは最年少のチルドルだ。
「病気の人がかかる場所や。お医者さんがおるところやね」
「ポーションとか神聖魔法で治せないんですか?」
素朴な疑問に、私はどう答えたら良いものかと悩んでいたら、留美生がズパッと言った。
「ぶっちゃけ心の病や。怪我や病気は治っても、心の傷はそう簡単には治らへんからな。それを直すために病院、向こうで言えばポーションや教会が役割をになってるんかな」
「うん、まあそういう事。心の病と言っても色々あるし、詐病という奴もおるからな。サイエスに飛ばされてから、色々あったから以前の自分と比べたら随分活発になったと思うで。寝込んだりするのは少なくなったし」
何かあれば熱を出して寝込んだり、嘔吐や下痢などの症状が出たりと大変だったが、今はそれどころじゃなくなり忙しさに忙殺されている為、気がまぐれている状態だ。
「チルドルもそうやけど、ここに居る皆は家族や。協調性は大事やけど、本当に嫌なことがあったら相談してや。言葉にせんと分からんこともあるし」
「そうそう、我慢を重ね取ったら心が壊れんで」
私の言葉に留美生が相槌を打つ。
経験者は語る。
これが一番説得力があると思う。
「じゃあ、留美生は彼らのこと宜しく。うちとアンナは、業者の方に行ってくるわ」
一足先に食事を済ませた私は、専属秘書になりつつあるアンナを連れて内装を受け持ってくれた業者へと足を運んだ。




