68.商談は戦場です
無事Sランクに昇格しました! と、喜んでられません。
平たく言えば指名依頼もこなさないといけなくなるデメリット。
一ヵ所に留まる予定もないし、寧ろ世界を巡って糞神をぶっ殺す算段を付けなくてはいけないのだ。
Sランクって正直足枷にしかならないから、本気要らねぇ。
嬉しくないわぁー。
ぼやいても仕方がないので、次は商談です!
化粧品は王都でも噂になっているのか。
嬉しいけど、今回は留美生印の作品の販路を確保する事だ。
留美生曰く、王室御用達がしょぼ過ぎたらしい。
確かに、そこらへんに売っているものよりも高性能だしデザイン性も良い。
正直、この世界の製品に購買意欲を掻き立てられるような魅力が感じられないんだよね。
王都でも中堅の宿で部屋を1週間借りて、スーツに着替えた。
留美生特製お洒落可愛いスーツ。
女性誌(付録付き)を片っ端から読ませて、似た形だけど刺繍やレースの有無などはお任せして作られた拘りドレススーツである。
「うしっ、取敢えず化粧してスーツに着替えたら商業ギルドへ行くよ」
「私関係ないしパス」
早速一抜け発言をした留美生に、アンナが遮った。
「何言っているんですか! 製作者が居てこその商売ですよ。ネームバリューを上げるために、着いてきて貰わなくては!」
「せやで。お前に拒否権はない。お前は、赤べこのように頭を縦に振っとけ。後は、アンナと私で勧めるさかい」
お前の商才なんて期待してないわ。端から戦力外通告をしたら地味に凹んでいる。
化粧テクは、Your Tubeで研究した。
そういう雑誌とかもあるけど、いまいち分からないのでYour Tubeをスロー再生しながら真似る。
化粧品は、全て私のお手製である。一応、留美生・アンナ・私が一番似合う配色を作ってみた。
口紅は、留美生は、ベビーピンク。アンナはワインレッド。私はマッドレッドだ。
化粧をしてやっとギリ成人に見られるので、それなりに気を使うんだよ。
ササッと化粧をして、留美生の化粧に取り掛かる。
本当化粧一つで顔が変わるんだから恐ろしいよね。化粧美人の称号がそろそろ取れそうだ。
うん、可愛く仕上がった。私は、綺麗めなお姉さん系を意識したよ。
アンナは、安定の美人だね。最近は、肌の艶が良くなったからか薄化粧になっている。
「じゃあ、出陣や」
売るでぇ~と意気込む私達とは正反対に、消極的な留美生を引きずって商業ギルドへ向かった。
流石、王都だけあり規模が違う。大手デパートかっ! て突っ込み入れたくなる大きさだ。
王都の商業ギルドマスターへの渡りを付けるのは、アンナの仕事だ。
だって、私や留美生じゃアポ取っても会えるか分からないからね。
「お久しぶりです。セブールのアンナです。リオン様にお会いしたいのですが、いらっしゃいますか?」
「値切りのアンナさんですか!? 何故ここに?」
凄い嫌な二つ名だね。アンナの渋い顔が、気に入ってない事を物語っている。
「その二つ名は止めて下さい。恥ずかしいじゃないですか。それより、ギルドマスターにお会いしたいのですが」
受付嬢は、困った顔をした。
アポなし凸されたら、幾ら知人でも通すわけにはいかないだろう。
しかし、それを見越しての手段を持っている。
アンナは、シャルルの鞄から留美生印の化粧品セット(普)を取出した。
シャルルの鞄は、私のお古です。
黒地で控えめにXのロゴが入っている出来る女を演出される小細工。
使い込んでいるけど、安定のしっかりした生地と縫製に若干型崩れしているが、良い品であることには変わりはない。
「これ、ご存じありません?」
「これは!! どうやって手に入れたんですか? 噂になっている化粧品じゃないですか」
化粧品セット(普)をガン見している受付嬢に、アンナはそっとそれを握らせた。
「実は、この化粧品セットの販売について相談をと思ってきたんです。それからこちらも見て下さい」
そう言って差し出したのは、薔薇の花をモチーフにしたシルバーリング。小回復の付与魔法付きという駄作である。
せめて中回復付与とか出来ないと素材を無駄にされた感が強い。
留美生にデザイン以外ダメと駄目出しした一品である。
「小回復の付与魔法付き。しかも可愛い!! どこで手に入れたんですか?」
「それをギルドマスターとお話しするんですよ。ご都合は如何かしら」
「はい、直ぐに呼んできます!!」
「それ、サンプルなの。貰っておいて」
チラリと私に目配せをするアンナに、親指を立ててグッと良い笑顔をした。
流石、私の意図をくみ取ってくれて良い仕事をしてくれる。
若干1名怯えている馬鹿がいるが、放置でOKだ。
数分して直ぐにギルドマスターの所に通された。
仕事が早くて結構。
セブールは、アンナが専任だったからなぁ。
やっぱり有能な人は、時間を大切なのが分かっているのだろう。
「留美生様は相槌を打って下されば大丈夫ですので、ご安心下さい!!」
アンナが、こっそり念押ししている姿に笑いをかみ殺す。
相当気合が入っている。留美生印の装飾品及び装備品の販路を確保する気満々である。
これは、私の出る幕は無さそうだ。
「ようこそ、値切りのアンナ嬢。それと可愛らしいお嬢さん達」
渋面って感じの40代の紳士風の男が私達を迎え出てくれた。
中二病以下な二つ名で呼ばれたアンナの顔は、苦虫を噛み潰したようで、ちょっと可哀そうになってきた。
「その二つ名は止めて下さい。ハルモニア王都のギルドマスター、リオン・ドミトリー殿。本日は商談の話に来ました」
すっと綺麗に背筋を正し、アンナの挨拶と共に私も軽くお辞儀をする。
留美生はアワアワしていたが、お前には何も期待してないから大人しくしとけ。
「ふふ、して彼女達は?」
「右にいらっしゃるのが、私のマスターになるレン様です。この化粧品の製作者でもあります。左側にいらっしゃるのがマスターの妹にして留美生様です。留美生様は服飾及び装飾品や武器を専門にされていらっしゃいます」
「そうか、では今アンナ嬢達が着ている服なども彼女の作品かね?」
アンナの視線を受けて、私と留美生は無言で頭を縦に振った。
「胸元にあるのは何だい? 見たことの無い綺麗な装飾品だが?」
この世界にはドレスチーフの概念が無かった!
試作段階で服や小物の知識をアンナに説明しているが、目の当たりにするとちゃんと説明出来るか心配になってきた。
「これはドレスチーフという代物です。折り方は色々とありますが、スタンダードなクラッシュドスタイルにしてます。主に手拭きなどに利用します。勿論、ワンポイントの美しさとしても見た目を華やかにしてくれます」
アンナは胸元からドレスチーフを取り出し、リオンに手渡した。
「これは見事な……糸で絵を描いているのですね。また糸が折り重なって一つのモチーフを連ねていくとは素晴らしい!金貨10枚では安いか…その服も見た限り不思議な素材を使ってるように見えるが、着替えは用意させるので見せて貰っても?」
食い付きが良いな。やっぱり、この世界では斬新な品なんだろう。留美生が、アンナに予備のドレススーツを渡した。
「サンプルでしたらありますので、ご安心を。ドレスチーフには糸で絵や文字をモチーフにする刺繍という技術が使われております。また、ドレスチーフの縁を彩るのは糸を編み込んだレースという技術です。此処にビジューとして埋め込まれている魔石に魔力を注げば、万が一の時に防壁の役割が出来ますわ。この魔石が砕けるまで使えますので金貨10枚は安過ぎます。最低でも金貨150枚ですわ。」
「金貨150とは高過ぎる!!」
想定内の回答だ。後は、どれだけこちらの思う値段に近づけるかだ。
最初から金貨150枚で売るつもりはない。
というか、無名の作家の作品を高額な金額で売れるとは思っていない。
「そうでしょうか? 貴族のご令嬢の最後の砦として売れば金貨150枚は固くありませんか? それに一回限りではなく、魔石が壊れるまで使えて最新の技術の結晶ですよ。優秀な冒険者も金貨150枚で命を賄えるなら安い物ではありませんか?」
「金貨80枚!」
「安い。金貨140枚でどうです?」
「見目も性能も良いが高過ぎる! 金貨100枚!」
「此処の商業ギルドでしか扱えないんですよ? 金貨135枚!」
「だが売り上げの実績がない! 金貨120枚!」
「王家へ直接献上しても良いのですよ? 金貨130枚! これ以上は値下げしません」
「くっ分かった! 金貨130枚で手を打とう。勿論、この商品はリオン・ドミトリー配下のギルドで取り扱いさせて貰おう」
「分かりました」
凄い舌戦の末に金貨130枚で手を打った。凄い!と純粋に目を輝かせている留美生には悪いが、こちらの想定していた値段より高い。
精々金貨100~120枚が良いところだろうと思っていた。
シャットザ・ドア・イン・ザ・フェイスという心理操作の一手法である。
案外簡単に引っかかってくれてありがとう。
「これはいくら位、量産出来るのだね?」
アンナは私をチラと見つめアイコンタクトを取ってきた。
ニヤッと笑みを浮かべて親指を立てると小さく頷いて言った。
「新しいデザインなども出来るでしょうし、同じデザインであれば一ヶ月3000枚になります」
妹を馬車馬のように働かせるつもりなんですね!
素敵、アンナさーん!
なんて冗談はよして、3000枚か。複製スキルを上げるに丁度良い訓練だと思えば良いだろう。
私は、化粧やポーションの複製があるから何とも言えないがな!
留美生、強く生きろ。
アンナは、無茶は言っても無理なことは言わないから出来る。
留美生が諦め悪くアンナのスーツの裾を引っ張っているがガチ無視されていてワロリンヌ。
「では新作になればまた値段も変わってくるな」
「その辺は追々話を詰めましょう。話は変わりますが、この服についてもご説明しますね。先ずは服のステータスを確認して下さい」
ここからは、私にバトンタッチ。
サンプルをテーブルの上に広げてステータスを確認させる。
リオンが、固まった。
まあ、初見はそうなるわな。
アンナでさえ固まったくらいだし。
かく言う私も固まった。
このサンプルのステータスは防刃、物防+12000、魔防+10000、付与魔法cleaningと温感調節である。
洗わなくても済むように作られたズボラスーツ!
洗濯するのも面倒臭いし、洗わずに居たら臭くなるので必然的にcleaningが付与するように強要した。
ボタン役割をしているのは綺麗に薔薇カットされた魔石だ。
タグの部分には留美生印の特殊な糸で複雑な刺繍がされている。
袖口には薔薇の刺繍が施されているのだ。
姫袖にしてあるので見た目もカッコ可愛い系を目指した一品(留美生曰く)だ。
「この服は普段着なのか? 戦闘服ではなく?」
信じられない物を見るようにサンプルと私の顔を交互に見るリオンに、アンナが留美生に目くばせし説明を促している。
「一般の服ですよ。まぁ、どちらかというとギルドに努めている窓口の方が着るような服向けになりますね。カジュアルなドレスコードですので、敷居の低いパーティなどはこの服でも出れますが……防具ならこのセットが一番使い勝手が良いと思いますよ」
新たに出された防具一式のサンプルを前に、リオンは鑑定し呻いた。
留美生からヘルプの視線を受けて、アイコンタクトで黙っとけと念押しすると戦線離脱とばかりに私達の後ろに引っ込んだ。
「これも素晴らしい品ですな。強度も高いのに軽い! どうやってこれを作られたんですか」
「それは、お教え出来ませんわ。生産ギルドで特許申請するつもりですので、後で作り方は分かると思いますよ」
と言っておく。
「いや、是非商業ギルドで特許申請をしてくれ!!」
必死だね。でも、商業ギルドで特許申請出してもあまり意味がないんだよね。
「商業ギルドには、こちらのサンプルも卸すという事でどうでしょう? 特許申請は生産ギルドが筋だと思いますし、生産ギルドに特許を卸せば要らぬ軋轢も緩和するでしょう。生産ギルドに特許申請を出して、誰かが同じものを作ったとしても必ずしも留美生と同じ性能が作れるとは限りませんからね」
フフフと笑みを浮かべて、留美生以上の物は作れないと断言したら、リオンはすんなりと特許申請は引いてくれた。
聞き分けが良い人は好きですよー。
流石商売人、頭でエアソロバンが弾かれているのが目に浮かぶよ。
「貴族様用はオーダーメイドで受けます。ただ、庶民なので作法などの粗相を許してくれる方に限りますけど。それ以外は、基本的にサンプルと同じものを量産するつもりです。貴族相手に関しては、リオン殿の推薦される方のみという事でどうでしょう?」
貴族とコネクションが作れる絶好の機会だよ~と匂わせると、ニヤリと悪どい笑みを浮かべている。
やっぱり商人って腹芸が出来ないとやっていけないんだね。
再認識したわ。
「分かりました。そちらの手配はお任せください。取敢えず、これらのサンプルを1週間以内に3000個納めます。後、こちらはご存知ですか?」
取り出したのは、化粧品セット(普)である。
「これは、王都でも噂になっている化粧品セットではありませんか!!」
「これも王都でも卸したいと考えています。転売する輩もいるせいで値段が跳ね上がっているようなので、そういうのも含めて牽制したいと考えているんですよ」
留美生印と謡って偽物まで出回っている始末。
そんなの私が許しません!
「これは(普)ですが、(良)と(極)があります。豪商向けの(良)は、化粧水(良)金貨5枚・乳液(良)金貨10枚・美容液(良)金貨9枚で計金貨24枚です。貴族向けに高級化粧水(極)金貨9枚・高級乳液(極)金貨12枚・高級美容液(極)金貨15枚
の計金貨36枚と考えています。(普)は、化粧水(普)金貨2枚・乳液(普)金貨5枚
・美容液(普)金貨7枚の計金貨14枚です。これ以外に石鹸なども扱っております。入れ物も値段が上がるにつれ複雑な細工を施しておりますので、入れ物だけでも相当な価値があると思いますよ」
「これも、我がギルドで独占販売して頂けると!?」
食いつきが良いね。でも、独占販売は認めてないんだよ。
「卸はしますが、他の場所でも卸しますよ。これでもSランクの冒険者なので、素材調達などでこの国を離れることもありますし、独占は無理ですね」
「むむっ……ここに居る間は、卸して頂けるということで宜しいでしょうか?」
リオン、粘ってくるね。
まあ、私も商業ギルドを通して卸すつもりだから良いんだけどね。
「ええ、構いませんよ。先程提示した金額で販売して下さい。取り分は商業ギルドが1割です」
「そこは3割でしょう」
「いえ、1割です。別に商業ギルドに以外に卸しても良いし、露店で売っても良いと思っていますので。卸す個数もまず、(普)を5000セット・(良)を3000セット・(極)を100セットと考えています。総額白金貨1456枚の1割でと、白金貨145枚と金貨60枚になります。相当な額だと思いますけど?」
それ以上欲をかくなら卸さないぞと笑みを浮かべたら、
「分かった! このリオンが責任を持ってその内容で承ろう」
うしっ、第一関門突破だ。
「良い商売を」
「ああ、良い商売を」
握手を交わし、商談は成立した。化粧品の在庫が追い付かなくて悲鳴を上げる私と、同じく装飾品や装備品・服などの複製に悲鳴を上げる留美生がいた。
後に、装備品と服と化粧品は留美生印と変なキャッチフレーズと共に世界中に名前を轟かせた。




